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生成AIを教務・校務にどこまで使えるか?先生向け生成AI研修に潜入してみた

〜先生のための生成AI研修プログラム「TECH for TEACHERS CAMP 2023」

先生のための生成AI研修プログラム「TECH for TEACHERS CAMP 2023」

ChatGPTをはじめとする生成AIが話題だが、教育現場で先生自身が仕事効率アップのために使うにはどのような可能性があるだろうか。ライフイズテック株式会社が開催した先生のための生成AI研修プログラム「TECH for TEACHERS CAMP 2023」で行われた、教務・校務活用を検討するワークショップの様子を紹介しよう。

生成AIの基本知識をおさえる

同研修プログラムが開催されたのは、2023年8月15日〜17日の3日間。参加者自身が生成AIをフル活用してゲーム制作か動画制作のどちらかに取り組み作品を仕上げるのがゴールという、まるで合宿のような研修だ。中高生向けのIT教育プログラムを運営するライフイズテックらしく明るくカジュアルな雰囲気で、参加した先生はグループで親交を深めながら制作に取り組んだ。

カラフルなTシャツを身につけ制作に取り組む参加者

この研修2日目に制作の手を止めて行われたのが「校務LLMワークショップ」だ。LLM(Large Language Model)とはChatGPTなどに使用されるAIの大規模言語モデルのこと。LLMの特徴を学びつつ、実際に校務に使うことを想定したワークに参加者が取り組んだ。

ライフイズテック株式会社 取締役/最高AI教育責任者の讃井康智氏

まずは、同社取締役/最高AI教育責任者の讃井康智氏がLLMのしくみを解説した。

基本情報として、LLMは事前に学習した大量のデータをもとに、次に続く確率が高い言葉を選んで文章を作っていること、それゆえにハルシネーションと呼ばれる間違いも起きることなどを伝えた上で、LLM活用のポイントを次の通り示した。「生成された情報はそのまま受け入れるのではなく最後は自分で考えて判断する」「これまでの知識や経験を活用して必要な情報を言語化して伝える」の2点だ。

LLMの特徴を解説(解説スライドより)

ChatGPTで担当教科のテストづくりに挑戦!

基本知識をおさえた上で、教務で使うイメージをもつために、自分が担当する教科の小テストを作ることになった。生成AIはプロンプト(文章で指示する内容)次第で生成物の質が変わるので、より確実なプロンプトを書くためのワークシートやプロンプトの例も用意された。

さっそく、各自どのようなプロンプトで、どの程度の設問が生成されるのかを試しはじめた。ChatGPTでのテストづくりは、設問だけでなく、その解答や解説も生成できる。テストづくりでは、ChatGPTが間違いを含む文章を生成しがちなことが致命傷になるが、参加した先生たちはそれぞれに専門科目があるので、妥当性や解答の正しさもチェックできるところが強みだ。個人で試行錯誤を重ねたあと、グループ内でシェアし、全体でもいくつかの例が発表された。

グループごとにテストの制作結果をシェア。お互いのアイデアに話が盛り上がる

時短! おもしろい! さまざまなテストが生成できる

ある情報の先生は、プログラムのコードの穴埋め問題をさまざまな条件で作らせてみた。その上で、穴埋めの解答は記述式から選択式にし、さらにコードの穴埋め部分の表記が「__A__」「__B__」だったところを「①」「②」に置き換えさせるところまで、すべてプロンプトで指示した。「理想の通りにできました」との感想で、まわりの先生もその便利な使い方に驚いた様子だ。生成AIが得意なタイプの問題を生成できた例だ。

設問の文章もプログラムのコードも穴埋め箇所も選択肢も全て生成できる

また、別の先生は、カラーコードなどに使われる16進数を答える情報の設問を生成した。はじめに生成されたのは平凡な設問だったため、最終的に「ドラマの探偵が解読する問題にしてください」と指示したところ、ドラマの1シーンのようなが設問できた。その設定は、“アートギャラリーで名画の窃盗事件が起き、犯人が残したコードの意味を解く“というもの。たのしい設問に会場内に笑いが起きた。

このようなアイデア重視のアレンジができることも生成AIの便利なところだ。とはいえ、16進数の設問を面白くしようとプロンプトを投げかけた先生の発想がなければ生まれなかったものであり、AIで何を生み出せるかは使う人次第だと感じさせられる。

探偵ドラマ風の設問。アレンジパターンを作るのは生成AIの得意分野だ

グループごとにシェアする際には自然と意見交換が行われた。あるグループでは、美術の鑑賞レポート課題の回答サンプルとして生成させたレポートの質が話題になった。試した先生によると、「優秀な生徒が書いたんだなという感じでよくまとまった内容」であるものの、「何を感じたかという感情が入っていない」というのだ。

これを受け、生成AIでレポートを書く生徒もいることを前提に視点を変えて課題を出す必要があることや、感情が入らないことを逆手に取った出題ができるのではないか、などと意見が交わされた。

参加者に小テストのワークを終えた感想を聞いてみると、「時短になると思います。感覚的には今までの半分くらいの時間でできそうです。毎時間小テストを作っても苦にならない感じですね」、「可能性はすごく感じますね。叩き台になるものを自分で用意してアレンジさせたり、逆に叩き台だけ作らせて自分でアレンジするような使い方ができそうです」などの声があった。

すぐに実用できるかどうかということよりも、小テストづくりという共通のテーマで試行錯誤したことで、生成AIが得意なことと不得意なこと、自分の仕事で使うにはどのような可能性があるかということに思いをめぐらせる機会になった様子だ。

教務・校務にどこまで使えるかをディスカッション

続いて讃井氏が「先生の先生による先生のためのAIガイドライン&提言」を作ることを提案し、学校で生成AIを使うアイデアをディスカッションした。これは、7月に文部科学省が「初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン」を発表したことと関連し、先生自身の発想や声を届けていこうという試みだ。

グループで教務・校務で使えそうな場面、課題や懸念などを話し合い、全体でシェアした。

どのような使い方ができそうか、それぞれの学校を思い浮かべながら意見が交わされた

校務としての利用は、先生が抱える各種書類の文面作成を効率よく行うという実用的なアイデアが多くあがった。教務としては用途だけでなく、学びのあり方や評価方法そのものの変化を指摘する声が多くあがったのが印象的だ。小テスト作成のワークで実感したことが強く反映されたようだ。

また、課題や懸念、課題の解決に必要なことには、生徒、先生ともにAI活用に伴うリテラシーを育むことなどがあがった。そもそも、生成AIという新しいものに対するリテラシーとは何なのか、それ自体がまだ見えていないが、デジタル・シティズンシップ教育のような、テクノロジーを主体的に責任を持って安全に使う態度を育むことがまずはベースになるだろう。

各グループの発表をまとめた

全体として、先生自身が自分の仕事を助けるために生成AIを利用することについてとても前向きなことが伝わってくる。ただ、グループディスカッション中には、「いざ学校で他の先生に広めていくとなると、難しいかも……」という悩みで共感しあう場面もあった。

学校現場には、なかなか新しいものを受け入れる余裕がない上、変化を受け入れることが苦手なカルチャーがあるというのはよく指摘されることだ。忙しくて余裕がないからこそ、“便利な道具に助けてもらおう”という発想で校務から使いはじめれば、学校現場でも抵抗感少なくスタートできるのではないだろうか。

最後に讃井氏は、「AIの時代に非常に重要なのは、最後は自分で考えて判断することです。思考力、判断力、表現力が、大人の私たちにも、子供たちも求められます。AIの時代だからこそ、それらを大事にした教育がすべての教科や課外の活動時間で大切なのではないかと思います」と呼びかけた。

楽しんで使う経験がなにより重要

3日間通しての制作プロジェクトでは、ゲーム制作はUnity、動画制作はAdobe Premiere Proをそれぞれ使用した。雛形となるゲームプログラムのアレンジや、動画編集をする際の素材生成やストーリー、アイデア出しなどに適宜生成AIを利用して進めるというコンセプトだ。使用できる生成AIは、文書生成のChatGPT、画像生成のStable Diffusion、動画生成のRunway、音楽生成のMubertと多岐にわたり、これらをひと通り体験するだけでもいい経験になる。

UNITYによるゲーム制作(左)とADOBE PREMIERE PROによる動画制作(右)にそれぞれ取り組んだ

こうして先生自身が生成AIを楽しみながら使ってみて、自身の専門ではないゲーム制作や動画制作をどうにかやりとげる手段として生成AIを利用するというのは、その効果を実感できるとてもよい機会となっただろう。新しい技術が一般社会に初めて出てきた状況の今、扱い方や教え方を議論するよりも先にまず、自分がとことん使ってみることがなにより重要だ。

暑い真夏の3日間でたくさんの経験を持ち帰った先生が、各学校で少しずつ使ってみる機会や、考えてみる機会の輪を広げていくことを期待したい。

狩野さやか

株式会社Studio947のデザイナー・ライター。ウェブサイトやアプリのデザイン・制作、技術書籍の執筆に携わる。自社で「知りたい!プログラミングツール図鑑」「ICT toolbox」を運営し、子ども向けプログラミングやICT教育について情報発信している。