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人工衛星で教育イベントの通信回線を確保、Starlink持参の教頭先生が頼もしすぎる!
2024年11月7日 06:30
2024年10月12日と13日、東京学芸大学小金井キャンパスで教育ICTイベント「Tokyo Education Show 2024」が開催された。大学という広大な敷地に来場者が1000人近く訪れるという同イベント。オンライン配信あり、ネットを使ったワークショップも多数あるなか、ネットワークを支えた中学校の先生がいた。さいたま市立美園南中学校 教頭の宮内 智先生だ。
人工衛星通信のStarlinkとドコモ、au、ソフトバンクの回線の合計8回線をフルに活用、全イベントのネットワークを管理・運用した宮内先生。ネットワーク構築の手法や注意点、今後の活用などを聞いた。
自前の機器を持ち込む理由とは
Tokyo Education Showは、子供から大人まですべての人が教育の魅力を体感できる教育フェス。毎年、東京学芸大学小金井キャンパスで開催されており、教員や有識者がさまざまなテーマについて語り合ったり、子供や保護者向けには新しいテクノロジーを体験できるワークショップなどが設けられている。
イベント自体は、教員や教育関係者、学生やボランティアなどのメンバーで運営されている。ゆえに、イベントを支えるネットワークも運営側で準備しなければならず、その大仕事を担ったのが、宮内先生なのだ。宮内先生はもともと技術科教員であり、GIGAスクール構想の開始時は、さいたま市教育委員会でネット環境や端末活用の環境構築を担当していた実績を持つ。
イベント時のネットワークといえば、「オンライン配信に耐えられるような回線があればいい」と考えるかもしれない。今やどこの設備でも光ファイバーくらいは完備していて、「現地の回線を少し拝借すればそれで済む」と思ってしまうが、宮内先生は自前の機材を持参している。
というのも、インターネットアクセスの状況はいつも良好とは限らないからだ。ほかと共用していたり、大規模な施設の場合、本部と離れた別棟では速度や安定度が低下したりすることがある。
そのうえ、オンライン配信はもちろん、STEAM教育の実演やワークショップを実施するとなれば、スムーズなインターネット回線が必須だ。3~40人規模のワークショップの場合、回線の負荷は個人利用の比にならない。さらに、参加者が1人で2台の端末を同時に使うケースなど、1教室で100台近くがインターネットにアクセスする場合は、想像以上に負荷が大きくなる。
回線の容量という問題もあれば、無線(Wi-Fi)による接続の場合、アクセスポイントが規定する同時接続台数の上限もある。接続上限が特に明記されていなくても、実際に多くの台数を接続すると、まともに動作しないこともある。そうしたことから、現地に備え付けの機器ではなく、実績のある機器を持ち込む方が確実だと宮内先生は語る。
また、もうひとつの理由として、ネットの使い方の問題もある。例えば、マインクラフトのデモを行うときに、サーバーを用意して、機器をこちら側のネットワークに置くようなケースだ。そうなった場合、インターネット側からアクセスできるように「ポート開放」が必要なケースもあるが、宮内先生によると「十分なインターネット環境があっても、セキュリティに関する設定変更への対応は現実的に難しい」という。
オンライン配信やSTEAM教育の実演、参加者のインターネット回線と帯域を確保しつつ、柔軟にネットワークを利用したい、ということを踏まえると、イベント用に自前のインターネットアクセス回線を用意することが多いと宮内先生は話す。
Tokyo Education Showでは、モバイル回線だけでなく人工衛星を介したインターネット回線「Starlink」も利用した。Starlinkは、衛星の方向で空が開けた場所にアンテナを置くことさえできれば、全世界のエリアで高速回線を利用できる。
宮内先生が構築した教育イベントのネットワーク
Tokyo Education Showで仮設したネットワークは、インターネットへのアクセスとなるStarlink、ドコモ、au、ソフトバンクから、各機器やPCなどに接続する無線LANアクセスポイントまで、レンタル業者から調達した機器を含め、すべて宮内先生が構成したものを持ち込んだ。
会場はアクティブ・ラーニング棟の4階と3階、そこから徒歩2分ほど離れた場所にある芸術館の3カ所。アクティブ・ラーニング棟はそれぞれにドコモ、au、ソフトバンクのモバイルルーターやホームルーターを設置して3社の回線をバランス良く使う構成、芸術館については、Starlinkの衛星回線を使った。
携帯電話3社を使ったネットワークは、ドコモ回線とソフトバンク回線について富士ソフトのモバイルルーター「FS030W」を利用。auはホームルーターの「Speed Wi-Fi HOME 5G L12」。これらの3回線を束ねて使えるTP-LINK製ルーターの「ER605」や「ER7206」を使い、回線負荷を3回線に振り分ける「ロードバランス」の技術を利用した。
振り分けの比率は均等ではなく、直近の回線事情などを考慮した宮内先生独自のノウハウから、5Gに対応するauのホームルーターの比率を高くした。auのホームルーターだけでも何とかなりそうだが、宮内先生は「3社分の回線を確保すれば、何かあったとしても安定した通信ができる」と考えた。特に多くの参加者がスマートフォンでイベント内容を撮影し、SNSなどにアップロードするようなケースで回線に負荷がかかる。回線が多いに越したことはないのだ。
宮内先生は、3社を束ねたルーターの下位に複数の無線LANアクセスポイントを用意し、一部はメッシュ構成として、各フロアで使えるようにした。3階では、さらに独立した1回線を引き、同時接続台数が多いアクセスポイントを複数用意した。
芸術館においては、インターネット回線として人工衛星を使ったStarlinkを使用。芸術館の屋外にStarlinkのアンテナを設置してケーブルを引き、室内にStarlinkのルーターと無線LANアクセスポイントを置いて利用した。
これらの構成で前日準備を含めて3日間運用した結果、3階で3回線を束ねて使うネットワークだけで総通信量が95.32GBとなり、139台の機器が接続したという。
宮内先生によれば、2023年のTokyo Education Showでも仮設の通信設備を用意していたが、多数の利用により速度低下を引き起こしていた。その後、速度低下の原因などを調べ、結果的に以下のネットワーク構成になったという。
Starlinkの結果は良好! 非常に高速だが制約も
今回、宮内先生は初めてStarlinkをインターネットアクセス回線に使用した。結果は良好。
しかし、Starlinkには難点もある。衛星と通信さえできればどこでも利用できるというメリットがある反面、アンテナの設置において大きな制約があるという。具体的には、Starlinkを日本国内で使う場合、北方向と上方向に空が十分に見えているところに設置し、できるだけ広く空が見えることが必要になる。BSアンテナなどと異なり、通信対象の人工衛星が複数となるのがその理由だ。
さらに、Starlinkのアンテナを良好な場所に設置できたとしても、配線を引き込む必要がある。アンテナ本体からStarlinkのルーターまでを接続できる非常に長いケーブルが付属しているが、ルーターはアンテナに対して電源供給をする役目もあり、両者を切り離して使うことはできない。
設置場所とケーブルの引き回しの問題を解決すれば、どこでも使えることになるが、施設によっては条件に合わない場合もあるだろう。例えばビルのような建物内でイベントを実施する場合、アンテナの置き場所を確保できず、ケーブルを引き込むこともできない。宮内先生も、過去にStarlinkの利用を検討しつつ、実現には至らないことがあったという。
学校でも使える、Starlinkの可能性
宮内先生は、Starlinkを使った新たな活用法も考えている。例えば、校外でのイベント。体育祭で保護者が集まると、携帯電話の通信が飽和して支障が出るケースがある。携帯電話のネットワークに影響を受けないStarlinkを設置すれば、Wi-Fi経由で職員同士の連絡手段を確保することが可能だ。
一方で、良好な回線状況を生かして校外イベントのネット中継なども考えられるという。マラソン大会などを実施したとき、ゴール付近で中継すれば、より多くの人が大会の様子を知ることができる。そんなことも考えたという。
もちろん、通常の光回線で良好な通信を確保しにくい学校などでは、通常のネット回線として利用できる。国内のインターネット回線に干渉しないサービスであるため、災害時に避難場所となる学校での利用にも適している。運用や非常時の体制を整える必要はあるが、災害対策としても有効だろう。
「宮内工務店」の愛称も。ネットワーク環境に強い教頭先生は頼もしい
前述のとおり、宮内先生はもともと技術科教員で、市教委に在籍時もGIGAスクール構想のICT環境整備に携わってきた。とはいえ、教育イベントに自前の機器を持ち込んでネットワーク環境を構築してしまう先生は、とてもめずらしい。
Tokyo Education Showにおけるネットワーク構築は、少々オーバースペックと考えることもあるかもしれないが、多人数のワークショップはまさに教室で起こっていることと同じ。それが会期中、滞りなくプログラムが進められたのは宮内先生のノウハウがあってこそと言えるだろう。
現在、宮内先生はさいたま市の中学校教頭であると同時に、文部科学省の学校DX戦略アドバイザーを務め、教育ICT関連の役職も担当している。最近では、教育イベントに力を貸してほしいと打診されることも増え、教育関係者から親しみを込めて「宮内工務店」の愛称で呼ばれているとか……。
学校現場や教育イベントを知り尽くした、ネットワーク構築に強い教頭先生がいるのは、なんとも頼もしい。これからも学校や教育の可能性をどんどん広げてほしい。