コラム

DX人材の育成に取り組む高専、AIで新しい価値を生み出せるマインドを伸ばす

――石川工業高等専門学校の取り組み

AI人材の育成が課題になっている今、高等専門学校(高専)においても、AI・データサイエンス教育が注力されています。高専では、どのような教育が行われているのでしょうか、またどのような学生たちが学んでいるのでしょうか。本連載で4回にわたって紹介します。

近年、デジタル技術を活用して新しい価値を創造するDX人材が社会全体で求められています。高専でもそうした人材育成に取り組んでおり、今回は、地元と縁がある大手建設機械メーカーと連携してDX人材の育成を進める石川高専の取り組みを紹介します。

DX機材の導入により「現場の感覚」からデータ起点の実習へ

1965年に設置された国立石川工業高等専門学校(石川高専)は、機械工学科、電気工学科、電子情報工学科、環境都市工学科、建築学科の計5学科を持つ高専です。座学と実験を授業内で同時に行う「in situ実験(その場実験)」など特色あるカリキュラムを実施しています。

国立石川工業高等専門学校

石川高専は、2023年3月に石川県が創業の地である株式会社小松製作所(以下、コマツ)本社において、コマツと関連会社のクオリカ株式会社と、石川県における高度産業DX人材の育成を目的に、「デジタルトランスフォーメーション人材育成に関する包括連携協定」を締結しました。

取り組みの一環として、コマツが開発しクオリカが販売する工場の生産改善システム「Kom-mics(コムミクス)」を導入しました。同システムは、工作機械やロボット等の生産設備から、稼働データや加工データなどの各種データを収集・分析することで工場の稼働状況や改善を支援するもので、同校でクオリカが講演したことをきっかけに導入されました。

工場の生産改善システム「Kom-mics(コムミクス)」(出典:クオリカ ウェブサイトより)

実習授業を担当する機械工学科の穴田賢二准教授は、Kom-micsの導入によって教育の手法そのものが変わってきたと話します。

「従来は、実習で物の削れ方や加工方法について説明する際に、『音を聞きなさい』『切りくずを見なさい』など、抽象的な説明をせざるを得ない部分がありました。しかし、Kom-micsを使うと切削する際の抵抗値なども可視化できるため、『この数値であればまだ削れる』など、これまで感覚だったものが数字で見えてくるようになります。そうすることで、理論と数字と実作業が線として結びつき、より切削理論や現象を理解できるようになったのが大きな変化です」(穴田准教授)。

また、今までの実習授業では上手に作ることに対して重きを置いていたものが、Kom-mics導入により別の評価軸を重視するようになったことも変化の一つだといいます。

「出来上がりは同じでも、今より早く作れるプログラムもあることや、逆に早く作るために切削条件を厳しくすると工具の摩耗が激しくなることなどを比較して、実際の現場ではどちらが優れたプログラムかという議論を行うなど、より実践的な実習ができるようになりました」(穴田准教授)。

AIと他分野の融合による相乗効果の創造

DX人材の育成は、ITを主要な学習対象とする電子情報工学科だけでなく、建築や土木(環境都市工学)を学ぶ学生も対象としています。環境都市工学を専門にする新保泰輝准教授は、国土交通省が毎年公表する「国土交通白書」でもデジタルに関する記述が大幅に増えていることを指摘し、土木分野でもDXが強く求められている状況について話しました。

「2016年に私が着任した当時はもの珍しかったドローンも、今ではカメラと同じような扱いで多くの土木系企業が所有しています。空撮した写真を使った3次元モデルの作成や外壁のひび割れ診断などに活用するだけでなく、AIやセンサーなども組み合わせて新たな価値創造を図るなど業界全体でDXの推進に舵を切っています。土木業界では自身の専門外であるプログラムやITに苦手意識を持っている方もいるため、3DCGはもちろんAI、IoTの知識を豊富に持ち、デジタルを活用する発想力を備えた高専生が望まれてきているというのが現状です」(新保准教授)。

電子情報工学科の小村良太郎教授は、AIを他の専門分野と組み合わせることの重要性について以下のように話しています。

「AIはデジタル技術に関わるものですが、AIだけでできることは少ない。AIと他の分野を組み合わせることによって爆発的な価値が生み出されてくると考えています。電子情報系の学生にとっては、情報以外の領域でAIをどのように活用できるのかという視点が大事です。逆に非情報系の学生は、自分たちの学科でAIやデジタル技術を組み込むと、どんな新しい価値が生まれるのかを理解した上で、社会に出たときにAIとの組み合わせで新しい価値を生み出せるというマインドを持ってほしいと思います」(小村教授)。

カリキュラムの改編により2〜3倍のボリュームに

石川高専では、文部科学省が定める「数理・データサイエンス・AI(人工知能)教育プログラム認定制度(リテラシーレベル)」を初年度に取得し、応用基礎も初年度に電子情報工学科と電気工学科で取得するなど、早い時期から認定を取得しています。

DX人材育成に取り組んでいる影響もあり、情報系の学科だけではなくすべての学科においてデジタル人材を育てようという空気があります。そのため他の高専と比較しても情報教育には明るく、国立高専機構が策定するモデルコアカリキュラム(高専生が身につけるべき能力の到達目標)策定の前段階である「非情報系学科を含む全学科での情報教育の強化・高度化推進プロジェクト」でも、プロジェクトリーダーとして各校の意見を取りまとめる立場でした。

モデルコアカリキュラムの原案を策定する際には、想定外のこともあったそうです。

電子情報工学科の小村良太郎教授

「今回の改訂案では、情報教育の内容の拡充をした結果、もともとの項目の2倍から3倍ぐらいの内容になってしまったんです。ここまで内容が急増すると各高専の負担が大きくなることを考慮して、令和5年度に開始するカリキュラムを令和2年度のうちに公開するなどのフォローを行いました。さらに、高専の負担を軽減する措置として、どの学科のどの学年で、どの内容を教えるという、かなり粒度の細かいプランを作るワークショップも並行して実施しました。最終的に一部の例外を除き、3年かけてほぼ全ての高専に対してワークショップを行いました」(小村教授)。

自分の関心分野を伸ばしていける学習環境が高専の魅力

高専では、5年間の本科課程修了後に、専門分野に関するより高度な技術を習得する専攻科が設けられています。今回は本科や専攻科で学ぶ3人の学生にAIとの関わりについて聞きました。

電子情報工学科本科3年の石野雄大さん

電子情報工学科本科3年の石野雄大さんは、授業をきっかけにAIに触れることができたといいます。

「本科2年の時に、AIを触ってみようというスタンスでScratchというプログラミング学習環境を使った実習をやりました。現在は高専プロコン(全国高等専門学校プログラミングコンテスト)に出場する予定で、ChatGPTと画像生成のStable Diffusionを組み合わせたゲームを作成しています。コンテストの予選はすでに突破しているので、本選に向けてブラッシュアップ中です」(石野雄大さん)。

電子機械工学専攻2年の坂井俊介さんは、深層学習を使った画像処理を専門に学び、現在は個人的に関心を持つようになった画像における異常の検出というテーマに取り組んでいます。

電子機械工学専攻2年の坂井俊介さん

「弁当箱の画像が与えられたときに、正しい組み合わせの食材が入っているかどうかを確認し、特定の位置にあるべき食材が入っていないといった異常を検出するタスクに取り組んでいます。異常検知の場合は正解(=異常)のデータが少ないため、異常ではない画像を大量に学習させて、学習した画像の特徴とは異なる特徴を持つものを異常と判断します。現在の正解率は90%弱ですが、なぜ100%にならないのか、どういう異常を検出できていないのかというテーマを研究するのも面白いと思っています」(坂井俊介さん)。

電子機械工学専攻2年の堀将吾さんは、音声合成や生成AIなど世の中で話題になったAI技術を中心に学び、現在はChatGPTや自然言語処理を勉強しています。

電子機械工学専攻2年の堀将吾さん

「ChatGPT-3はパラメーター数が1750億もあり、同規模のモデルを動かすには大出力の電源や何千万円もするような機材が必要です。しかし、そこまで大規模でなくても効率的に日本語で受け答えができるモデルの研究が最近盛んになっています。その中で私が注目したのはrinna株式会社が公開している日本語に特化したGPT言語モデルで、パラメーター数が36億とChatGPTより圧倒的に少ないのが特徴です。これを使用して安価な機材で実際に動かしてみて結果を確認したり、テスト結果をまとめたりしています。小規模のモデルで何ができるかという方向性で研究していく予定です」(堀将吾さん)。

話を聞いた学生たちはみな、自分の興味分野を広げて生き生きと学ぶことができているようです。

高専に入ってよかったことについて尋ねたところ、皆さんからは一様に「自分の好きなものを好き勝手に作れることですかね」という答えが返ってきました。小村教授も「自分がやりたいことであれば、自由にやらせてあげたい」と話していました。受験勉強に多くの時間を費やさなくてはいけない普通高校の学生との違いを感じます。

なお石川高専では、2023年8月に情報技術の活用状況を学ぶ4日間の集中講義「デジタル人材リテラシー」を新規に企画・募集したところ、学内だけでなく他高専からも多数の申し込みがありました。夏休み期間中にもかかわらず、テーマに関心を持つ多くの学生が参加する積極性も高専ならではと言えるのではないでしょうか。

写真左より)電子情報工学科の越野亮教授、石野雄大さん、堀将吾さん、坂井俊介さん

高校では「情報Ⅰ」が共通必履修科目となり、2025年からは大学入学共通テストでも出題されることが決まりました。文系・理系を問わずIT知識を学ぶ必要が生じたことで、教える教師側も、学ぶ学生側も、不安に感じている部分があるでしょう。生きたDX教育やAIに関する教育を行いながら学生の可能性を最大限引き出す石川高専の取り組みから、ヒントになる何かが見つかるかもしれません。

株式会社オプンラボ