【連載】1人1台時代の学校現場

学びの中心は「自分」、個別最適な学びの中で力を発揮する子供たち

――春日井市立藤山台小学校と高森台中学校の取り組み(前編)

春日井市立藤山台小学校の5年生国語の授業

GIGAスクール構想が掲げる「個別最適な学び」と「協働的な学び」を実現するためには、1人1台端末をどのように活用し、どのような授業に変わっていくことが求められているのか。

ICTの活用と共に授業スタイルの転換に力を入れてきた愛知県春日井市立藤山台小学校と高森台中学校の授業を紹介しよう。両校は2023年3月に公開授業を開催し、教師主導の知識伝達型の一斉授業とは違う学びの姿を見せてくれた。ICTの活用でどのような授業を実現しているのか、各学校の授業をレポートする。

児童が授業の進行し、全員のめあてを共有

愛知県春日井市立藤山台小学校

春日井市立藤山台小学校の5年生国語の授業。この日は「大造じいさんとガン」の単元で、全9時間の6時間目だった。前に出て話し始めたのは国語科の久川慶貴教諭ではなく、司会役の児童。「今日のめあてを決めてください」と呼びかけると、子供たちは各自Chromebookに向かって、自分のめあてをGoogle Chatに投稿した。

間もなく司会役の児童が、「だいたいの人がめあてを決めたようなので、『主題』の意味を読み取るときに必要なことを、久川先生、お願いします」とアドバイスを求めた。投稿されためあての多くが「主題」に関連すると判断したからだ。久川教諭が具体例をあげて主題の捉え方について短く話すと、司会が「今の先生のアドバイスを聞いて進めていきましょう」と受け、あとは全て各自の学習時間となった。

Google Chatに投稿された各自のめあて。お互いにチェック

学習といっても、与えられた課題や練習問題を解くわけではない。取り組むのは、今自分が決めためあてだ。児童たちは、Google Chat上でお互いのめあてをチェックして、自分が交流したい人とグループやペアになって早速語り合った。

教科書を参照しながら、思考のツールとしてGoogle Jamboardを使い、付箋機能を使って考えを整理していく。それぞれの画面を見せ合って意見を交わしているペアもあれば、各端末から同じJamboardを共同編集しているグループもあり、それぞれがやりたいことに合う方法を選んでいる。

教科書を丁寧に参照しながら意見を交わす
Jamboard上に付箋で情報を整理する手法をとっているが、まとめ方は人によってまったく違う

めあても、学び合う相手も自分で決める

子供たちに何をしているのかを聞いてみると、実に明快に説明してくれた。めあてが似ているから一緒に話しているペアもあれば、各自のめあては違うものの、「山場」や「あえての表現」など、同じ部分に注目している児童同士で話しているグループもあり、さまざまだ。

「『山場』とか『あえての表現』とかを関連づけて、そこから主題を読み取っています」と話し合っている内容を説明してくれた

授業の最初にGoogle Chatの投稿でめあてを確認し合っているので、「めあては違うけれど、今は同じ段階なので一緒にやっています」というふうに、お互いの共通点や違いを把握している。また、「違うことをやっている子と交流した方が他の考え方も聞けるから」と、違うアプローチの友だちと積極的に意見交換しようとしている様子だ。

共通点を見つけ、積極的に違うめあての人とも意見交換をする

授業中、児童はずっと同じグループで話し続けるわけでもなく、適宜相手を変えている。ひとりで考える時間を長くとっている子もいれば、別の空き教室で話し合っているグループもあり、とにかく自由だ。全員がやることを自分で決めて、それについて考えることに前向きで、別のことをやっている児童はいなかった。

Jamboardに限らず、黒板を使って考えを整理するペアも
久川教諭は基本的に子供たちの学びを見守り、状況に応じて声をかける

授業終盤では今日の学びの振り返りをGoogleスライドで書き提出する。意見交換時にはJamboardで図式化して考えを整理していたが、振り返りは、文章で記述していた。これは午後6時までの提出となっていて、授業中に書き終えなくても構わない。授業の終わりは号令をかけることもなくチャイムと共に自然に終了した。

振り返りは文章で表現する

児童主体の授業をICTが支える

授業全体を通して、児童が本当に自分の学びを主体的にコントロールしているし、何より生き生きしていて、国語の授業だということを忘れそうになる。ICTあってこその実践ではあるものの、授業スタイルの変革とそれに馴染んでいる子供たちの姿に驚かされた。

春日井市立藤山台小学校 国語科5、6年生担当 久川慶貴教諭。同校では5、6年生の国語、理科、英語、音楽で教科担任制をとっている

久川教諭に話を聞くと、はじめからこのスタイルで授業できるわけではないという。久川教諭がこのクラスの国語を担当したのは2022年度の4月から。児童に現在のようなスタイルを目指すことを示した上で、はじめの2ヶ月ほどは、久川教諭が学び方を教える授業を行なった。物語の特徴や文章の読み取り方などをしっかり伝えた上で、情報の集め方、考える際の手法などを示し、徐々に子供たちに委ねていったそうだ。

久川教諭は、「子供たちが自分たちで学びたいことを決めることを目指してきました」と話す。その根底にある思いを、ICTの表現のしやすさや、人とのつながりやすさなどが手段として支えた。

「これまでのグループワークは、教員がグループでやりなさい、という印象が強かったと思いますが、今回の授業では、子供たち自身が必要に応じて、チャット上で人の意見を見たり、友達の頑張りを見たりしています。中心は“自分”なんです。自分を大事にしながら、必要に応じて人とつながれるところをICTが自然にサポートしてくれています」(久川教諭)。

学びの中心は”自分”、子供たち自身が必要に応じてつながる

さらに、授業スタイルの変化は、多様な子供たちの活躍の場が広がる効果もあったという。「一斉授業では、手を挙げて発言が上手な子が目立ち、伸びていくという感じでした。でもこの授業ではそうではない。目立つ子が変わりました。静かだけれど読書が好きだった児童がどんどん喋るようになっていて、“あ、この子がこんなふうに出てくるのか”と感じています」と久川教諭はうれしそうに話した。

みんなと一緒に勉強できる、自分のペースで勉強できる

授業を見守っていた同校の南英雄校長は、「子供たちはとても前向きで“自分で”という姿勢が大きいです。今まではどちらかというと受け身だった授業が、こうして主体的になっているのが大きな変化です」と話す。久川教諭が実践するこの授業スタイルを、他の教員でも各学年に合った形でできるように、1年かけて取り組んできたということだ。

また、春日井市の小中学校の授業作りに伴走してきた東京学芸大学教育学部の高橋純教授はこう話す。

「紙のテストでは測りにくい力だと思いますが、生き抜くために重要な力がついていると思います。子供にアンケートをとっても、『みんなと一緒に勉強できていい』とか『自分のペースで勉強できていい』という項目が必ず上位にきます。元の授業には戻りたくないんですね」。この単元の9時間の授業の流れも子供たちが決めたという。特別な環境ではない公立の学校でここまで実践できていることを高橋教授は高く評価した。

たしかに、授業中活発に意見を交わす様子には、子供たち自身がこの新しい学び方に一定の自負を持っている様子が感じられた。教員と子供たちが一緒に新しい学びに挑戦しているということなのだろう。子供たちの「ものすごく学びやすくなりました」という感想が印象に残る。

子供たちが授業を進め自分で学びを組み立てている様が新鮮で、Chromebookの使い方は、むしろ小さなことに見えてくる。学びの形が変化してごく当たり前にICTが馴染んでくると、こうしていい意味で目立たないものなのだろう。

続いて 後編 では、春日井市立高森台中学校の授業の様子と、生徒の声をお届けする。中学校でこうした子供主体の学びは可能なのか。また、高校受験で要求されるようなテストに対応する力はどうすればいいか。後編も合わせてご覧いただきたい。

狩野さやか

株式会社Studio947のデザイナー・ライター。ウェブサイトやアプリのデザイン・制作、技術書籍の執筆に携わる。自社で「知りたい!プログラミングツール図鑑」「ICT toolbox」を運営し、子ども向けプログラミングやICT教育について情報発信している。