レポート
トピック
小学校における情報教育の最前線、授業実践から見えた課題とは?
「New Education Expo 2024」セッションレポート
2024年7月30日 06:30
現在、小学校では情報技術や情報リテラシーを体系的に学ぶ教科はないが、学習指導要領では「学習の基盤となる資質・能力」のひとつとして「情報活用能力」が示されている。既存の教科の中で身につけるものとされているが、学校によって取り組みはかなり幅がある。
そんな中、独自の計画で情報教育に取り組む2つの小学校を紹介しよう。「小学校情報科」を設ける宮城教育大学附属小学校と、「情報探究科」を設ける印西市立原山小学校だ。両校ともGIGAスクール構想以前からICT活用やプログラミング教育などに取り組んできた。どのような学びを実践しているのか。2024年6月、New Education Expo 2024で開かれたセッションの内容をレポートする。
■情報社会の一員として技術を理解〜宮城教育大学附属小学校「小学校情報科」
■低・中・高学年それぞれに合った情報の学びを設計
■探究学習を核に情報技術を学ぶ〜印西市立原山小学校「情報探究科」
■「情報活用能力」の育成を既存の教科内で行うのは限界
■教員はどうやって学んでいるのか?会場からの質問に回答
■多彩なアプローチからどう道筋をつけるか議論が必要
情報社会の一員として技術を理解〜宮城教育大学附属小学校「小学校情報科」
宮城教育大学附属小学校では2020年度よりCS(コンピュータ・サイエンス)科設置の実証研究を始め、2023年度からは文部科学省の研究開発学校の指定を受けて新教科「小学校情報科」の構築に取り組んでいる。
同校 研究副主任 上杉泰貴氏は、1人1台端末の環境が整ってからの子供たちの様子と教科の設置の背景をこう話す。「子供の柔軟さに驚いたとともに、何も知らないまま使っていることの危うさを同時に感じたんです。子供たち自身が情報社会を構成する一人であり、情報技術を利用する一人であるのに、その自覚のないユーザーのままでいいのか、というのが大きな問いになっています」。
子供たちに必要な力を明確にし、教員個人のスキルに頼るのではなく教育過程で指導事項を示して学校として育めるようにするため、「小学校情報科」が設置された。鍵となるのは、情報技術への理解だ。
カリキュラムは、CS科設置の時からアメリカの「K-12 Computer Science Framework」を参考に独自に構成していて、現在では中学校の技術家庭科の技術分野や高等学校の情報科の学習内容とのつながりも調査検討しているところだ。
低・中・高学年それぞれに合った情報の学びを設計
情報技術の理解といっても、低学年では遊びや体験を重視し、高学年では問題解決の過程を重視するなど、学年ごとの発達段階にふさわしい学び方を設定している。時間数は、低・中学年は年間20時間、高学年は年間35時間。各教科の時数から少しずつ情報科に割り当てているので、子供たちが学ぶ総時数が増えているわけではない。
具体的な授業例としては、例えば2年生で写真データには見えにくいExif情報があるということを知るために、「はっ見!しゃしんのひみつ」という学習をした。Exif情報というのはデジタルカメラやスマートフォンで撮影した写真データに保存されるカメラの設定や撮影時の位置情報などのこと。写真に隠れた情報を元に、宝さがしをするという仕立ての授業だ。
他にも3年生では検索の仕組み、6年生では暗号化についてそれぞれ体験的に理解する授業を行ったほか、5年生ではプログラミングで作ったゲームを公開してフィードバックを送り合ったりログを見たりする授業を行ったことなどが紹介された。なお、同校の「小学校情報科」については、昨年度の公開研究会の授業レポートをあわせて参考にしてほしい。
情報の科学的な理解を軸にしているとはいえ、知識を教え込むような授業を行っているわけではないことが、授業事例からおわかりいただけるだろう。
探究学習を核に情報技術を学ぶ〜印西市立原山小学校「情報探究科」
印西市立原山小学校は、1人1台端末を生かした情報教育を様々な形で充実させてきたが、2024年度からは、文部科学省の教育課程特例校の指定を受けて独自の「情報探究科」を実施している。学校経営重点テーマに「社会とつながる 情報教育×情操教育×市民性教育」を掲げていて、その根底にはSDGsの考え方がある。
原山小学校教諭の佐々木佑崇氏は、「情報探究科」のカリキュラムは全部で6分野、「コンピュータネットワーク」、「プログラミング」、「メディア表現」、「情報デザイン」、「データサイエンス」、「デジタル・シティズンシップ」を扱う構成であることを紹介した。
なお、「情報探究科」の時数は低学年が年間70時間で、中学年、高学年は年間105時間。総合的な学習の時間と各教科から振り分けているので、子供にとって授業全体の時数が増えているわけではない。
低学年では体験を重視してコンピューターの特徴に気付く活動、中学年では集めた情報から課題を見つけて解決する活動を行っている。例えば3年生は、自分たちで作ったプログラミングロボットで競い、その際の投球データなどを記録分析してロボットを改良した。
高学年になるとさらにゴールを明確にした探究活動を行う。例えば5年生では、地域とつながりエシカル消費を広めるためのプロジェクトを行い、その過程で多数の探究情報科に関するスキルを使った。
なお、6年生は昨年度より「FIRST LEGO League Challenge」というロボット競技会にも挑戦している。1チームが全国大会を経て世界大会への出場権を手にし、先日アメリカでの世界大会に参加してきたばかりだ。ロボット競技だけでなく英語でのプレゼンテーションもこなし、見事ロボットデザインの部でファイナリストに選ばれたということだ。
「情報活用能力」の育成を既存の教科内で行うのは限界
昨年度まで原山小学校校長を務めていた印西市 教育DX専門官 松本博幸氏は、同校の「探究情報科」設置の背景を次のように話す。
「情報活用能力の育成を各教科の中でやってきましたが限界があるんですね。扱い切れない内容もスキルもあり、試行錯誤の上、教科を作ることにしました」。また、その前提として、学びの変革自体も進め、教師主体の学びから子供主体の学びへ移行するフェーズであることを示した。
カリキュラムの参考にしたのは 、2017~2019年に情報教育推進校(IE-School)の取り組みをもとに整理された「情報活用能力の体系表例」と、欧州委員会のデジタルコンピテンスフレームワークだ。そこに探究的な学びを結びつけ、原山小独自の体系表を作っている。
なお、2017年〜2019年の情報教育推進校(IE-School)「情報活用能力の体系表例」の制作には、当時松本氏や本セッションのコーディネーター 広島工業大学 教授 安藤明伸氏も関わっていたという。こうして長く情報教育に関わってきた先駆者が、GIGAスクール構想を経て、新しい教科が必要だという判断に行き着いていることに注目したい。
教員はどうやって学んでいるのか?会場からの質問に回答
会場には大勢の参加者があり、関心の高さが感じられた。質疑応答の一部を紹介しよう。
Q.小学校の教員は情報を学んでいないが、専門性の高い内容をどうやって進めているのか?
A.(宮教大附属小・上杉)CS科の導入に取り組み始めた当初、CSやプログラミングが何かというところから始めました。大学の協力も得ながら学ぶ機会に恵まれていました。
(原山小・佐々木)3年前に原山小学校に赴任したとき、前任校とはかなりギャップがありほとんど何もわからない状態でしたが、研修などを通して学んできました。企業などから詳しい方達に来ていただいて、子供たちと一緒に指導していただくこともあります。
(印西・松本)先生は学びたいという意欲があるので、皆さん前向きに取り組んでくれました。最初から全てを理解しておく必要はなく、やっていくうちにわかるから、気軽な気持ちで子供と一緒に緒に学べばいいと常々言っています。また、先生の研修の時間が多く取れるように調整していました。
Q.授業は専科の先生がやっているのか?
A.(宮教大附属小・上杉)「小学校情報科」の授業のほとんどはクラス担任が担当しています。600時間ほどのうち、専科の私が授業をしたのは公開授業の10時間だけです。教員が必要感をもって教材研究をすると、「小学校情報科」で身につけた力を他の教科で生かすなど連続した目で見ることができるのがメリットだと捉えています。
Q.中学校の学習内容と重複するのではないか?
A. (宮教大附属小・上杉)中学で学ぶことを小学校で先取りして学んでしまうということではなく、小学校の低学年、中学年、高学年、そして中学校、それぞれの段階で、学んだ概念が更新されていくのではないかと思います。
Q.次期学習指導要領の改訂を控えてどのようなことを期待するか?
A. (宮教大附属小・上杉)「小学校情報科」を今のカリキュラムにただ乗せてしまうと、それは負担感が大きく子供にとっても教員にとっても良いものにはならないと思います。
(印西・松本)私もそう思います。各教科の学習内容の見直しをまずしていただいて、削れるところは削った上で、情報活用能力をどのように伸ばすかをよく考えていただきたいです。
多彩なアプローチからどう道筋をつけるか議論が必要
前職では宮城教育大学教授として附属小学校の「小学校情報科」にも関わった安藤氏は最後に、現在注目すべき動向として、小学校の情報教育に関わる提言などが出ていることを紹介した。
両校の授業やカリキュラムの検討にも大きく関わっている、特定非営利活動法人みんなのコードからは「2030年代の情報教育のあり方についての提言」(2022年4月)と、「小・中・高等学校における情報教育の体系的な学習を目指したカリキュラムモデル基本方針」(2024年3月)が、また、一般社団法人日本産業技術教育学会から「[要望声明]初等中等教育におけるSTEAM教育の導入とテクノロジー教育の拡充・刷新について」(2024年5月)が、それぞれ発表されている。
また、プログラミングに関しては両校の例でも情報教育の一部として様々な場面に組み込まれていることを紹介し、「表現の手段にもなるし、デジタルの言語活動でもある」と早期からの積み上げを勧めた。さらに、3Dプリンターなどを備えたSTEAM教室の可能性にも触れ、「エンジニアリングの見方、考え方が、今後の鍵になるのではないか」と結んだ。
両校の教科としての情報教育は似ている部分もあるが、位置づけや時数やなどを比べると異なる点が多くそれぞれに特徴がある。あえて特徴づけるなら、宮城教育大学附属小学校の場合は、情報科学の理解を軸にいかに小学生の発達段階に合わせて体験的な理解ができるようするかということと丁寧に向き合っている印象だ。一方、印西市立原山小学校は、探究学習を中心軸に、情報技術はその課題解決の手段として使い倒しながら身につけていくという印象を受ける。
先進的に取り組んでいる2校の間でもこれだけの違いがあるし、各種提言の内容もそれぞれの立ち位置から示されていて内容は異なる。どのやり方を採用するかという単純な話ではなく、次の学習指導要領に向けて、実際に情報技術に関する学びを教育課程にどう位置づけていくのか、十分な議論が必要だろう。
なお両校から指摘があった通り、情報科を独立した教科にする場合は、既存の他の教科の学習内容や時数を調整することが必須だ。教科ごとに「教えたい分量」を詰め込んで持ち寄るだけでは、子供の負担は増えるばかりだ。子供の負担の総量を教科を越えて点検し、子供にとって「無理なく身につく全体量」を見定めて調整する視点がほしい。
2020年度から小学校で実施されている現在の学習指導要領が告示されたのは2017年。 “学校でコンピューターを使うのは特別な時だけ”という状況だった頃にできたものだ。GIGAスクール構想で1人に1台のコンピューター端末が行き渡り、コロナ禍を経て社会が生活様式の変化を経験し、AIの急速な発展が現在進行形の今、特に情報技術に関する学びの位置付けがこのままでいいということはないだろう。変化を恐れずに見直しがされることを期待する。