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「小学校情報科」新設への道筋となるか?〜宮城教育大附属小学校の挑戦

2024年1月26日、宮城教育大学附属小学校で公開研究会が開催された

コンピューターを使いこなしデジタル社会を生きる力は、AI時代を生きる子供たちにとってますます重要となる。海外ではコンピューターサイエンス(CS)などの教科を小学校段階から設けている国も多いが、日本の小学校にはこれに該当する教科がない。日本でも小学校段階から「情報活用能力」は重視されていて、2020年に始まったプログラミング教育もこの一環だが、既存の教科の中で各校の判断で実施しているのが実情だ。

そんな中、独自に「情報科」を設置して小学校段階からの体系的な学びに挑戦しているのが、宮城教育大学附属小学校だ。2024年1月26日に開かれた公開研究会の様子をレポートする。

小学校の「情報」教科化へ向けての実証研究の歩み

宮城教育大学附属小学校

宮城教育大学附属小学校では、2023年度からの4年間、文部科学省の研究開発学校の指定を受け、新教科「小学校情報科」を構築する研究開発に取り組んでいる。2023年度は1~4年生で年間20時間、5、6年生で35時間を設定し、全学年の学習内容を検討して実践を行ってきたところだ。来年度以降さらに調整を重ねていく。

同校ではGIGAスクール構想以前からICT活用に取り組んできたが、2020年度より3年間、宮城教育大学 安藤明伸教授(肩書は当時。現広島工業大学 教授)と特定非営利法人みんなのコードとの共同研究でCS(コンピューターサイエンス)を新たな教科として実施する体制を整えた背景がある。そこからさらにステップアップしての取り組みだ。

宮城教育大学附属小学校の「小学校情報科」の6年間の単元計画

6年生:生成AIを触って新しいテクノロジーについて考える

6年生のこの日の授業のテーマは生成AI。この時間は児童が実際に会話形式の文章生成AIを体験した。情報科を統括する研究開発学校担当の上杉泰貴教諭は、「私たちはどう生かすか?」と掲げ、ツールを触りながら生成AIの特徴を検証して随時チャットで共有するよう促した。最終的には「どのように使えば人の生活は豊かになるのか」を考えるのがこの時間の目標だ。

使用したツールは、教育現場向けに各種管理機能と安全性の確保等の最適化が行われた「プログルラボ みんなで生成AIコース」ベータ版(特定非営利法人みんなのコード)で、使用感は概ねChatGPTと同様だ。児童たちは前回の授業で初めてこの生成AIツールを触り、今回が2度目の体験となる。

この時間のめあて

児童たちは各自のChromebookに向かい、自分の好きなスポーツやアーティストなどについての会話を楽しんだり、しりとりをしようと持ちかけたり、思い思いのプロンプトを打ち込み反応を確認していった。中にはあえてネガティブな内容の質問をして、生成AIツールが回答を拒否するかどうかを試している姿も。また、ツールが返答する情報が古いことに気づいて情報の新しさを探ろうとしたり、「著作権に引っかからないのか」と直接疑問をぶつけたりする様子もあった。

「最近起こった事件を教えて」「最新の情報は?」「今は令和何年?」などの質問で、AIの学習データが古いことを探りあてた
児童に声をかけていく上杉教諭(左手前)。情報科の授業の関心は高く非常に大勢の参観者が詰めかけた

この授業時間中には「どのように使えば人の生活は豊かになるのか」という大きな問いについて考えを共有するところまでは到達できなかったが、実際に生成AIツールを触ってプロンプトを打ち、やりとりを繰り返すことでその特徴をさらに深く感じ取ったようだ。

なお、生成AIのしくみについては資料が用意され、先生がクラス全体に解説するのではなく、児童が個別に参照できるようにしていた。この授業だけに注目すると、体験だけをしているように見えてしまうかもしれないが、実は6年生はこの日に至るまでにAIや生成AIについて段階を追って学びを深めてきている。

この日の授業では生成AIのしくみについては資料を提示。各自で参照するよう促して、体験時間を十分に取った

機械学習の基本や検索と生成AIの違いなどを学習

まず、6年生の1学期には、AIの機械学習とその学習データを利用したプログラミングを行い、AIには学習データが存在することを体験的に学んだ。Googleが提供する機械学習ツール「Teachable Machine」と子供向けプログラミングツール「Scratch」のカスタマイズ版を使用した。

また、2学期は生成AIについての学びを積み重ね、選択課題として、ウェブ検索との違い、生成AIの問題点、チャット風のプログラムの制作などに取り組んだ。その後、前回の授業で初めて生成AIツールを触ったという流れがある。この日までの4コマ分の振り返りシートを確認すると、児童たちからすでにさまざまな気づきが上がっていた。

検索と生成AIの違いについては、「チャットで話すと良い情報を教えてくれるけど、Google検索には程遠いと感じました」とか、「AIにクイズを出してもらったら、正しくない情報が出てきた。AIだけに頼るのではなく、検索もして色々なものを見比べることも大事だと思いました」などの声があり、ウェブ検索との違いや使い分けを体感している様子がわかる。

生成AIの問題点については、「AIはとても便利ですが、AIをフェイクニュースや、ディープフェイクなど、悪質に活用する人が世の中には多くいることがわかりました。AIが悪いわけではないのに生成系AIの問題点として捉えるのが納得できませんでした」という指摘も。テクノロジー自体に善悪があるのではなく利用者側の問題だという視点は鋭い。

チャット風のプログラムの制作に取り組んだ児童からは、「自由な対話型にすることは難しい」という気づきが上がった。Scratchで質問に答える自己紹介のプログラムを作ったのだが、質問も回答もあらかじめ想定してプログラムするので、質問が想定と一文字でも違うと回答を返せない。決めておいたルール通りにしか返答できないプログラムと生成AIの仕組みが違うということに気付けたようだ。

他にも、便利な一方で、「少し怖い」と悪用を心配する声もあれば、「思っていたものより数倍面白かった」と肯定的に捉える声もあり受け止めはさまざまだ。中には「否定的ではなく、褒められている気がして、とても気分が良かった」と聞き役としてのメリットを見出している児童もいた。

以上のように児童たちは時間をかけてAIや生成AIの特徴を捉えてきた。ただいきなり生成AIツールを体験するだけでは、このような気づきは生まれなかっただろう。児童が生成AIのような新しい技術との距離感をつかめるようにするには、それ以前に身につけておくべき情報活用能力や知識を十分に検討して、学びを積み重ねておくことが不可欠だ。

5年生:情報デザインの理論を課題制作で学ぶ

5年生 担任の新田佳忠教諭

5年生のテーマは情報デザイン。この日は自由テーマで制作したポスターやリーフレットを完成させて相互に評価し合い、デザインを改善する時間だ。担任の新田佳忠教諭がこの日の流れを説明すると早速児童は作業に入った。

デザインというとセンスの世界と思われがちだが、情報をわかりやすく効率よく伝えるのがデザインの基本であり、論理的に学べるルールが多い。この日までに5年生はデザインの理論について実習課題を通して学んできた。

これまで学んできた情報デザインのポイント
「感情を表現する」「お楽しみ会の案内を作る」など5つの実習課題に各自のペースで取り組みながら情報デザインの理論を学んできた

自由制作のテーマは「能登半島地震募金のポスター」「マナーのポスター」など各自で選んでいる。デザインにはGoogleスライドを使用している児童が多いが自分の好きな方法で行なって構わない。

Googleスライドでデザインしたり、Googleキャンバスで素材にする絵を描いたり、手段はいろいろ。手書きでデザインする児童も

完成した作品はグループで見せ合って意見交換し、順次印刷して黒板に貼り出したりチャットで共有したりして、クラス全体でも良い点と改善点を書き込み合った。改善点の指摘が、単に個人の好みからの発言ではなく、「目的の相手はだれ?」「わかりづらい。整理!!」「大事な所の色を変えた方がいい」などとデザインの理論として学んだことを根拠にできているのが印象的だ。

グループごとにそれぞれの作品について意見交換
印刷して壁に貼り出した作品に良い点と改善点を書き込んだ

第三者の指摘で客観的な視点を得れば、改善点がクリアになる。ある児童は、自分のポスター作品のフォント違いを複数作り、手元で切り替えて何度も見比べていたが、悩んだ末に班のメンバーに意見を求めると「目立つのはこっち」との声が上がり瞬時にどれが良いか結論が出ていた。一方で、視点の異なる全ての意見に従っていたらデザインはまとまらない。ある児童は、周りからもらった意見の通りに修正したものの、当初の自分のイメージと変わってしまったことにどこか納得がいっていない様子だ。

どの意見に納得して改善点として取り入れるか、改めて自分で判断する必要がある。そんな気づきにもなったのではないだろうか。

チャットに作品を投稿して改善意見をやりとり。改善点の指摘は人によって意見が分かれる。意見をもとに作品のコピーを変更して再投稿するところ。「周りを見ろ」というコピーから「周囲を見てください」に変更した

授業の最後には、各自がデザインで気をつけた点を振り返りシートに記入したが、学んだ知識を生かして工夫したことが伝わってくる内容だった。

振り返りの例。「深刻な状況のことを書くときは新聞とかで使われているフォントを使いました」とある。フォントによって伝わるメッセージが異なることを学んだからだろう

2年生:紙?コンピューター?伝達手段の特徴を捉える伝言ゲーム

2年生は、担任の芳賀雄大教諭と伝言ゲームに取り組んだ。紙とコンピューターを使って情報を伝えるにはどのような違いがあるのかを知るのが目的だ。これまでの時間に、文字と映像の伝言を試し、紙よりもコンピューターの方が速く正確にできる特徴があることを捉えてきていた。

今回の授業では音声を扱う。最初に30文字という長い伝言に挑戦し、次に3文字という短い伝言に挑戦した。同校の1〜2年生はiPadを使用していて、2年生は撮影や録音などの扱いにもすっかり慣れている様子だ。

この日の授業の流れ。30文字分の音声と3文字分の音声の伝言を試す
グループごとに挑戦する様子を芳賀先生が見守る

グループごとに3文字の伝言に挑戦する活動では、複数の手段を試して違いを確かめていた。あるグループでは、1回目は紙を使う手段を試した。まず1人目がお題の言葉を声で2人目に伝え、2人目はそれを紙に鉛筆でメモして次の人に見せ、次の人はそれをまたメモするという方式だ。無事2分の制限時間内にグループ内で伝達が終わった。

2回目はiPadを使う手段を試した。まず1人目がお題をボイスメモで録音し、2人目にそのデータを端末間共有できるAirDropで送り、2人目はさらに次の人にデータを送るという方式だ。順調かに見えたが最後にAirDropがうまく送れないトラブルが発生し、制限時間切れとなった。

声と紙で伝える方法(上段)と声のデータでコンピューターで伝える方法(下段)を試している

デジタル機器にはこんなトラブルもつきものだが、グループの1人が、「ボイスメモだとたまにバグかiPadに負荷がかかって送れなくなったりすることがあるんです」と冷静に説明してくれたのが印象的だ。また、30文字の伝言だとデジタルデータの方が速く伝わるだろうが、3文字という短い言葉を対面で伝言する場合は、デジタル機器を持ち出すよりも紙の方が速い可能性も高い。条件次第でふさわしい手段が異なるという体験になったようだ。

1年生:パラパラまんがとプログラムで作るアニメーションの違いは?

1年生は、担任の宮澤莉奈教諭とアニメーション作りを通じてプログラミングの特徴を知る授業に取り組んだ。この日は、これまでの授業で作った手描きのパラパラまんがをもとに、低年齢の子供向けプログラミングツール「ScratchJr」を活用して同じアニメーションを作った。

1年生担任の宮澤莉奈教諭
それぞれの手元に大切そうに置かれたパラパラまんが

1コマずつ絵を描いていくパラパラまんがとは違い、プログラミングでは各キャラクターの動く向きや大きさなどを指示する命令ブロックをつないで動きを作っていく。児童はこれまでの授業でScratchJrにもすでに親しんでいて、基本的な使い方や見本通りのアニメーションを作ることには挑戦してきたが、自分で作ったパラパラまんが通りのアニメーションを作るとなると、イメージ通りの動きをプログラムできるかどうか、もどかしさも大きいだろう。

パラパラまんがと画面を見比べてアニメーションのプログラムを考える

意見共有ツールに書き込まれた児童たちの気づきを授業後に改めて見せてもらうと、「プログラミングのほうがかみよりやりやすかった」「かんたんだった」という感想の一方で、「おもいどおりにうごかなかった」「うまくうごかなかった」という感想も同じくらいあった。「さいしょはうまくいかなかったけどなんかいもなんかいもチャレンジしたらできた」という声もあり、それぞれ試行錯誤していることが伝わってきた。

1年生なりに自分の言葉で気づきを共有できている

小学生にふさわしい情報科の内容をどう構築するか

公開された授業全体を通して、小学校情報科を構築する挑戦に大きな可能性を感じた。現状では情報活用能力もプログラミングも従来の教科の中で育むことになっていて、各校が体系表や手引書、各種事例を参考にカリキュラム・マネジメントの元実施しているため、学校による実施内容の差は非常に大きい。新たに情報科が新設されれば、専用の授業時間に体系づけて余裕をもって学べるようになるし、中学の技術・家庭の技術分野、高校の「情報Ⅰ」で学習する内容へのなだらかな坂道も描ける。

同時に、プログラミングを含む情報科の学習内容を各学年の発達段階に合った教材や活動に落とし込む難しさも実感した。特に小学生は学年ごとの発達の伸びが大きく、6年生に比べたら1年生は本当に小さい。1年生と2年生を比べてもかなり理解力や作業能力が違う。各学年に合った内容と知識量を精査して学習内容を定めていく必要がある。

また、現状では低年齢向けの情報科分野の教材や書籍が少ないせいか、小学生の学習の参考として高校の「情報Ⅰ」用の学習動画を紹介している状況も見えた。年齢に適正な表現で説明された無理なく学びを深められる教材が求められている。

上杉教諭によると、本年度実施してみて発達段階に合わないと判断した内容は、来年度以降は学年をずらしたり学習内容を調整したりする計画をしているという。児童の実態に合わせた細かな調整が今後もカリキュラムづくりに生かされるはずだ。

次の学習指導要領改訂を視野に入れると、こうした研究を通して情報科の存在価値が見えてくることが大切だ。宮城教育大学附属小学校が文部科学省の研究開発学校として、同校のみならず全ての子供たちの学びの基準となることを想定し、高度化・先鋭化することなく、情報科のなだらかな学びの研究・構築をすることを期待したい。

狩野さやか

株式会社Studio947のデザイナー・ライター。ウェブサイトやアプリのデザイン・制作、技術書籍の執筆に携わる。自社で「知りたい!プログラミングツール図鑑」「ICT toolbox」を運営し、子ども向けプログラミングやICT教育について情報発信している。