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横浜市、教育データの本格活用を担うデータサイエンス・ラボを始動

教員・研究者・企業がつながり教育を語る

「横浜教育データサイエンス・ラボ」がスタート

 横浜市は、株式会社内田洋行と連携して、市内の小中学校など全496校の児童生徒約26万人のビッグデータを活用した学習ダッシュボード「横浜St☆dyNavi」を2024年6月から運用してきた。

 この「横浜St☆dyNavi」で得られたデータを活用して教育の変革をめざす「横浜教育データサイエンス・ラボ」が、2024年9月20日にスタートした。

 同ラボは、教員や大学の研究者、さらにはデータの分析・加工の専門的な技術をもつ企業で形成されている。教員の課題感や求める効果を出発点として、約26万人の教育データを分析し、教職員や子供たちに有効な「教育データ」を提供する。

 同9月20日には、「横浜教育データサイエンス・ラボ」の始動イベントが横浜市立大学みなとみらいサテライトキャンパスで開催された。子供たちの学びや学校にとって有効な教育データについて、教員、大学の研究者、企業から参加したメンバーが議論した。

「横浜教育データサイエンス・ラボ」始動イベント

ビッグデータの収集、分析、活用、更新のサイクルを回す

横浜市教育委員会 教育長の下田康晴氏

 冒頭、横浜市教育委員会 教育長の下田康晴氏が登壇した。教育委員会の主旨として「“横浜の教育”共創で生み出したい新たな価値」という言葉を掲げ、「学ぶなら横浜、教えるなら横浜、教育DXなら横浜、と言われたい」と語った。

 下田氏は教育DXにおける4つの重点として、横浜St☆dyNaviなどの「教育DX基盤形成」、横浜教育データサイエンス・ラボなどの「教育ビッグデータ活用」、リアル・オンライン・バーチャルの「学びの3層空間展開」、そして「教えのエンパワーメント」を挙げた。

横浜市の教育DXにおける4つの重点

 このうち、今回のテーマである「教育ビッグデータ活用」については、ビッグデータの収集、分析、活用、更新のサイクルを回すことにより、今まで見えていなかったものを可視化するなど価値に変えることが重要だと下田氏は語る。

データの収集、分析、活用、更新のサイクル

 また、こうした子供たちのデータについて、「データは誰のもの?」という課題を提起した。通常の無料サービスではデータはGAFAなどのプラットフォーム企業に入って、その企業の価値に変わってしまうと指摘。データ分析や活用の恩恵を子供たちに還元する仕組みをどのように設定するかが大事だと語った。

データは誰のもの?

ラボは「つながる」「解決する」「教育を変える」

横浜市教育委員会 学校教育企画部長の山本朝彦氏

 横浜市教育委員会 学校教育企画部長の山本朝彦氏は、データサイエンス・ラボについて、その3つの機能にもとづいて説明した。

 1つ目の機能は「ラボはつながる」。たとえば、いじめ問題について、いじめられるほうはもちろん、いじめる側もストレスが元になっていることがある。こうした問題について、医療的なアプローチができないか、という声が教育現場にあるという。

 そこで大学にとっては、同ラボに参加することで、26万人の子供の継続的なデータと、現役の教員の声を得られる。また企業にとっては、社会的価値の創造にコミットでき、イノベーションの可能性がある。

 そして教員にとっては、自分の意見や悩みを、大学の先生や企業がいっしょに考えてくれ、データが自信をくれて新しいヒントの一つとなる。こうして3者がつながるのがラボの役割だという。

 2つ目の機能は「ラボは解決する」。たとえば、横浜市独自で実施したIRT型の学力・学習状況調査によると、子供の伸び悩みは、国語は3割なのに対し、算数・数学は4割が抱えているという。こうした伸び悩みの違いについて、教え方か教科特有のものかなど、データで解明して解決するというわけだ。

 3つ目の機能は「ラボは教育を変える」。現在では医療でもスポーツでもいろいろなことにデータが活用されているのに対し、教育では平均点や偏差値ぐらいしかなかったのが最大の課題だった、と山本氏は指摘。そして、いろいろな人がデータをさまざまに分析して、教員の気付きを増やし、仕組みを創造したいと語った。

データサイエンス・ラボとは
子供の「こころの天気」

 そのほか今回のデータサイエンス・ラボの関連施策として、ビッグデータを分析できるようにクリーニングや加工をしてラボに持ち込む、Data Houseも作ると説明。また、オンラインやメタバース空間でさらに多くの人がつながってラボに提案していく「教育イノベーションアカデミア(YEIA、Yokohama Education Innovation Academia)」も設けると述べた。そして、「この3つの仕組みを使ってデータを加工ししっかり分析し解決する仕組みを作っていく」と山本氏は語った。

データサイエンス・ラボと、Data Hub、YEIA

テーマ1:算数・数学ではなぜ伸び悩みが見られるのか

 ここから、2つのテーマについて、教員、大学の研究者、企業からの参加者がグループに分かれて議論した。

 議論に先立ち、それぞれのテーマについて解説がなされた。

グループディスカッションの2つのテーマ
横浜市教育委員会 学校教育企画部教育課程推進室主任指導主事の森圭一朗氏

 テーマ1「算数・数学の学力と意欲の分析」については、横浜市教育委員会 学校教育企画部教育課程推進室主任指導主事の森圭一朗氏が説明した。

 具体的には、山本氏も触れた、横浜市学力・学習状況調査における算数・数学の伸び悩みの問題だ。IRTで経年で調査した結果、国語に比べて算数・数学では伸び悩みが見られるという。特に、上の学年になるにつれ、算数・数学で散らばりが大きいことから、どこかでつまずいているのではないかというのをデータから分析した。

算数・数学で伸び悩みが見られる

 どこで誤答が多いか分析したところ、たとえば角柱の体積を求めるにはどこを底面と高さにとるかという問題が浮び上がったという。ここから、図形の見方をきちんと学んで積み重ねていないとつまずくのではないかということを、算数・数学では積み重ねが大きいことと重ねて森氏は語った。

角柱の体積を求めるにはどこを底面と高さにとるかという問題

 また、「うまくいかないときには、なぜできないのかを考え、やり方を変えたり、次の方法を試したりしていますか」という生活・学習意識調査と、学力の伸びとを合わせた分析も紹介。特に上の学年では、自分の学習を見直し、調整している子供たちが、学力を伸ばしている傾向があると説明した。

 そして、このように理解のしかたを、データを元に追求すると語った。

生活・学習意識調査と、学力の伸びとを合わせた分析

テーマ2:子供の心の不調をなくすためにどうチェックするか

横浜市立大学 研究・産学連携推進センター 教授の宮﨑智之氏

 テーマ2「子供の心の不調をなくす横浜モデルの開発」については、横浜市立大学 研究・産学連携推進センター 教授の宮﨑智之氏が、教育ではなく医療サイドからの説明と前置きして述べた。

 宮﨑氏は、プロジェクト「若者の生きづらさを解消しウェルビーイングを実現するメタケアシティ共創拠点」を、文部科学省により10年間のプロジェクトとして採択されている。

 そうした中で、心のケアを充足することで、学びなどへのエンゲージメントを高め、不登校やいじめなどを解決するというビジョンを描いている。

 具体的には、まず横浜St☆dyNaviに「こころチェック」を入れていきたいと考えているという。毎日の「こころの体温計(仮称)」や定期的な「こころの定期検診(仮称)」により、心の不調が顕在化する前に可視化してケアするというものだ。

 また、心のケアのためのスクールカウンセラーのような形でよりカジュアルにチャットで相談できるようなシステムを作っていきたい、さらに心のケアが改善しているかの効果測定も横浜St☆dyNaviでできるようにしたいと宮﨑氏は語った。

横浜St☆dyNaviの「こころチェック」

 これに向けて、「こころチェック」の項目を検討しているという。毎日のチェックについては、いつもと同じ状態である“平熱”を50として、今日の心の状態を尋ねる「VAS(Visual Analog Scale)」がある。単純な質問だが、これまで抑鬱が高い精度でわかってきた方法だそうだ。これにより、どの子供に注目すべきかを見える化し、さらに月1回などの定期検診で実際にどこに問題があるかを見つけていく。

つらさのVAS

 そのほか、心の状態に分けたケアの仕組み作りや、横浜St☆dyNaviのデータと連携した児童精神科の取り組みのモデルを宮﨑氏は紹介。そして最後に「児童生徒の心の不調を学校の中で完結しようとしないでください」とメッセージを語った。

モデル校におけるケア

教員・大学の研究者・企業人がつながりディスカッション

 こうした説明のうえで、参加者が7〜8名ずつ5つのグループに分かれてグループディスカッションを行った。テーマ1とテーマ2について、「課題は何か」「解決方法は」「必要なデータは」が話し合われた。

グループディスカッションの様子

 グループディスカッションの後、各グループで出た声が発表された。

 テーマ1「算数・数学の学力と意欲の分析」については、課題として、過去の学年でのつまずきの積み重ねや、個々にどの分野でつまずいているかを知ること、つまずきを知るのがテストの採点後になってしまうことなどが挙げられていた。

 そして解決策としては、苦手の見える化や、つまずきを共有する場面、一人ひとりの学習状況の把握などが挙げられ、必要なデータとしてもそのためのものが挙げられた。

 テーマ2「子供の心の不調をなくす横浜モデルの開発」については、課題として、子供が自分の気持ちを言語化することや、子供が回答したことは本当の気持ちなのかということ、悩みはあるが言いたくないという子供、個人情報保護の観点などが挙げられた。

 そして解決策としては、言葉だけでなく段階などで表現できることや、教室外でのデータの共有、子供が素直な気持ちを話せる場、さらにはオンラインやメタバースをその場とすることなどが挙げられた。

現場とデータはどちらが主でも従でもない、往還性があるもの

経済協力開発機構(OECD)日本政府代表部職員 一等書記官の大根田頼尚氏

 最後に「本日のまとめ」を、経済協力開発機構(OECD)日本政府代表部職員 一等書記官の大根田頼尚氏が語った。

 大根田氏はディスカッションの発表の中から、「子供はずっと自分とつきあっていく」という言葉と、成長していく主体としての子供が重要であることを取り上げた。また、子供の「第3の場所」としてのメタバースの可能性についても触れた。

 そのうえで、現場の実践とデータはどちらが主でも従でもなく、往還性があることが大事なのだろうと述べた。

 データの在り方についても、医療と同じように定期診断が必要なことや、より日々の学びが立体化されるデータの在り方などの必要性を語った。

 そして、医療と同様に、一人ひとりが良くなっていくためにデータがあると述べ、一人を支えるために学校と教員が存在し、いちばん大事な家庭があり、そこに生かされるデータを整備していくことが必要だと語った。