コラム

AIで地域課題の解決をめざす、高専が地域と連携して学生起業を支援

――香川高等専門学校の取り組み

AI人材の育成が課題になっている今、高等専門学校(高専)においても、AI・データサイエンス教育が注力されています。高専では、どのような教育が行われているのでしょうか、またどのような学生たちが学んでいるのでしょうか。本連載で4回にわたって紹介します。

近年、高専では、AI・データサイエンス教育に注力しており、各高専で先進的な取り組みが行われています。また、起業家育成にも力を入れており、政府も高専に対してスタートアップ予算を計上するなど、この分野における高専の役割に大きな期待が寄せられています。

今回は、地域と密接に関わり、AIを重視した技術者育成と起業家育成に取り組む香川高専の活動を取り上げます。また、同校で在学中に起業した学生の声も紹介します。

ロボットコンテストの強豪校、地域の子供たちに理科学教育の場も提供

国立香川高等専門学校(香川高専)は、2009年に機械・電気・情報・建設・環境を専門とする高松高専と通信・電子・情報を専門とする詫間電波高専が統合して発足しました。「豊かな人間性を有し創造力に富む実践的な技術者の育成」と「地域における知の拠点としての社会貢献」を使命に掲げ、実践的な教育に力を入れています。

国立香川高等専門学校

また、「アイデア対決・全国高等専門学校ロボットコンテスト(高専ロボコン)」では最多の優勝回数を誇る強豪校として、AIを活用したビジネスアイデアを競う「全国高等専門学校ディープラーニングコンテスト(DCON)」では、例年本選出場チームを輩出する常連校としても知られています。

香川高専が運営する「みらい技術共同教育センター」は、地域における知の拠点として機能しています。ここでは教員や学生が研究に取り組むだけでなく、地元の香川県三豊市と連携して、三豊市少年少女発明クラブという幼稚園から中学生を対象とした活動や、地元の小中高校への出前授業を実施しています。

このセンターでは、子供たちの理科学への興味関心を育むことを目指しています。レゴ教材を用いたロボット工作や科学実験のワークショップを開催し、創造的なものづくりと科学的な実践体験を提供しています。こうした取り組みを通じて、理科学への魅力を広めているのです。

電子システム工学科三崎幸典教授

センター長を務める電子システム工学科三崎幸典教授は、高専と地域との関わりについて、「香川高専では『地域で愛される高専』を目指して、積極的に街に出て地域の人に学生を育ててもらうようにしています。例えば発明クラブや出前授業のように地域に貢献できる活動だけでなく、地元で開催される「仁尾八朔人形まつり(昔話や歴史上の人物の人形を展示する)」に参加し、ロボットで作られた人形を展示するなど地域一体となった活動もしています」と話しています。

「信じがたいほどのスピード感」でAI人材育成の基盤を整備

香川高専がAI教育を開始したのは、東京大学大学院で深層学習の研究を行う松尾豊教授との出会いがきっかけでした。

2018年6月に三豊市で開催された講演会で、松尾教授に「今、AIをやらないと2年遅れる」と言われたことを機に、三崎教授はAI教育への参入を即決しました。本人も「信じがたいほどのスピード感だった」と語るほど、その後は怒濤のごとく物事が進みました。

翌7月には「平成30年度三豊市・東京大学大学院工学系研究科松尾研究室・香川高等専門学校との連携教育に関する合意書」を締結して、学生へのAI教育を開始したほか、8月には東大が主催するサマースクールへ参加、また2019年1月には、DCONのプレ大会にも参加を果たしました。

さらに2019年4月には、三豊市、東京大学大学院松尾研究室(松尾研)と共同でAI人材育成および事業支援の拠点となる「一般社団法人みとよAI社会推進機構(MAiZM)」を開設し、2021年には、台湾の国立成功大学とAIおよびロボットについて専門人材育成を協力して行うための学術交流協定も締結しました。

このように、次々と教育機関と連携し人材育成の基盤を整備したことで、香川高専が高専におけるAI人材育成の先鞭をつける形となりました。

AIの活用が社会課題の解決につながる、高専生の起業マインドを刺激

AI人材育成と併せて、香川高専では高専生の起業支援にも力を入れています。技術力があり社会課題解決力に長けた高専生は起業との相性が良いことに加え、松尾研やMAiZM(マイズム)からのサポートもあって起業を目指す高専生が増えています。

武智大河さん

香川高専出身で起業した武智大河さんは、AIを活用した送電線の異常検知システムなどを手掛ける株式会社三豊AI開発を2020年8月に創業し、AIやロボット技術を活用したソリューション提供を行っています。

「私は幼稚園の頃からロボコンに出場するのが夢でした。当時、香川高専は全国最強で、ロボコンで全国優勝するならここだと思って愛媛から進学しました。ロボコンには1年生から毎年出場し、5年生の時には目標だった全国優勝も経験しました。AIサマースクールへの参加やDCONのプレ大会に出場したことでAIと社会課題の解決を紐づけて考えるようになり、ロボコンの経験も生かせると考えて起業を決意しました。創業してから高専の専攻科へ進学し、学業と事業を両立させながら3年で専攻科を卒業して、現在は事業に専念しています」(武智大河さん)。

ロボコンの魅力について武智さんは、「ロボコンは、一見、社会課題とは無関係に見えます。しかし何か課題があり、それをチームで解決していくというプロセスから、非常に多くの学びを得ました」と話しています。

柏原悠人さん

同じく香川高専出身の柏原悠人さんと山田斉さんは、AIによるデータ分析などを行う株式会社D-yorozu(ディー・ヨロズ)を2023年1月に創業しました。香川高専発のスタートアップとしては3社目となり、社名には「デジタルの万屋が地方課題を解決」するという思いが込められています。

「僕は座学があまり好きではなく、実習のほうが好きでした。研究室でプログラミングをしたりモノを作ったり、実際に手を動かす経験が起業につながったと思います」(柏原悠人さん)。

山田斉さん

「DCONのプレ大会で先生からイノシシの捕獲用箱罠について教えてもらったのがきっかけでAIに関心を持ちました。今までの授業では出会えなかった可能性に魅力を感じ、研究室でAIに触れているうちに起業という選択肢を選びました」(山田斉さん)。

また柏原さんはこれまでを振り返って、「最初に岩本直也先生(電子システム工学科講師)や三崎先生に開発の基本をみっちり叩き込まれて、その後はインターネットを使って調べながら試行錯誤していきました。自分たちがやりたいことをAIで実装できるようになるまで2年程度かかっていると思います」と話しています。

数年で起業できる技術レベルを習得することは容易なことではありません。しかしながら、AI開発のスキルを習得する能力について、学力や成績はあまり関係ないと岩本講師は断言しています。必要なのは、単に教えたことをそのまま丸覚えする能力でなく、公開されているサンプルコードなどを自分で試して仕組みを理解し、最終的には自分の欲しい形に改良して実際に動かすことのできる能力です。そのため、興味を持ち長い時間をかけて取り組める情熱が求められるのです。

三崎教授は、「高専生がAI・データサイエンスを習得するために必要なことは、やる気と最後までやり遂げる根性ですね。やる気がなかったら何もできない、それだけです」と語っています。

将来は、地域と高専が連携してプラスの循環が生まれる仕組みづくりを

岩本直也講師

岩本講師は、「AIを使いこなせる高専生を増やすことが直近の課題です。今はChatGPTをはじめ、誰でも利用できるAIツールが数多くあります。だからこそ、単に『AIツールが使えます』というレベルではなく、ハードウェアで回路を作るスキルやロボットを作れる技術を身に付け、自在にAIと組み合わせられるような競争力を持った人材を育てていくのが高専の役割です」と話しています。

三崎教授も、高専発のスタートアップを増やしていくためには、すでに起業した卒業生が成功することが不可欠だといいます。「そのためにも彼らが成功できるようなサポートを充実させていき、次につながる起業マインドを持ったグループを育成するところに注力していくつもりです」(同教授)。

三崎教授が思い描くのは、高専をハブとした起業家と地域との連携です。高専出身のスタートアップが成長したとしても、自社で研究所を持つほどの規模になることはすぐには困難です。そこで、スタートアップ側は高専を自社の研究部門に見立てて共同研究費を投じ、高専生の教育と研究開発とを両立していく。これにより研究に携わった高専生が卒業後新たに起業したり、研究に関わった企業に入社したりといったプラスのサイクルを生み出すのが理想です。

現在、香川高専の卒業生は4割が進学し、6割が就職しています。しかし、地元である三豊市で就職する高専生は少数で、多くの卒業生は大都市にある知名度の高い大企業や好待遇の企業へ就職する傾向があります。卒業後の進路として起業を選ぶことで、地元に残って地域に貢献するという新しい選択肢が生まれるという側面もあります。

香川高専発で起業した3人は、それぞれ地元や地域をより良くする将来を見据えています。

「都会ではなく田舎で快適に生活できて、しかもビジネス的に成立する社会を作りたいというのが自分の目標です。人口減少を止めるのは難しいため、少ない人口でも成り立つように手作業や非効率的な部分をAIで自動化・省人化していきたい」(柏原悠人さん)。

「生まれてからずっと香川県に住んでいて、田舎の住みやすさを実感しています。ただ地元に固執するのではなく、香川県が持つ地域課題を解決し、ほかの地方都市でも横展開していきたいという気持ちを持っています」(山田斉さん)。

「今取引しているインフラ業界にとっても人口減少は大きな問題です。すでに過疎地域でのサービス提供が難しくなり、山奥の家へ電気が提供できずに転居を余儀なくされる事態が起きています。このままいくと、詫間町(三豊市)への電気の提供が止まってしまうのも遠い将来ではないかもしれない。そういった中で、地方でも電気や水道などのインフラが維持できるよう、AIによる課題解決を目指したい」(武智大河さん)。

写真左より、三崎幸典教授、柏原悠人さん、武智大河さん、山田斉さん、岩本直也講師

社会を発展させ経済を活性化させるためには、若い起業家の育成が重要です。AI教育を軸に地元を巻き込みながら起業支援を目指す香川高専の取り組みは、先進的なモデルとして他の自治体・教育機関にとって参考になるものです。

株式会社オプンラボ