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生成AIは学びをどう変える?専門家と実践者が語り合う教育の未来

Microsoft Education Conference 2023 「AI×教育」レポート

MIEEによる「Microsoft Education カンファレンス 2023」

この1年、生成AIの登場で世の中が大きく動き、教育業界でも注目を集めてきた。その生成AIをテーマに授業や校務での活用アイデアを共有し教育の行方を考えるイベントが、マイクロソフト認定教育イノベーター(MIEE)の主催で2023年12月3日に開かれた。募集早々に800名以上の申し込みがあったという注目度の高さで、当日は多くの教育関係者が会場に集い、ワークショップや情報交換でにぎわった。

Wordでお手紙をつくる作業も自動化?!

マイクロソフト Worldwide Public Sector, Education Industry Black Belt田中達彦氏

オープニングセッションはマイクロソフト Worldwide Public Sector, Education Industry Black Belt田中達彦氏が務めた。

田中氏は、マイクロソフトの生成AI関連ソリューションを中心に解説し、特にMicrosoft製品に組み込まれた生成AI機能であるMicrosoft 365 Copilotの機能を実演して見せた。

Microsoft 365 Copilotの概要

誰もが使い慣れたWordを使ったプロンプト(言葉による指示)ひとつで保護者向けのお手紙が出来上がってしまう様は、従来のテンプレートとは次元の異なる体験で、会場に驚きが広がる。Wordに限らずその他のマイクロソフト製品にも同様にプロンプトで処理できる機能が実装されている。この機能はビジネス向けに提供され始めていて教育機関向けの提供はまだ限定的だが 、事務処理の世界が大きく変化する未来が見えた。

AI専門家から見て怒涛のAIブーム!

続いて株式会社AIdeaLab代表取締役 冨平準喜氏が講演を行った。冨平氏は同社を中心にAI技術によるプロダクトサービス開発を行っていて、「AI議事録取れる君」、「AI Picasso」、「AI素材.com」、「AIひろゆき」など話題になったサービスを次々に世に送り出している。

株式会社AIdeaLab代表取締役 冨平準喜氏

冨平氏は、この1〜2年は「怒涛のAIブーム」で、これまでの変化と「明らかにスピードが違う」と表現する。AI研究の専門家の視点で見て、特にインパクトの強い論文が増え「本当にブレイクスルーが起きている真っ最中だ」というのだ。具体的に、画像生成AI、ChatGPTで知られるようになったLLM(大規模言語モデル)の発展を振り返り、それらの技術を利用したサービスが各社からすでに多数リリースされていることを示した。

LLMの進化(冨平氏のスライドより)

教育関係者へのインパクトのひとつとして冨平氏があげたのは、検索エンジンに会話式のAIが組み込まれ始めていることだ。マイクロソフトのBingに搭載の「Copilot」やグーグルのSearch Generative Experience(現在テスト参加者にのみ公開)では、AIと話をするような感覚で情報を調べられるようになる。

これまでは、まだ学んだことないことを検索エンジンで調べようと思っても調べ方がわからないこともあったが、「今はAIと会話して検索していく時代なので、わからないことでもAIに聞いてだんだん知識が増えていく」と説明した。

教育業界では、生成AIが必ずしも正しい応答をするわけではないという注意事項が一般的になっているが、冨平氏は専門家としてより巨視的に見ていて、現時点の情報の精度を問題にするよりも、そもそも情報を調べる手段の大転換の方に注目していると言えるだろう。

教育現場への影響や活用アイデアは?

さらに冨平氏は、ChatGPTが現時点ですでに知識を問う試験において高い点数を取れることや、当初苦手とされていた数学の設問にも対応可能になってきていることなどを示した。AIの精度が上がるのは時間の問題であることがわかる。

最新のChatGPT(GPT4)はすでに米国会計資格の合格レベルに達していることを示した(冨平氏のスライドより)

先生の業務を助けるアイデアとしては、例えば宿題プリントやその解説をChatGPTで作成できることを紹介。さらに、最新の有料版ChatGPTでは、画像を送信して文字情報を含め画像に含まれる情報を読み取らせることができることや、GPTsと呼ばれるオリジナルのチャットボットを作成できることなどを紹介した。

GPTsはプログラマーでなくとも通常の日本語による設定をするだけで、特定の用途にカスタマイズしたChatGPTを作ることができるというもの。作成したチャットボットは、有料会員がアクセスできるGPT Store(2024年1月10日新設)で公開できる。

精度の向上や新たな機能は、活用次第で先生の仕事を助けることができると同時に、先生の役割までもが大きく変わることを予感させた。

「AIに頼り切る」のではなく、「AIを使いこなしていく」人材が必要

あまりにも大きな技術の変化に対し教育はどこへ向かえばいいのか。冨平氏はAI時代に必要な力を次のように話した。「なんでもAIに聞いてそれをうのみにしてAIに頼り切るのではなく、AIと対話していくことで理解を深め、AIを使いこなしていく人材が必要だと思います」。

さらに冨平氏は、AIがあれば経済格差に左右されずに勉強する手段を得られると指摘。また、特定分野に強い関心がある場合、年齢に関係なく知識や技術をAIで学び進め才能を開花させられる可能性が高いと指摘した。逆に、AIに頼りすぎて何も考えない人と二極化することを懸念する。

AIに対してどういうスタンスを取るかで道が分かれると指摘

今後のAIの大きな動向としては、マルチモーダルと呼ばれる複数の情報を組み合わせて扱えるAIの発展が加速すると解説。さらには、AGI(Artificial General Intelligence/汎用人工知能)と呼ばれる人間と同様の知的作業を行えるAIが誕生する日も、世の中の予測よりもっと早く来るのではないかと冨平氏は見通した。

AIを活用する教員×AI専門家のトークセッション

続いて、AIの活用に積極的な教員3名が加わりトークセッションが行われた。

青山学院中等部 講師 安藤昇氏

青山学院中等部の選択授業「技術AI」を担当し、スタディサプリの高校「情報I」の講師も務める安藤昇先生は、ChatGPTを使ってプログラミング言語Pythonの学習問題を出す手法をデモンストレーションした。

落合陽一氏が提唱する「抽象言語オブジェクト」の手法で作成したという構造化した長いプロンプトをChatGPTに送信すると、Pythonの問題を出題する先生のように応答し始めた。いわば「AI安藤先生」を創り出すという試みだ。

安藤先生役になったChatGPTがPythonの問題を出題

先の講演で冨平氏が紹介したGPTsというチャットボットを作る手順とは異なるが、やろうとしていることは同じで、自分の分身のように働くAIを作り出そうというもの。生徒にこのプロンプトを配布すれば、各自のChatGPT環境でPythonの学習ができてしまうというわけだ。

出題される設問も個別に異なるし、評価をフィードバックさせることもできるので「超個別最適化できる」と安藤先生。AIがこうして活用されるようになると先生や授業の役割が変わることを具体的に予感させた。

なお、同校で安藤先生の授業を受ける生徒は保護者の同意の元ChatGPTを使用しているということだ。

東京学芸大学附属小金井小学校教諭 小池翔太氏

東京学芸大学附属小金井小学校教諭の小池翔太先生は小学2年生の担任で、児童に生成AIを利用させることはないが、児童からの要望で代わりに生成AIに質問して回答を伝えるという使い方をした授業場面がいくつかあったという。

3学期には、児童と「理想の先生」とはどんな存在かを話し合い、実際に小池先生がGPTsで「ロボ先生」のチャットボットを作ってやりとりをしてみせるような授業を計画しているということだ。

計画中の授業で利用するGPTsの試行をしている画面
東京学芸大学附属小金井小学校教諭 鈴木秀樹氏

東京学芸大学附属小金井小学校教諭の鈴木秀樹先生は小学4年生の担任で、やはり児童には生成AIを使用させないが、自身がさまざまなシーンで使用することで児童に生成AIの特徴を見せる工夫をしてきた。授業で生成AIの回答を登場させると、子供たちの議論が活性化される効果を感じているという。

鈴木先生は授業の効率アップに使う例として、児童から集めた意見を、ChatGPTの有料版で一瞬で分析するという使い方を紹介した。クラス全員の意見をまずフォームで送信させて集め、そのデータを「どんな回答があったかを分析して、代表的なものを10個挙げてください」というプロンプトと共にChatGPTに送信する。

すると一瞬で大量の意見が10項目に整理されるので、このリストをもとに児童間の意見交換にすぐに移ることができる。「45分の授業内ではとても収まらなかったことが、AIの力を借りることで十分できるようになりました」と鈴木先生。教員の目視ではリアルタイムに処理できない作業だ。

フォームで集めた意見をエクセルデータにして適切なプロンプトと共にChatGPTに送信して分析させる
ChatGPTが分析して10個項目にまとめた意見

「生徒一人にひとつのAI先生」の時代が来る?!

これらの活用例を聞いた冨平氏は、児童の意見の要約というのはChatGPTの便利な使い方だと受け止め、先生の分身のようなチャットボットを作るという使い方は今後の敎育を変えるきっかけになると見通した。

「今後は先生が自分の代わりのAIを作って、生徒一人にひとつのAI先生がつくような形になっていくのではないかと思います。今まではひとりの先生でいろいろな生徒を教えるためにカリキュラムがあったと思いますが、これからは、一人ひとりのカリキュラムがあってAI先生と話すことによって学ぶような世界感になるのではないかと思っています」と冨平氏。

AIを相手に知識を伸ばせるとなると、人である先生の役割はどうなるのか。「やはり、心の問題、どのようにモチベーションを引き出して志を作ってあげるかということが、先生のメインの仕事になるのではないかと思います」(冨平氏)。

冨平氏は、AIはどうがんばっても確率的に答えを返してくる存在で、人とは違うと指摘する。例えば、子供が先生など人の姿を見て「あんなふうになりたい」とモチベーションを得ることはあっても、AIとのやりとりから得ることは無いだろうと見ているのだ。

キーワードは「好き」「好奇心」「エモい」「オタク力」!

AIによる大きな転換をさまざまに見ていく中で、教員の側では子供たちのどんな力を伸ばしていきたいかという話になった。最終的に共通したのは「好き」が鍵になるのではないかという声だ。鈴木教諭は「本当に何が好きなのかを突き詰めていくことが大事になってくる」、小池教諭は「まず自分が楽しいとかエモいと感じること」、「オタク力」、安藤教諭は「人間がAIに勝るのは好奇心」、など、それぞれの表現で語った。

左より安藤氏、冨平氏、鈴木氏、小池氏

しかし個別の「好き」を追求することと、今の学校現場にはギャップもある。そして「好き」を突き詰めるということは、遊興的な「好き」を追うことや他のことは何もしなくて良いということともまた違う。シンプルなようで捉えどころの難しいキーワードだが、3名の先生は結びの言葉で次のように表現した。

「ChatGPTって何でも出してくれるんですけど、その結果に興味や疑問を持ち、それについて掘り下げて考えるような、本当に好奇心を持つような子を育てなければいけないと思っています」(安藤先生)。

「学校の教室でオタクになるとか、どう考えても矛盾してるんですよね。でも、異質な他者が教室に35人いるということ、そういう児童たちが学びあっていくことが、絶対に価値があることだと信じています。学習の形式、授業の形式も何かこう、エモくなっていくのがいいのではないかと思っています」(小池先生)。

「AIってこれからどんどん進歩していって社会もそれに応じてどんどん変わっていくと思うんですね。その中でぶれずに自分の好きなことを追求していける、エモさを求めて追求していけることってすごい大事だと思います。でも、じゃあその自分の芯を作るために小学校、中学校、高校の教師は何ができるか、そこを我々が今考えなくてはいけないことだと思っています」(鈴木教諭)。

AIの専門家が教育の外側から見る大きな転換のビジョンと、現場を知る教員の具体的なビジョンとが混ざり合い、話は自由な発想が飛び交うトークセッションとなった。聴衆にさまざまなインスピレーションを与えたのは間違いない。

事例発表やワークショップなど充実の1日

お昼の時間には授業実践の発表、午後はゲスト講師やマイクロソフト認定イノベーター、企業などによるワークショップが複数開かれた。参加者は事前に申し込んだワークショップで最新のAI技術に触れながら、授業で利用するイメージを膨らませている様子だった。

スクールエージェント株式会社代表取締役で関東第一高等学校情報科講師の田中善将氏によるワークショップ。有料版のChatGPTでオリジナルのGPTsを作るハンズオン。「自己複製」のコンセプトで自分の教育理念を語るチャットボットを作った
立命館小学校教諭で2019年のGlobal Teacher Prizeのトップ10に選ばれた正頭英和氏によるワークショップ。Canvaの画像生成AI機能でオリジナルの妖怪作りをした。授業のように妖怪のアイデア出しのステップも丁寧に進め、Canvaの使いこなし術も盛り込んだ

多くの教育関係者が生成AIの登場に興味を持ち集い、前向きに技術に触れ、何か動いてみようとするエネルギーが伝わってくるイベントだった。答えの出ない変化が続く中、参加者ひとりひとりが刺激と新たな問いを持ち帰ったのではないだろうか。

狩野さやか

株式会社Studio947のデザイナー・ライター。ウェブサイトやアプリのデザイン・制作、技術書籍の執筆に携わる。自社で「知りたい!プログラミングツール図鑑」「ICT toolbox」を運営し、子ども向けプログラミングやICT教育について情報発信している。