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鈴木教諭の生成AIガイドライン解説(後編)――「不適切」な活用場面は本当にそうなのか?

文部科学省の「生成AIの利活用に関するガイドライン Ver.2.0」が公開され、学校現場でも生成AIの活用が広がりつつあります。先生方はどのようなポイントを押さえるべきでしょうか。本ガイドラインの制定を検討した委員の一人であり、生成AI活用の実践にも熱心に取り組まれている東京学芸大学附属小金井小学校の鈴木秀樹教諭に、ご寄稿いただきました。
【目次】鈴木教諭の生成AIガイドライン解説

前編 教師はどのように受け止めるべき?
中編 教科学習と「組み合わせ」てAIを活用し、AIを学ぶ
・後編 「不適切」な活用場面は本当にそうなのか?

生成AIガイドライン、実はここは納得がいっていません

今回のガイドライン改訂作業にあたり、「納得のいかない点も出てくるだろう」と覚悟はしていました。様々な立場の意見を反映させなければならないわけですから、ある程度それは仕方ないことだと頭ではわかっているのですが、それでも「やはり、こうなってしまったか⋯」と思ってしまう部分もあります。

その最たるものが 「Box-5. 学習場面において利活用が考えられる例、不適切と考えられる例」 です。

(出典)『【本体】初等中等教育段階における生成AIの利活用に関するガイドライン(Ver.2.0)』の18ページ「Box-5. 学習場面において利活用が考えられる例、不適切と考えられる例」

私はこれ、 不要だと思う のです。Ver.1のガイドラインが公表された時、マスコミが盛んに報道していたのも、この「学習場面において利活用が考えられる例、不適切と考えられる例」でした。それはそうでしょう。わかりやすいですもの。「そうか、こういう場面は使って良くて、こういう場面は使ってはいけないなのだな」と、誰もがパッと見てわかります。

「パッと見てわかるなら良いではないか」と思われるかもしれませんが、実際には「パッと見てわかる」のではなくて「パッと見て考えるのをやめてしまう」のではないでしょうか。

生成AIは登場して間もないテクノロジーです。それを どう使うのが適切で、どう使うのが不適切か、まだまだ考えなければならないことはあるはず です。それなのにこうした具体例を示してしまうと、先生方がそれ以上深く考えなくなってしまうのではないか。その点を私は心配しています。

ガイドラインに示された「不適切」な活用、本当にそうなのか?

実際、「Box-5. 学習場面において利活用が考えられる例、不適切と考えられる例」の 適切・不適切の判断はかなり怪しい ものであろうと私は思います。いくつか見ていきましょう。

詩や俳句の創作、⾳楽・美術等の表現・鑑賞など、感性や独創性を発揮させたい場⾯、初発の感想を求める場⾯等で安易に使わせる

「Box-5の(不適接と考えられる例)より」

いやいやいや。全ての子供が感性や独創性をすぐに発揮できるわけがないじゃないですか。はじめから生成AIの助けを借りながら創作活動を行うことも十分考えられるので、一概に不適切とは言えないですよ。

テーマに基づき調べる場⾯などで、教科書等の質の担保された教材を⽤いる前に安易に利用する

「Box-5の(不適接と考えられる例)より」

いやいやいや。まず生成AIに「正しいか間違っているかわからない結果」を生成させて、それを検証するのに教科書等の質の担保された教材を⽤いることもあり得るので、一概に不適切とは言えません。

教師が正確な知識に基づきコメント・評価すべき場⾯で、教師の代わりに⽣成 AI の出力のみに頼る

「Box-5の(不適接と考えられる例)より」

これ、一見もっともそうですが、実際の学校現場では「教師が正確な知識に基づきコメント・評価すべき場⾯だけれども業務が忙しすぎてコメントも評価もできなかった」といった状況も少なくないのではないでしょうか。

例えば、授業後のふり返りに教師がすべてコメントするのは非常に困難です。そうであれば、まずは生成AIに回答させ、ある程度まとまった段階で教師がコメント・評価する、といった活用も十分考えられるので、一概に不適切とは言えないでしょう。

各種コンクールの作品やレポート・⼩論⽂等について、⽣成 AI による⽣成物をほぼそのまま⾃⼰の成果物として応募・提出する(コンクールへの応募を推奨する場合は応募要項等を踏まえた十分な指導が必要)

「Box-5の(不適接と考えられる例)より」

Ver.1のとき、恐らくもっとも話題となったこの項目も残りました。私はことあるごとに言ってきましたが(会議でも発言しましたが)、これは「⽣成AIによる⽣成物をそのまま⾃⼰の成果物として応募・提出」すれば何とかなってしまう各種コンクールやレポート・⼩論⽂のあり方こそが問題なのです。そういう時代に入っているのです、現代は。

生成AIの活用がもたらす教育の問い直し

というわけで、このBox-5には色々と言いたいことがあるのですが、実はガイドラインの本文には、この「適切な例・不適切な例」といったわかりやすくも思考停止を招きそうなこととは 真逆の一文が含まれています

なお、学習課題やテストの内容によっては、児童生徒が生成AIを用いることで簡単にこなせる可能性があることも前提に、課題の内容等を吟味することや、問題の本質を問うこと、深い意味理解を促すことを重視した授業づくりを行うことも期待される。

『【本体】初等中等教育段階における 生成AIの利活用に関するガイドライン(Ver2.0)』の17ページ

さっきのBox-5に書かれたこととは真逆と言うか、この一文があるならさっきのBox-5は何だったの、ということになりそうな文章ですよね。これは私だけではなく、多くの委員が訴えたことの爪痕と言っていいかもしれません。

生成AIの登場によって、我々は様々なことの問い直しを迫られている のだろうと思います。正直なところ、学校教育で扱われている内容のうち多くのものは「児童生徒が生成AIを用いることで簡単にこなせ」てしまうでしょう。「可能性がある」どころの話ではありません。ですから、我々はこれから子供たちからのこういう問いかけにさらされます。

「生成AIがどんな長い文章もパッと要約してくれるのに、どうして要約の方法を学ばなければならないのですか?」

「読書感想文なんて生成AIがパッと書いてくれるのに、どうして自分で書かなければならないのですか?」

「生成AIが全部、翻訳してくれるのに、どうして英語を学ばなければならないのですか?」

そういう時代にあって 「課題の内容等を吟味することや、問題の本質を問うこと、深い意味理解を促すことを重視した授業づくりを行うこと」は必然 でしょう。

子供たちの「書く」をAIに任せてみた結果…

私自身もこの課題に向き合い続けているわけですが、その検討の途中で取り組んだ実践を1つご紹介しましょう。教材は国語5年「大造じいさんとガン」。単元終盤の「『大造じいさんとガン』の魅力を伝える文章を書き、友達と伝え合う」という授業です。

基本的には、下記のような流れの授業ですが、児童がつまづきやすいのが最初の「『大造じいさんとガン』の魅力を伝える文章を書く」というところです。

「大造じいさんとガン」の授業、学習活動の流れ

「何を書けばいいのか、わからない」「最初の一文が出てこない」「面白かった、以外、何を書けばいいのか⋯」など、様々な困りごとを抱えた児童がいます。そこで、この授業では3つの方法を用意しました。

【3つの方法】
①ゼロから自分で書く
②「書いて答えるAI」の助けを借りて書く方法
③「選んで答えるAI」の助けを借りて書く方法

「書いて答えるAI」も「選んで答えるAI」も、児童に「大造じいさんとガン」についての質問をしてきます。「書いて答えるAI」は、自分で答えを書き込むわけですが、「選んで答えるAI」は質問に対する答を選択肢で示してくれるので、児童は選ぶだけです。

そして、どちらのAIもある程度、質問に答えたところで「まとめて」と入力すると、そこまでに児童が書き込んだ/選んだ答を元に「大造じいさんとガン」の魅力を伝える文章を生成してくれます。児童は、それをもとに友達との話し合いに臨むというわけです。

「書いて答えるAI」と「選んで答えるAI」を用意。鈴木教諭は小学生でも使用できる生成AIを活用

この授業(と言うかAIの使い方)に対しては異論をお持ちの方もいらっしゃるはずです。その代表格が「国語の『書く』がそれでいいのか」というものでしょう。

しかし、 この授業の目的は「友達と話し合って考えを広げる」こと です。「魅力を伝える文章」はそのための道具に過ぎません。であれば、生成AIで文章を素早く作成してもかまわないと、私は考えました。むしろ、これまでの授業では、文章を書くことが苦手で置いてきぼりになりがちだった児童も、 生成AIの助けを借りることで友達との話し合いに参加できるようになった のです。

さらに言うと、授業中の児童はAIが生成した文章を友達に読み聞かせながら、「ここは、私はもうちょっと違うことを考えていたのだけれど」と注釈を加えたり、本文に立ち返って「これは、ここに書いてあるこの部分のことなの」と解説を加えたりしていました。もしAIが生成した文章がなく、白紙に近いノートしかなかったとしたらこのような発言が出たでしょうか?完全に自分の考えを反映した文章ではなかったとしても、 文章があることで児童の思考が活性化された のです。

これが私なりの「課題の内容等を吟味することや、問題の本質を問うこと、深い意味理解を促すことを重視した授業づくり」です。

鈴木教諭による生成AIを活用した授業風景

現場の教師の番です

ガイドラインは、やたらとお硬い文章で何だか抑制的に読めてしまうかもしれません。しかし、何しろ相手は生成AIです。進化もすごいスピードで、それがもたらすものがどうなるのかも常に模索しなければならないような代物です。そんなものを相手にしたガイドラインですから、一見、腰が引けたように見えてしまうところは勘弁してください。

しかし、その内実は、 生成AI時代の教育をどのように進めていけばよいかを真剣に考える皆さんを応援するもの、これからのトライを進める土台となるもの なのです。そうでなかったら「期待される」などという文言、入るわけないですよね?

さあ、ガイドラインというボールは投げられました。受け取ったボールをどこに、どうやって、どんな風に投げるのか。 今度は我々、現場の教師が投げる番です。

3回に渡ったガイドライン解説、ご愛読ありがとうございました。この記事では書ききれなかったことも多々ありますので、 こちらの動画シリーズ を是非ご覧いただければと思います。

生成AIガイドラインの読み方①(全5回)
鈴木秀樹(東京学芸大学附属小金井小学校教諭)

東京学芸大学附属小金井小学校教諭。慶應義塾大学非常勤講師。私立小勤務を経て2016年より現職。ICT×インクルーシブ教育、生成AI活用等が主要な研究テーマ。2024年文部科学省「初等中等教育段階における生成AIの利活用に関する検討会議」委員。近著に「Unlock Learning: 特定分野の特異な才能への支援は、すべての子どもの学びにつながる」(金子書房)、「『非常識』な授業づくり 悩んだ時に立ち返りたい40の疑問」(明治図書、3月31日発売)。