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AIを活用した探究的な学びの可能性とは? 教育DXの最前線からの提言
教育AIサミット 実例大全レポート②
2025年6月11日 06:45
生成AIの進化は、教育にも新たな可能性や変革をもたらしている。特に探究的な学びにおいては、児童生徒の個別最適なアプローチに有用であることから、新たな教育モデルの模索が始まっている。AIは、探究的な学びの深化にどのように貢献できるのか。
本稿では、2025年3月に開催されたイベント「教育AIサミット 実例大全」(主催:一般社団法人教育AI活用協会)において、平井聡一郎氏(合同会社未来教育デザイン代表社員)と稲垣忠氏(東北学院大学文学部教授)が語った基調講演「AIで実現する探究的な新しい学びとは」の内容をレポートする。
VUCA時代を生き抜く力、「探究」の重要性

稲垣氏は、VUCA(Volatility:変動性、Uncertainty:不確実性、Complexity:複雑性、Ambiguity:曖昧性)の時代といわれる現代社会において、従来の知識伝達型の教育だけでは対応しきれず、生涯にわたって学び続けながら変化に適応していくことが求められると語る。そのためには、未知の課題に対して自ら問いを立て、情報を収集・分析し、多様な人々と協働しながら答えを創り出す力を育むことが重要で、探究的な学びがそれにふさわしいという。稲垣氏は「探究的な学びは、自分で答えを作り上げる学びであり、これからの社会を生き抜くためには重要だ」と語る。

これに対して平井氏は北海道大学教授 河村秀憲氏の著書を紹介。将来的に多くの「作業」がAIに代替される可能性に触れ、「人間に残される重要な役割は『意思決定』である」と述べる。自分で考え、判断し、行動する力がますます重要になる社会において、学校教育もその変化に対応していく必要がある。ゆえに、探究的な学びの重要性は小中高と学年が上がるにつれて増しており、探究は「出口」として捉えられると語る。
探究的な学びで育むべき、「自己効力感」と「心理的安全性」
では、探究的な学びを通じて具体的にどのような力を育むべきなのだろうか。
平井氏が特に重視するのが「自己効力感」、すなわち「自分ならできる」と信じる力だ。この力は、困難な課題に挑戦する意欲や粘り強さの源となる。平井氏は、プログラミング教育における「写経」を例に、単に知識を教え込まれたり、指示通りに作業をこなしたりするだけでは、この力は育たないと指摘する。失敗を恐れずに試行錯誤し、自力で課題を乗り越える経験を通して、本物の自信をつけることが自己効力感を育むと強調する。
さらに、稲垣氏は「挑戦やチャレンジを促すためには、失敗を許容する文化と両立していることが重要だ」と心理的安全性の重要さを指摘する。探究的な学びといえば大きなプロジェクトを想定しがちであるが、むしろ小さなプロジェクトを通して、小さな成功体験や失敗からの学びを積み重ねることが、生徒の主体的な学びと成長を促すと述べた。
もちろん、基礎・基本の習得が不要になるわけではない。知識伝達型の授業も依然として重要であり、学習内容や目的に応じて探究的な学びと組み合わせ、効果的にデザインしていく必要がある、と平井氏は補足する。
AIとの協働は、探究的な学びを深化させる方法の一つ
探究的な学びにおいて、生成AIは極めて親和性が高いと両氏は口を揃える。AIを効果的に活用することで、より個別最適化された学びへと進化させ、探究的な学びを豊かにできる可能性がある。
平井氏は探究的な学びにおけるAIの役割は3つあると述べた。1つめは、アイデア出しや情報収集の効率化に貢献する「提案」、2つめはAIとの対話を通して自身の考えを深め多角的な視点を得る「壁打ち」、3つめは生徒のレポートや成果物に客観的なフィードバックを提供して自身の学びの到達度や課題を具体的に把握する「分析」である。
特に平井氏は、AIとの「壁打ち」が、単なる調べ学習にとどまらず、より深い思考や表現へと導く可能性があると指摘する。教員による全員への個別対応は現実的に困難であるが、AIは一人ひとりの思考に寄り添うパートナーとなり得る。否定せず、肯定的に応答するAIの姿勢が、生徒に安心感を与え、思考を巡らせることや表現の後押しにつながるという。
一方で、AIの活用を「調べるだけ」で終わらせないためには、問いの設計や対話の質が鍵となる。平井氏と稲垣氏は、深い思考を引き出すには教員や生徒の言語表現力が欠かせないと指摘しており、生成AIとの対話では、短い命令文(プロンプト)にとどまらず、理由や背景まで丁寧に言語化する習慣が重要だという。だからこそ、まずは教員自身が、豊かな問いかけや説明を実践して見せることが出発点になるというのだ。
授業設計や校務DXでAI活用を実践、児童生徒の壁打ちボットも
ここで稲垣氏は、自身が開発したAIを活用した対話的授業設計支援ツール「情報活用型PBLシミュレーター」を取り上げた。これは、授業設計に関する方法論である「インストラクショナルデザイン(ID)」の観点から探究的な学びをデザインするもので、「どのような学びを目指すか」のIDモデルと、「それをどう設計するか」のIDプロセス(NADモデル)がベースになっている。稲垣氏はこのIDプロセスをAIのプロンプト設計に応用し、AIが探究のストーリー設定から分析・設計までを支援する仕組みを構築した。
このツールに教員が基本的な情報を入力すると、AIが探究のゴール設定、手順、評価方法などについて問いかけ、対話を通じて授業計画の具体化を支援するという。これにより、教員は経験や勘に頼らず、IDの理論に基づいた質の高い探究的な学びを効率的に設計できるようになる。
稲垣氏によると、PBLシミュレーターの試用では「具体的で役立つ」と評価する教員が多かった。一方で、AIの提案が自身の授業観や経験則と異なる場合に違和感や受け入れづらさを感じる教員もいた。また、探究に慣れた教員からは既視感や物足りなさを覚えるといった声もあり、提案のカスタマイズ性や柔軟性の向上に取り組んでいるという。
一方で、平井氏は「まずは校務からAIを使い倒そう」と教員に呼び掛けた。例えば授業後に集めた生徒の振り返りを生成AIに投入すれば、類型化された分析レポートや改善提案を即時に得られる。キーワード出現率も自動で可視化できるため、教員は授業改善のポイントを一目で把握できるという。こうした校務DXは、文部科学省のガイドラインにもあるように、生成AIの特性を安全に学ぶ入口として有効だと強調した。
また、平井氏は授業内で生成AIを児童生徒の壁打ち相手として活用する試みも進めている。具体的には児童生徒が書いたレポートに対して、質問や指摘といった的確なツッコミを返して思考を深める「つっこみくん」や、小規模校で不足しがちな同年代との対話をAIが補完する「できすぎ君」といったAIボットを活用。心理的安全性を保ちながら自律的な言語活動を促している。
探究的な学びには、教員自身の主体的なAI活用が不可欠
生徒一人ひとりの興味関心や能力に応じた、より深く主体的な学びを実現するためにAIの活用は有用であるが、AIはあくまでもツールである。両氏の講演からは、探究的な学びの実現にはAIの活用は不可欠であり、その真価を発揮させるためにも教員自身の主体的な関与と試行錯誤が欠かせないことが伺える。これからの教育を豊かにするための道具としてAIの特性を理解し、自校の文脈の中で最適な活用法を模索していくことが求められる。
AIは決して「万能な答えをくれる存在」ではないが、答えのない時代に「思考を広げる対話のパートナー」として有効に活用できる可能性がある。探究的な学びを深めるためにどう使うか、教育現場は今、それを考えるときが来たといえる。