【連載】The Teachers' Voice

特別支援の見方を変えたい!自分たちのアイデアを表現して自信をつかむ

――東京都立青峰学園 菱真衣教諭がめざす学びのアップデート①

今までの学びをどのように変えていくべきか。本連載『The Teachers' Voice』では、学びのアップデートをめざす先生自身の言葉をお伝えしていく。特別支援教育に対する、今までの既成概念を取り払いたい。そんな想いを持って高校生たちと映像制作に取り組んだ東京都立青峰学園 菱真衣教諭。クリエイティブな活動を通して、生徒たちはどのように変わったのか。菱教諭から見た子どもたちの姿をレポートしていただきました。
ICTを活用して生徒の表現を広げる活動に挑戦

皆さんは、特別支援学校にはどのような子どもたちがいるかご存知ですか?

身体が不自由で車いすがないと移動できない、知的障害があり授業についていけないなど、日々たくさんの困りごとがあって、いろいろな人に助けてもらいながら生活している子どもたちをイメージするのではないでしょうか。

特別支援学校の子どもたちは、いつも助けてもらうばかりの存在ではありません。私たち大人が子どもたちから学ぶこと、子どもたちの笑顔に励まされることがたくさんあります。GIGAスクール構想で1人1台の端末が整備されてからは、機器の操作で困った教員が、子どもたちに助けてもらうことが日常的に起こります。彼らも日々多くのことを学び、仲間とともに成長しているのです。

ところが、特別支援学校には「私は人に助けてもらわないとなにもできない存在なんだ」と、自分自身にネガティブなイメージをもつ子が多数存在します。これは私が特別支援学校に勤務して驚いたことの一つです。

特別支援の社会からの見られ方を変えたい。そして、子どもたち自身の見方を丸ごと変えて、ポジティブに生きられるようにしたい。私の取り組みは、そんな特別支援学校の子どもたちとSDGsについて発信することから始まりました。

”自分たちもできる”と思えるような、本物に近い体験を味わってほしい

私の情報の授業では、プロにしかできないと思っていたことが、「自分にもできるんだ!」「ひょっとしたら、あんなことやこんなこともできるかもしれない!」と子どもたちが実感し、次につながるドキドキを大切にしています。

子どもたちは、動画を作れるのはテレビ局の人だけ、絵を描けるのはイラストレーターだけ、プロ向けの機材がないとできない、と思っていたようですが、今や学校にあるタブレット端末とさまざまな無料アプリを使えば、動画やデジタルイラストなど簡単にコンテンツを制作できる時代です。

手軽な方法で本物に近い体験をできるようにすることで、子どもたちはみるみる授業にのめり込み、やがて情報の授業の枠を超えて、学んだことを活用するようになりました。

SDGsに関する動画制作に挑戦。ARを使ってより分かりやすく伝えたい

「SDGsについて、今伝えたいこと」をテーマに5分間の動画制作に取り組んだ実践を紹介しましょう。

動画の構成、撮影、編集はすべて、子どもたちに任せました。私がアドバイスしたことは、「いろいろな人に届く伝え方をしよう」という1つだけです。

最初に子どもたちがつまずいたのは、SDGsについて調べているときでした。“持続可能”、“飢餓”、“ジェンダー”……初めて見る言葉だらけで、知的障害のある子どもたちにとっては「何が書いてあるか分からない!」と投げ出したくなるくらい難しい内容です。しかし、一つひとつ子どもたちの生活と結びつけて説明していくことで、SDGsについての理解が深まっていきました。

その後は、理解した内容をどのように表現し、伝えていくかという活動に取り組みました。まずは、動画で使用するSDGsのロゴマークをデザイン。子どもたちは、自分が小学生だった頃に知っていた言葉を使う、言葉が分からなくても絵で伝わるようにするなど、見てもらうことを意識してデザインを進めます。制作中も、どのような言葉を使用すれば分かりやすいか、どのイラストが分かりやすいかなどを話し合いながら取り組みました。

子どもたち自らがSDGsのロゴマークをデザイン

そして次に、今の世界の現状をどのように説明するかを考えました。スライドでプレゼンテーションをする、イラストを使って説明するなど、いろいろなアイデアが出ましたが、子どもたちにはもっとわかりやすく具体的に説明したいという想いがありました。

そこで出てきたのが、AR(拡張現実)でした。ARは以前、コロナ禍の文化祭で作品展示の公開ができなかった際に使用したことがあり、3Dのオブジェクトを組み合わせて展示スペースをデザインし、美術で制作したフィギュアの3Dデータを活用してARコンテンツを制作しました。

拡張現実の世界に自分も入って作品紹介をしたり、作品を見る人がそれぞれの場所で、作品をいろいろな方向から鑑賞したり、子どもたちの情報発信の引き出しを1つ増やすことにつながりました。

文化祭の作品展示では、3Dの展示スペースをつくり、美術で制作したフィギュアの3DでARコンテンツの制作に挑戦

そうした経験があったので、子どもたちの方からARを使いたいと提案があり、やってみることにしたのです。写真や動画では伝わりにくい作品の良さをARなら伝えやすいといいます。子どもたちは、ARで飢餓を再現し、拡張現実の世界で説明を行なうというむずかしい構成でしたが、自分が入る位置や、説明で使用する言葉、いろいろな人の気持ちを想像しながら、丁寧に動画を作り上げていました。

ARで飢餓を再現し、拡張現実の世界で説明する動画制作に挑戦

「いろいろな人に届く伝え方をしよう」、このアドバイスも、大切な情報を得られないもどかしさを感じたことのある子どもたちだからこそ、実現できることだと思いました。

心から自分の良さを見出すために

こんな素晴らしいアイデアをたくさんもっていて、動画として形にすることができる子どもたち。しかし、その一方で、「私は、人に助けてもらわないとなにもできない存在なんだ」といった発言が出てきたりします。なぜでしょうか?普段ほめてもらえないのでしょうか?叱られてばかりなのでしょうか?

特別支援学校の子どもたちに自信がないのは、いつもほめられる人が同じだから、いつも同じようなメンバーの中で学び合っているからだと思っています。そんな子どもたちに、社会との関わりを通して自分を見つめ、自分の良さを見出してほしいと考え、きっかけを作りました。

それが、「KWN(キッド・ウィットネス・ニュース)日本コンテスト」への挑戦です。このコンテストは、パナソニック ホールディングス株式会社が行なう小学生・中学生・高校生の子どもたちを対象とした映像制作支援プログラム。小学生部門、中学生部門、高校生部門の3つにわかれ、SDGsに関する動画を制作するというものです。

これまでは、授業で作品を作っても身近な先生や保護者に見てもらうだけでしたが、そこから一歩進んでたくさんの人に作品を見てもらいたいと考え、同コンテストへの参加を決めました。ただし、このプログラムには特別支援学校部門がないので、本校は高校生部門でエントリー。つまり、高等学校の授業や部活動で取り組む映像制作も、特別支援学校で取り組む映像制作も、どちらも一緒に評価されるのです。

このプログラムに参加すると、学校ではなかなか扱うことのできない機材の貸与を受けたり、動画制作のワークショップに参加したりすることができるので、より本格的な動画制作に取り組むことができました。

KWNに応募する映像作品を制作中

そして、子どもたちの取り組みが評価され、高校生部門でSDGs賞を受賞しました。

2020年度 SDGs賞/私たちも、世界の一員なんだ。【高校生部門】

受賞後には、子どもたちから「私は車いす生活だけど、自分の得意なことを生かして、他の高校生と同じ土俵に上がることができた」、「頑張って作ったからたくさんの人に見てもらいたい」といった発言が見られました。

子どもたちは、入賞したことももちろんですが、それ以上に他の高校生と同じフィールドで特別支援学校の作品を見てもらえたこと、自分たちの情報発信が届いたことを何よりも喜んでいるようでした。そして入賞を果たした子どもたちに、大きな変化が生まれたのです(次回に続く)。

連載目次

学校紹介

東京都立青峰学園
東京都青梅市にある特別支援学校。小学部、中学部、高等部が設置されており、肢体不自由のある児童・生徒が在籍する肢体不自由教育部門と、都内全域を通学区域とする専門的な職業教育で「生徒全員の企業就労」を目指す、知的障害部門高等部就業技術科がある。
菱真衣(東京都立青峰学園)

東京都立青峰学園 数学科・情報科教諭。大学時代の介護等体験で特別支援教育に魅了され、現在特別支援学校教諭6年目。ICTを活用した教育に可能性を感じ、マイクロソフト認定教育イノベーターになる。授業実践を発信し続け、2021年に「ICT夢コンテスト」で文部科学大臣賞を受賞。趣味は写真を撮ること、旅に出ること。特に島が好き。