レポート

教育実践・事例

子どもたちの特性を見える化し、学び方を試せる機会が意欲を育む

――Microsoft Education Day 2022 特別セミナー「学校という場や枠を越えた学びの必要性」レポ―ト

「Microsoft Education Day 2022」(主催:株式会社バザール、マイクロソフト認定教育イノベーター)にて開催された、福本理恵氏の特別セミナー「学校という場や枠を越えた学びの必要性」

学校での学びに困難さを感じる子どもたちが、自分の興味関心や得意分野を見つけて生き抜く力を育むにはどうしたらよいだろうか。また子どもたちの特性に応じた学び方は、どのように実現できるだろうか。そうした新しい学び方や教育について考える特別セミナーが、教育カンファレンス「Microsoft Education Day 2022」にて開催された。

本稿では、文部科学省「特定分野に特異な才能のある児童生徒に対する学校における指導・支援の在り方等に関する有識者会議」委員を務め、株式会社SPACE代表取締役CEOの福本理恵氏による特別セミナー「学校という場や枠を越えた学びの必要性」の模様をお届けする。

「教科書なし、時間割なし、目的なし」の教育プログラムで育つ子どもたち

福本氏は、2014年から東京大学先端科学技術研究センター 中邑研究室が運営する異才発掘プロジェクト「ROCKET」(以下、ROCKET)にプロジェクトリーダーとして携わり、発達障害やギフテッドなど、特異(ユニーク)な才能がある子どもたちに向けた探究カリキュラムの開発や、生きる力を培うプロジェクトを数多く手がけてきた。

異才発掘プロジェクト「ROCKET」が手掛ける教育プログラム

そんな福本氏はセミナーの冒頭で、「これからの日本の教育は“何のために学び、生きていくのか”を主軸に、子どもたちが人生の主人公になる学びを目指していく必要がある」と投げかけた。福本氏が長年取り組んできたROCKETでは、まさに、そうした学びが実現できているようだ。

たとえば、絵を描くことが好きだった小学6年生が、ディスレクシアの困難を抱えつつも、大人になって絵本作家として活躍していることや、爆破映像のCGづくりに没頭していた生徒が、対面によるコミュニケーションに困難がありながらも、メールやチャットでやり取りしながらクリエイターとして活躍していることなど、ROCKETの活動を通して社会で活躍する子どもたちの例を挙げた。

爆破映像のCG作品に没頭し、大手企業のプロモーションにも携わったというROCKET参加者の作品。本人は吃音などの障害があり対面のコミュニケーションに困難を抱えているが、チャットや文字のやり取りで仕事を行ない、クリエイターとして活躍しているという

福本氏は、これまでROCKETの活動に参加した約130名の子どものうち、4分の1以上が芸術に関心があり、次いでサイエンスやテクノロジーの領域に対して興味が大きかったと語る。こうした子どもたちは、読み・書きが学習のベースとなる今の学校では居場所が見つけられないことが多く、馴染むのがむずかしい。一方で、学校側も子どもたちが持つ専門性の高い分野について学ぶ環境を整えるのはむずかしいといった課題がある。

ROCKETは、そんな子どもたちのニーズを満たす場になっている。そのため提供するプログラムにも独自の理念を持っており、そのひとつが、「教科書なし、時間割なし、目的なし」といった学びのポリシー。子どもたちが自分の興味ある分野について徹底的に向き合うためには、さまざまな縛りから解放することが大事であるとし、学校で当たり前となっている価値観を取り払った。

そして、学び方のポリシーと同時に、「自己選択と自己責任、筋と道理、人との向き合い方」といった生き方のポリシーも掲げられている。単に”興味ある分野を好きに学ぶ”という発想ではなく、自分で決めることの重要性や、やりたいことをやっていくための道理の通し方、突破すべき課題に向き合うこともROCKETでは重視しているというのだ。

ROCKETが提供するプログラムのポリシーと、AI時代に必要な力

例えば、イカ料理に挑戦するプログラムでは、1人1人異なるプロセスでイカの墨袋を破かずにパエリアを作ることを目指した。制限時間や決められた手順は設けず、自分のペースで納得できるまで活動に没頭できるようにした。

また「原料や製品、エネルギーについて考える」プログラムでは、明確なゴールを作らずに行先不明の海外研修を実施。出発前、行先を知らされていない子どもたちは、ヨーロッパ諸国の再生可能エネルギーについて下調べをしてきたそうだが、到着したのはインドのムンバイ。現地の生活で再生可能エネルギーに触れながら、インドの人々が放つ“生きるエネルギー”にも気づいた。

制限時間や決められた手順を設けず、イカ料理に挑戦するプログラム。1人1人異なるプロセスでイカの墨袋を破かずにパエリアを作ることを目指し、納得感のある1皿を完成させた

このように、自分で納得するまで活動に取り組むことや、予定調和ではない経験を重ねることをROCKETでは大切にしている。これは、AI時代を生きていくうえで欠かせないReality(リアリティ)、Resilience(レジリエンス)、Development(深掘り)、Diversity(多様性)という4つの力を育む目的も込められているからだ。

このような独特なROCKETのプログラムで学んだ子どもたちの中から、個人の才能を開花させ、絵本作家やCGクリエイターが生まれている事実も頷ける。しかし、福本氏は「彼ら彼女らが特別だったわけではない」と話す。「違いがあるとしたら、与えられた時間を何に費やしたかの違いであり、ROCKETでは、自分の関心領域を職業や生きる手段にまで深掘りする力と、自分とは異なる思考のスタイルや感性を受け入れる多様性を育むようサポートをしてきた」と語る。

「異才から個才へ」アセスメントによる見える化で、個別最適な学びを実現

ROCKETの成果を経て、福本氏は国や自治体、企業と協働のもと個別最適な学びの実現を目指す株式会社SPACEを設立した。

「困難を克服するのは、その人が持っている好奇心と情熱の強さ。しかし、さまざまな困難を抱える子どもたちがそれを仕事につなげるためには、社会とつながって多くの人に特性を理解してもらう必要がある」と福本氏は語る。

そこで、福本氏は子どもたちの認知特性や思考スタイルを見える化できるアセスメントツールを開発。そのツールを使うと、「言語」「論理・数学」「音楽」「身体運動」「空間」「対人」「内容」「博物」の8つの力で示した興味関心の変遷と、思考スタイルを知ることができるのだという。思考スタイルでは、その子どもが1つのプロジェクトを同時進行で行なうことが得意なのか、1つずつ集中したいタイプなのかなど、どの学び方が合っているのか探ることができるという。

子どもたちの特性や思考スタイルを見える化したアセスメントツールにより、興味関心や思考のスタイルが示され、児童生徒自身も自分の状態を把握することができる

実際に、経産省の調査で使用した結果によると、登校している生徒に比べて、不登校の生徒は耳で聴くよりも体感的なインプットを好み、文字で書くよりも「話す」「描く」といったアウトプットを好む傾向が見られたという。

福本氏は、アセスメントツールは発達障害の診断をくだすものではないと説明しつつ、「それぞれの得意分野や思考スタイルを見える化することで、保護者や教員との対話を生み出すきっかけになる。個に応じた学びの支援も作りやすくなり、学び方自体を多様にすることができる」と語った。

体重計に乗るような感覚で特性や興味関心の状態を把握し、その時の状態に合った環境に調整していくことだと強調した。

「個才」の見える化によって期待される学習環境の変化。ひとつの学び方、ひとつのやり方を押し付けるのではなく、多様な学び方を実現させていくためにアセスメントツールを活用していきたいと福本氏

子どもたちが自分の特性を知り、学び方を試せる場を

このアセスメントツールを利用した実践が始まっている。SPACEと鎌倉市教育委員会が協働で取り組む「かまくらULTLAプログラム」だ。これは、同市の小学4年生から中学3年生で、不登校や学校の学習になじめない児童生徒に対して提供されたプログラム。海・寺社・森に囲まれた鎌倉市の特性を生かす学習内容で、子どもたちは3日間、保護者の付き添いなしで活動する。

子どもたちの指導にあたるのは、地域内外の住民やエキスパート。地域のリソースを教材に、1人1人の興味関心、特性に合った探究を行なう

「かまくらULTLAプログラム」では、アセスメントツールを使って「自分を知る」ことからスタート。続いて、海をテーマにした学習では、地元漁師の協力のもと地引網を体験するほか、3Dプリンターで型を作成し、寿司づくりに挑戦。その後、海の生き物の多様性を学び、自分らしく生きるためのヒントを探究した。

こうした学習に取り組みながら、子どもたちが自分の特性に合う学び方を試していくことが、同プロジェクトの本質的なねらい。アセスメントで可視化された自分の特性や能力を元に、目で見て学ぶのが得意なのか、話を聞く方が理解しやすいのか、3Dプリンターなど電子工作に向いているのかなど、それぞれ自分に合う学び方や興味ある分野にトライアル&エラーし調整していく。

その結果、子どもたち自身に、前向きな学習意欲に転換させる姿が見られたという。福本氏は「大切なのは、学びの意思決定は、常に子どもたちにオーナーシップがあることだ」と語る。さまざまな学び方のトライアル&エラーをくり返しながら、最適な学びを選び取る力を伸ばしていく必要性を述べた。

ちなみに、こうした「個才」を伸ばす場と、学校の学びはどのように役割を分かち合うのだろうか。福本氏は「学校は子どもたちの学びのホームであり、すべての子どもたちに平等に開かれた場所」としたうえで、そこから飛び出して冒険する先が増えれば挑戦の機会が増えるとし、学校との「競合」ではなく「共存」の大切さを説く。

特に、コロナ禍によってオンラインで学ぶことが当たり前となり、「教育の枠組みが大きく変革してきた」と語る福本氏。オンライン学習では新しいことを取り入れやすく、これからも学校の枠を越えて国内外の人々のスピリッツに触れ、子どもたちが没入してリアルに訪れたくなるような体験を多く提供していきたいと意欲を述べた。

日本全国さまざまな地域のリソースを教材に、興味関心の幅を広げるSTEAM CHAOS。オンラインによる事前学習と、現地でのフィールドワークを展開している

今回のアセスメントツールのように、自分の興味関心や学び方の特性を知っていることは、不登校や発達障害を持つ子どもたちだけでなく、すべての児童生徒の個別最適な学びを実現するうえで必要だといえる。子どもたちの好奇心や関心を揺り動かす体験、自分に合った学びの場を多くの子どもたちに届けられるよう、1人1人の特性に目を向けた対話の芽を教育現場で育ててもらいたい。

Microsoft Education Day 2022では、この特別セミナーのほかにも「2040年に活躍する今の子どもたちへの教育 GIGAスクールでの学びを共有し明日からの実践につなげる一日」と題して、Microsoftツールの活用術から個別最適な学びを実現する教育の在り方を探るセミナーまで、バリエーション豊かなプログラムで賑わいを見せた。当日の様子は「Microsoft Education Day 2022 当日視聴ページ」にてアーカイブ配信されているので、興味のある方はぜひそちらもご覧いただきたい。

本多 恵

フリーライター/編集者。コンシューマーやゲームアプリを中心とした雑誌・WEB、育児系メディアでの執筆経験を持つ。プライベートでは2人の男子を育てるママ。幼稚園児&小学校低学年の子どもを持つ母として、親目線&ゲーマー視点で教育ICTやeスポーツの分野に取り組んでいく。