【連載】The Teachers' Voice
特別支援学校の生徒たちが動画制作に挑戦。伝えたいメッセージを表現する工夫とは?
――東京都立青峰学園 菱真衣教諭がめざす学びのアップデート②
2022年7月15日 06:30
「またSDGsですか?飽きました!」
この言葉は、新年度初めての授業で生徒に言われた衝撃的な言葉でした。昨年度までSDGsについて真剣に取り組んでいた生徒から出た言葉だったので、正直、私はなぜ生徒がそう感じたのか、なかなか理解することができませんでした。
まず、自分の授業を振り返りました。SDGsについて授業で扱う場合は、まず導入でSDGsについて調べてスライドにまとめるといった、SDGsの大枠を理解させるものです。そして、その後実際にSDGsに関する活動を行なっていました。
生徒になぜ飽きたと思ったか、ストレートに尋ねてみると「SDGsについては毎年学習しているのでもう完璧に理解しています」「SDGsは水や電気を大切にしたりすることです。私たちはもう当たり前のようにやっているのに、なぜ毎年のように勉強しなければいけないのか」、こんな答えが返ってきました。
毎年様々な活動をしているのに、導入が同じパターンになってしまい、いつも同じことをしていると感じさせてしまったのではないか。そこで、SDGsを前面に押し出すのはやめて、子どもたちが活動の本質に目を向けられるよう意識して授業を展開してみることとしました。
捨てられた車いす、私たちにしかできない国際協力を考えよう
今回は、本校で実践してきた国際協力活動と子どもたちが学習を通して伝えたいメッセージを動画にまとめるようにしました。
きっかけは、ゴミ捨て場にサイズが合わなくて、使える人がいなくなってしまった車いすが捨てられているのを見つけたところから始まります。リサイクルして使えばいいと最初は思うのですが、日本においては特別支援学校に通う子どもたちの車いすは、一般的に一人ひとりの体の形に合わせたオーダーメイドで作られています。そのため、成長の過程で使用できなくなってしまうと廃棄することになります。
そんな時に、NPO法人「海外に子ども用車椅子を送る会」の森田祐和さんと出会い、連携して授業を進めることになりました。この団体は、使用できなくなった車いすを主に開発途上国に送ったり、車いす整備の方法を指導したりしています。
本校で車いすを団体に寄付する過程を動画にまとめました。
みんなの心に届く情報発信とは
昨年度から青峰学園での取り組みを動画で発信しているため、どのような動画が、心に届くのか、いくつか動画を見ながらMicrosoft Teamsの共同編集でキーワードをあげました。そして、どのように動画を制作してみんなの心に届けていきたいか、意見をまとめました。
続いて、いきなり動画撮影から始めるのではなく、事前に計画を練りました。こうすることで子どもたちは全体の見通しや共通意識をもちながら活動することができます。撮影の流れや計画をMicrosoft Teamsの共同編集で作成し、共有しました。
動画制作に向けて、コンテをMicrosoft Teamsの共同編集で作成し、共有しました。みんなの心に届く動画を制作するためには、気持ちを込めてナレーションを読んだり、イメージに合うBGMを使用したり様々な工夫が必要です。情景をイメージしたり、他者の心情を理解したりすることに困難さのある生徒もいるため、一つ一つのシーンを丁寧に確認しながら進めました。
特に、一つ一つのシーンに「気持ち」という項目を立て、ワクワクするシーンだから明るい声でナレーションを読もう、悲しいシーンだから少し暗めのBGMを使おうなどと考えられるようにしました。
次に、マレーシアで車いすの整備をし、日本から贈られた車いすを現地の子どもたちに届ける活動をしている方にインタビューをすることになりました。外国の人との関わりといった点では、学校にいるALT(外国語指導助手)としか話した経験のない子どもたちが、マレーシア人にオンラインでインタビューをしました。テクノロジーを活用して言語の壁を越え、多様な文化や価値観に触れて世界の課題について考えを深められるようにしました。
インタビューの初めに、マレー語で自己紹介をすることになりました。事前にマレーシアについて調べ、Google翻訳の読み上げ機能を活用して、自己紹介の練習をしました。
当日のインタビューはZoomとコミュニケーション支援・会話の見える化アプリ「UDトーク」を使用しました。まず、自己紹介をマレー語で行ない、その後は、UDトークを使って日本語で質問を投げかけました。母国語でコミュニケーションをとることができたので、深い内容まで理解してインタビューをすることができていました。
コロナ禍においてなかなか海外に行くことはできませんが、さまざまなICTツールを活用すればオンラインで世界中の人と簡単にコミュニケーションをとることができます。学校同士をマッチングするサービスも増えており、より手軽になっています。
また、外国語に苦手意識があっても、テクノロジーを活用することで世界中の人とコミュニケーションできるということを子どもたちは体験できたと思います。
心情をさまざまな方法で表現し、メッセージ性のある動画制作に挑戦
こうした活動を経て、いよいよ動画制作に取り組みます。
車いすが捨てられている場面を冒頭に、車いすが海外に届けられ、ゴミ捨て場がきれいになっている場面を末尾に入れるといった展開で情景の変化を伝えました。2つのシーンはゴミ捨て場に車いすがあるかないかの変化だけでなく、車いすが捨てられている冒頭は雨の日に撮影し、ゴミ捨て場がきれいになっている末尾は晴れの日に撮影し、天気にもこだわりました。
また、末尾のシーンのセリフは、「車いすがなくなってきれいになってよかったね」を想定していましたが、話し合いを通して最終的には「晴れたね」に変更しました。子どもたちは、動画で伝えたいことを様々な方法で表現することができました。
また同じ場所での撮影でも、シーンによって一人称視点と三人称視点を使い分けました。一人称視点では、小型軽量のアクションカメラ「GoPro」を生徒の車いすに取り付けて撮影し、「車いすで自由にいろいろな場所に行くんだ!」といったワクワクした気持ちを見ている人が自分のことのように感じられるようにしました。
三人称視点では、「みんなで未来について考えていきませんか?」といったメッセージを発信するために、見ている人が客観的な視点でもこの問題を捉えられるようにしました。
そして、最終的に完成した動画は、昨年に続き、「KWN日本コンテスト2021」の高校生部門に応募しました。結果は、佳作を受賞。生徒たちは動画制作を通して、伝えたいこと、表現したいことに向き合い、それをどのようなカタチで作品にすれば相手に伝わるのかを考えてきたので、評価していただいたことで達成感を感じることができました
動画制作を通して子どもたちはいろいろなことを学んでいた!
子どもたちは、動画制作を通して、撮影や編集のテクニック以上に、相手に様々な手段を用いて自分の意見を伝えることを学んでいました。これは子どもたちに限った話ではありません。私自身、動画制作をしていると、限られた時間でどのように話をすれば見ている人に伝わるのか、どのような構成にすれば、最後まで見てもらえるか、音の使い方、色の使い方など学ぶことがたくさんあります。
これは、子どもたちを惹きつける話の仕方や教材の工夫など、授業をする際にも活かすことができます。GIGAスクール構想により、1人1台端末が配備され動画制作は、より手軽に、そして身近になりました。皆さんも子どもたちと一緒に、動画制作にチャレンジしてみるのはいかがでしょうか。
連載目次
The Teachers' Voice 目次
- 生徒たちが使う端末に制限はかけさせない。こだわり続けた自由度の高いiPad導入〜近畿大学附属高等学校 乾武司教諭(全5回)
- 読み書き計算に困難のある子の学びを支える"オーダーメイド”の支援 〜つくば市立学園の森義務教育学校 山口禎恵教諭(全3回)
- へき地が抱えるICT環境の課題と、教員の世界を広げるSNS活用 〜青森県 つがる市立育成小学校 前多昌顕教諭(全2回)
- コロナ禍で見えた新しい学びのカタチ「Face to Face の教育から、学びのSide by Sideへ」 〜東京学芸大学附属小金井小学校 鈴木秀樹教諭(全5回)
- 英語を学ぶだけではない、ICTで生徒が自己発見できる学びとは? 〜工学院大学附属中学校・高等学校 中川千穂教諭(全3回)
- ICT活用が進まない本当の理由は、教師の中に潜む“使命感”にある 〜聖徳学園中学・高等学校 品田健教諭(全5回)
- 教育版マインクラフトの学習に初挑戦。授業に落とし込む前に考えたこと〜大森学園高等学校 杉村譲二教諭(全3回)