コラム

「AI副業先生」とタッグを組んで、学生たちに実用的なAI教育を提供

――富山高等専門学校の取り組み

AI人材の育成が課題になっている今、高等専門学校(高専)においても、AI・データサイエンス教育が注力されています。高専では、どのような教育が行われているのでしょうか、またどのような学生たちが学んでいるのでしょうか。本連載で4回にわたって紹介します。

高専では、AI・数理データサイエンス、サイバーセキュリティ、ロボット、IoTの4分野を高専教育に組み込んだ「COMPASS 5.0」プロジェクトが2020年度から始まりました。2022年度から半導体、2023年度から蓄電池分野が加わり、現在6分野体制となっています。同プロジェクトの一環として、全国の国立高専と連携し、数理・データサイエンス・AI教育を推進しているのが、「K-DASH(KOSEN Mathematics, Data science and AI Smart Higher Educational Community)」です。

今回は、K-DASHの拠点校である富山高等専門学校を紹介します。同校は文部科学省が定める「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度リテラシープラス」に高専2校目として選定されたほか、「AI副業先生」などの先進的な取り組みも積極的に進めています。

高専では2校目、リテラシーレベル「プラス」に選定された教育プログラム

国立富山高等専門学校

国立富山高等専門学校(以下、富山高専)は、国立高等専門学校の高度化再編により、工学系、人文社会系と商船系の学科を備えた総合高専として2009年に創立しました。現在は、工学系4学科と国際ビジネス学科、商船学科の6学科で構成されています。一般的に、高専は男子学生が多いと思われがちですが、同校は国際ビジネス学科、物質化学工学科が求心力となり、女子学生比率が約3割と他の高専と比べて高いのが特徴です。

同校では、AI教育にも積極的で、2020年度から全学科共通の卒業認定要件の一つとして「AI×ビジネス×専門」を掲げています。また、2022年度には文部科学省が大学・高等専門学校を対象に優れた数理データサイエンス教育プログラムを認定する制度「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度(リテラシーレベル)」において、独自の工夫や特色を持った内容に対して認定される「プラス」に選ばれました。認定数382件のうち、プラスに選ばれたプログラムは25件しかなく、高専で「プラス」に選定されたのは長岡高専に次いで2校目になります。

さらに同年、リテラシーレベルよりも上位の「応用基礎レベル」にも認定されました。同校のプログラムが評価されている要因としては、多様な6学科の科目が横断的に学べることに加えて、企業の「生の声」を聴く機会を積極的に設けていることにあります。

富山高専での授業風景

企業と関わるプログラムとAIの活用を教える「AI副業先生」

国立富山高等専門学校 電気制御システム工学科石田文彦准教授

富山高専の特徴的な取り組みの一つが「Ti-TEAM(ティーアイチーム)」です。本科1年生(高校1年生に相当)全員による全学科混成チームでの活動で、293社を有する技術振興会会員企業におけるDXの取り組みやデータの利活用状況を調査し、報告書を作成するもので、2023年度で5回目の実施となります。

この教育プログラムを立ち上げたのは、電気制御システム工学科石田文彦准教授です。同準教授はプログラムの意義について、「企業のデータ利活用やAI活用、DXの取り組みなどを学生自身が調べてレポートにまとめることで、企画、取材、レポート作成などのスキルはもちろん、実際にオンラインで企業担当者にインタビューすることにより、コミュニケーション能力やマナー取得にも役立ちます」と語っています。

もう一つ、同校で実施されているユニークな取り組みが、AI教育に外部人材を登用する「AI副業先生」です。転職サイト「ビズリーチ」と国立高等専門学校機構(高専機構)が連携して実施しているもので、ビジネスの現場でAIを活用して働く民間人材を教員として採用し、社会変化やニーズに応えられる生きたAI技術を教えることを目的としています。

この取り組みについて石田准教授は、進化の早いAIを教育現場でどのように教えていくかが課題であったといいます。「新しいテーマを教育に落とし込むには少なくても半年から1年かかります。しかし、AIは技術進化のスピードが速すぎて、半年のタイムラグがあるだけで陳腐化してしまい、それを学んでも結局は学生が使えない知識になってしまうだけです。先生がAIを学ぶとしても、学内のリソースだけではとても追いつかず、教える側の新技術に対するキャッチアップも課題でした」(石田准教授)。

そこで富山高専では、2023年10月からAI副業先生を導入し、3名がAI副業先生として教鞭をとるほか、もう1名の外部人材がAI事例などを教えています。「変化が少ないAIの知識は教員側が、トレンドや事例など変化の激しい部分をAI副業先生が教えるという役割分担を考えています。学生に最新のAI知識を教えられるだけでなく、社会とつながりを持つという観点でも大きな意味を持ちます」と石田准教授は語っています。

15歳の少年少女が「富山高専」を選んだ理由

このようにAIやデータサイエンスなど質の高いITの専門教育を学べる富山高専ですが、普通科高校や工業高校と比較すると認知度はそれほど高いものではありません。どのような学生が学んでいるのでしょうか。同校で学ぶ本科5年生の学生に「高専を選んだ理由」や「将来の抱負」について話を聞きました。

鈴木陸久さん: もともと大学進学はせずに技術者として就職を考えていたところで高専の存在を知りました。費用面や、事業主からの評価が非常に高いこと、実践的な技術や知識を育む教育をしている点などに魅力を感じ、進学を決めました。高専生に対する社会の期待が高まっているので、その期待に応えられるような技術者になることを目標にしています。

米澤栄祐さん: 中学時代に数学や理科が好きで理系に進むことを両親に相談したところ、高専を勧められたのがきっかけです。当時は機械やロボットに憧れがあったので、興味を持って入りました。残りの高専生活は資格を取得することに費やす予定で、大学院まで進み、修了後に就職したいです。

鈴木陸久さん
米澤栄祐さん

岩田朱萌さん: 親が富山高専出身で、私自身も理系への進学を希望していたことや、親から就職の話などを聞いて進学を決めました。女子が少ないことに心配はありましたが、今年は女子学生が9名入学したので思ったよりは多かったです。大学院まで進む学生が多いので、自分も大学院まで進学し、高専で学んだことを生かせる就職先に行きたいと思います。

堀翔太さん: 幼いころからロボットに興味があり、そこから高専の存在を知りました。オープンキャンパスに参加したことで志望意欲は高まりましたが、明確にやりたいことが決まっているわけではなく、幅広い科目を学びながら、在学中に自分のやりたいことが見つかればいいと思っています。

岩田朱萌さん
堀翔太さん

高専で学べる授業、メリットとデメリットは?

高専では、5年間の高専教育(本科)を卒業後、より高度な技術教育を行う専攻科があります。DCON(全国高等専門学校ディープラーニングコンテスト)に参加経験がある専攻科の学生に「高専の授業におけるポジティブな面とネガティブな面」、さらには「将来の抱負」を聞きました。

木村亮一さん

木村亮一さん: ポジティブな面は、実践に役立つ授業が受けられることです。1年生の時にPBL(Problem-Based Learning)の講座を受講したとき、他研究室のクラスメイトとチームを組み、今まで経験してきたことや知識を全部合体させてアイデアを生み出して課題を解決していくプロセスが非常に楽しかったです。ネガティブな面は、在籍している専攻科の専攻が、複数の学科が母体となっている総合的な専攻なので、もう少し自分の深めたい専門分野の授業時間を増やしてほしいです。卒業後には大学院へ進学予定です。大学院修了後は企業の研究所で働きたいと考えています。

塩嶋力也さん

塩嶋力也さん: 常に新しいテーマが取り入れられたり、時勢に合わないテーマは排除されたりなどカリキュラムの更新頻度が高いのがいいです。また、通常は大学生から行うような実験やレポート制作などを本科生から体験し、スキルアップにつながるので他の大学生よりも優位に立てると思っています。その一方、自分に関連性が薄い科目はスキップして資格取得等で補填できるようなシステムがあるとうれしいです。卒業後は、電力会社へ就職します。電力会社では脱炭素化に向けて動き出していて、インターンシップでもAIによる異常検知などを行いました。AIの活用により省人化、効率化を進め、人間の作業範囲を広げることに尽力している様子を見て、AIによる自動化という面で貢献できると感じました。

写真左から、塩嶋力也さん、木村亮一さん、堀翔太さん、岩田朱萌さん、鈴木陸久さん、米澤栄祐さん、石田文彦准教授

現在はあらゆる産業でAIやデータサイエンスの素養が欠かせないものとなっています。その一方で、どのようにしてAIを教えるのかが、多く教育機関で課題になっています。富山高専の取り組みのように、外部の人材をうまく活用するという選択肢が一つの答えになっていくように思います。

株式会社オプンラボ