【連載】1人1台時代の学校現場
自分は理解できている、生徒が実感できる個別最適な学びのカタチ
――愛知県春日井市立藤山台小学校と高森台中学校の取り組み(後編)
2023年9月14日 06:40
GIGAスクール構想がめざす「個別最適な学び」と「協働的な学び」を実現するためには、今の学びをどのように変えていくべきか。 前編 では、授業スタイルの変革に取り組む春日井市立藤山台小学校の実践を取り上げたが、本稿では、春日井市立高森台中学校の授業を紹介する。
それぞれの「捉え方」が生まれる個別学習
春日井市立高森台中学校の1年生社会科の授業。この日のテーマは「室町時代の産業はどのように発達したか」。社会科教諭の小川 晋教諭は、手がかりとなる情報として現代の文脈で「流通」に関する説明をし、「今日は教科書のことをあまり細かく言いませんから、自分でしっかり読み解いて、どんどんと課題に迫っていってください」と伝え、学習時間が始まった。
生徒たちは戸惑うこともなく教科書を読み込みながら、ChromebookでGoogle Jamboardを開き、それぞれの考えをまとめ始めた。小川教諭は早い段階で、「解説があった方がいい人は前に出てきてください」と声をかけ、数名を対象に短いレクチャーを行った。それ以外の生徒は自分のペースで考える作業を続けている。
生徒たちは慣れた様子でJamboardの付箋機能を使って情報を整理していく。まずは個別に進めるが、ときどき周りと言葉を交わし自由な雰囲気だ。学習の手法を整理したスプレッドシートを確認している生徒もいて、この授業スタイルに至るまでに、思考の仕方や教科書の使い方など、学び方自体を学んできたことが伝わってくる。
挙手で発表を促すような場面はなく、Google Chatに投稿される内容を、各自参照して意見を共有する。小川教諭は様子を見ながら声をかけアドバイスをしたり、Jamboardのスクリーンショットを投稿するよう促したりしながら、生徒たちの学びを見守った。「全員同じ情報を得ているはずですが、切り取り方は人それぞれになっていく」と小川教諭。生徒たちによる捉え方の違いが、多様な見方・考え方が生まれる授業につながっているようだ。
それぞれが捉えた、室町時代の発展の姿はいわば“仮説”という位置づけ。授業後半では、各自の仮説を周りの人と話し合って再検討し、改めて振り返りとしてまとめた。
グループで自主的に進め考察する実験
中学2年生の理科の授業は、コイルと磁石による電流の発生の実験だ。班ごとに実験内容を確認しながら取り組んでいる様子を、理科教諭の岩川奈未先生は巡回して見守っている。
実験は動画で記録し、Jamboardに随時記録をまとめていく。順調に進んでいる班は、実験の記録を班の中で共有して、各自で考察を書き始めた。先生は「1班のJamboardをひらけば実験記録を見られるから参考にしてください」と声をかけ、まだ実験が終わらない班をサポート。クラス内でもJamboardを共有しているので、全体の流れを止めることなく見本を示せるし、各班のペースで進行できるのだ。
撮影から資料のまとめと共有まで、Chromebookの基本の機能が、記録や思考の手段としてすっかり生徒に馴染んでいる様子だった。
学び方だけでなく、学ぶ面白さ、楽しさを伝えたい
社会科の小川教諭は、このような生徒主体の授業ができるようになるまでに10か月近くかかっていると話す。時間の見通しの立て方や、教科書の読み方、まとめ方の手法などを繰り返し伝え、練習してきた。
また、勉強は面白い、楽しい、という感覚を伝えるために、「自分の考えを人に伝えて納得してもらったり、異なる点を指摘されて考え直してみたり、そんな勉強の面白さを感じられる様なトレーニングも同時にやってきました」と同教諭は話す。
ほかにも、単元ごとにA4サイズ1枚程度のレポートを課題にするなど、文章でアウトプットする練習も行っている。授業中にディスカッションをよくする生徒の方が、理解が深まり、内容の濃いレポートを書くということだ。
一方で小川教諭は、高校受験の対策を考慮して、暗記型のペーパーテストも実施。「入試問題でも、歴史の問題などは覚えていないと内容がわからないので暗記の仕方なども教えています」と同教諭。テストに対するテクニックは生徒主体の学びと切り分けて考えている。
小川教諭は、生徒主体の授業を実現するにあたり、ICTが大きな後押しになったと振り返る。例えば、Jamboardを活用した情報整理は、アナログな手段の場合、準備も大変なうえ、保存や共有なども簡単にはできないが、Chromebookとクラウドがあれば各自の手元で簡単にできるし、いつでも手軽に参照できる。1人1台端末のメリットと、実現したい授業に必要な手段がぴたりと合って、生徒主体の授業が実現できているという印象を受けた。
任される授業は理解が深まる
続いて、高森台中学校2年生の菊地倖太さんに、生徒が自分で考え学び進める授業をどのように感じているのか、話を聞いた。
「正直なところ、先生の説明を聞いて、板書をとる授業は、自分が理解しているのかわからないまま授業が進んでいく感じでした。今の授業スタイルは、自分なりに教科書の重要なところを探して、授業中にアウトプットできるので、ここは理解できたから、次はここに行こう、というふうに進められます。このやり方だと家でも自分で勉強できるようになるんです。聞く授業より理解が深まっているという気がします」と菊地倖太さんは話す。
学習や練習の仕方に困ったら、他の人の計画を見たり、聞いたりして参考にできるので、不安や戸惑いはないという。
また、授業に限らず、部活や生徒会活動での活用も盛んで、日常的に情報共有や話し合いのツールとして利用し、ペーパーレス化が進んでいるそうだ。
こうした使い方からわかるように、高森台中学校では厳しい利用ルールなども設けていないが、一方で、トラブル防止を理由に端末利用にさまざまな禁止事項を設ける学校も多い。これについて菊地倖太さんに意見を聞いてみると、「制限をしたら、子供は枠の中に入った状態でしか使えなくて、ある程度以上は前に進めません。制限を外すといろいろな使い方も出てきて先生方は心配だと思いますが、制限してできない状態にするのではなく、制限のない状態で、自分で“これはダメだよな”っていう線引きができる力が必要だと思います」と語ってくれた。
生徒を信じて委ねた先にこのような生徒の声があるということに、希望を感じる教育関係者は多いのではないだろうか。
授業や学校の活動で先生が学習に端末を使わなければ、多くの子供たちは遊興的な用途以外の使い方を知らないままだ。情報の閲覧やデジタルドリル、遠隔授業だけでなく、思考や表現、共有、コミュニケーションの手段として日常的に端末を使い倒す経験ができるようにすることが、「子どもに委ねる」ということなのだろうと感じさせられた。授業スタイルの転換の重要性と共に、生徒に委ねるということの意味を春日井市の事例に学びたい。