レポート
教育実践・事例
情報活用能力を体系的に育む授業とは?「情報探究科」に取り組む小学校の実践から学ぶ
印西市立原山小学校の取り組み
2024年9月17日 06:30
小学校では児童生徒のICT活用が進むと同時に、情報活用能力の育成についても取り組みが進められている。とはいえ専用の教科があるわけではなく学習活動全般を通して身につけることになっているので、自治体によっては体系的に情報活用能力を育むために、学年に応じたスキル表などを設けているところもある。
そんな中、情報活用能力の育成を重視し、文部科学省の教育課程特例校の指定を受けて独自の「情報探究科」を実施している学校もある。千葉県印西市立原山小学校だ。
同校では、総合的な学習の時間と各教科の時間を振り分けて、低学年で年間70時間、中高学年で年間105時間を情報探究科の学習活動に充てている。どのような授業を実践しているのか。7月の校内研究会の際に公開された1年生、3年生、6年生の授業の様子をレポートする。
①1年生でも情報探究!あさがおの「じまん大会」を目指して
②デザイン思考の要素を取り入れて地域の課題解決に取り組む3年生
③海洋の問題についてデータをもとに考える6年生
④既存の学習活動では限界?探究学習の中で育む情報活用能力
1年生でも情報探究!あさがおの「じまん大会」を目指して
1年生は小学校に入ってからようやく数ヶ月経った頃。学校での生活パターンや教科書やノートに慣れるのと同様に、自分専用のChromebookにも慣れているところだ。この日は栽培している朝顔の「じまん大会」に向けて、発表の練習や発表スライドの改善に取り組んだ。
すでにこれまでの授業で児童は思考ツールの「くらげチャート」と呼ばれるフォーマットで、朝顔を育てるためにどんなことをしたのかを書き出し、あさがおの「じまんしたいところ」をスライドにまとめてきた。担任の竹本しずか教諭は、どのようなことが書けているかを児童に聞いて確かめながら振り返った。
確認ができたら2人1組で発表の練習をスタート。交代で練習して、相互にどんなところを直したらいいかをアドバイスする。1年生なので、まだ練習を聞き合うだけで精一杯なペアもあるがそんな姿もほほ笑ましい。
練習とアドバイスを通じて、スライドを直したいところが出てきたのでそれぞれで修正を加えていく。「今日咲いたお花をいれたい!」と教室を出て次々と撮影しにいく児童も。Chromebookでたった今撮影した写真をスライドに追加することができるのはデジタルならではで、とても軽やかだ。
まだChromebookを使い始めて日が浅いので、画面の操作に少し戸惑っている児童も中にはいたが、先生がサポートに入ってすぐに解決していた。例えば、どこにスライドがあるかわからなくなってしまったとか、画面タッチ操作でうまく写真がドラッグできないなど、初心者なら誰でもよくあるようなことばかりで、何もできずに完全に手が止まってしまうような児童はいない。
最後に振り返りシートを記入してこの日はおわり。竹本教諭が児童に感想を聞くと、「楽しかった」という声が一番多く挙がり、児童たちが「じまん大会」を楽しみにしている雰囲気も伝わってきた。
デザイン思考の要素を取り入れて地域の課題解決に取り組む3年生
3年生は、「印西エールプロジェクト」として、印西市が抱える課題を見つけて、より住みやすい町にすることに取り組んでいる。グループごとに地域の魅力を伝える動画を作ることが当面の目標だ。担任の齊藤傑教諭は、あらかじめ設定した印西市を訪れる人物像である「ペルソナ」を掘り下げ、その人物像に向けてどのような魅力を伝えるかを検討することを伝えた。
「ペルソナ」というのはターゲットとなる架空のユーザーを調査などをもとに想定したもので、UI やUXのデザインではよく行われてきた手法だ。ビジネスの世界で「デザイン思考」が流行してより広く知られるようになった。
この授業では先生が作成したペルソナを使用。「アウトドア好きなお父さん 山田さん」、「子育て中のお母さん みさきさん」などグループごとに全く違う人物像が設定されている。ペルソナカードには年齢や興味などの情報が記載されていて、この人物に印西市のどのような魅力を伝えたいかを考える。カードには「紹介しやすさ」と「重要度」を軸にしたマトリクスが用意されていて、紹介したいことを書き込めるようになっている。
早速グループでの調査と話し合いが始まった。ロイロノート・スクールで作ったスライドはグループごとに共同編集していて、児童は口頭で相談しながら次々に書き込んでいく。「子育て中のお母さん みさきさん」のチームは地域の図書館を検索して調べたり、「運動が好きな ゆきこさん」のチームはGoogle Earthで印西市内の運動できる場所を調べたりと、インターネット上の情報に次々にアクセスする様子はとても手慣れている。
「アウトドア好きなお父さん 山田さん」のチームでは、「キャンプできる場所をしらべる?」「公園を紹介しようか?」「公園はバーベキューもできるよ。見たことある!」「安全性も考えないと」「水の事故とか起きていないか調べる?」といった会話が聞こえてきた。
また、個々になるべくたくさん書き込み合った上で、「よし、ここから整理していくよ」とマトリクス上で書き込みを動かして重視するものを精査しているグループもあった。考えたことをすぐに調べて形にしたり、同じ文書を共同編集したりするデジタル手段が定着していて、話し合いの道具になっていることがわかる。
最後にグループごとに内容の方向性を発表。「山田さんは息子と一緒に釣りを楽しみたいので、印西市の印旛沼について紹介します」というようにたくさんのアイデアから、ペルソナの記載を根拠に取捨選択していた。ここからさらに詳しく情報を集め、動画制作のための準備を進める予定だ。
海洋の問題についてデータをもとに考える6年生
6年生は、海洋のさまざまな課題からグループごとにテーマを設定し、課題解決に向けて考えるプロジェクトに取り組んでいる。「PPDACサイクル」と呼ばれる統計的探究プロセスにのっとって、課題に関するデータを調べ、データを根拠に考えることが求められている。
担任の山﨑美帆先生はPPDACサイクルの図を示してプロセスを確認した上で、「A」の分析と「D」のデータ収集を行ったり来たりしたり、順次「C」の結論のまとめに入るよう伝えた。
なお、集めたデータを可視化するために、データからグラフを出力するオンラインツールが複数紹介されていた。グラフは表計算ソフトでも作成できるが、児童は自由に好きなツールを選んで作成している様子だ。
早速グループごとにプロジェクトを進める時間がスタート。各グループのテーマは様々で、温暖化の原因や影響を扱っていたり、海洋ゴミ、海洋エネルギー、養殖などについて調べていたりと目のつけどころはそれぞれ違う。
グループでのプロジェクトにも慣れた様子で、リーダーがさっと役割を割り振っているグループもあれば、黙々と作業を進めているグループもある。資料は共同編集で作成していて、担当ページを分けて同時進行で進めているグループが多い。
見つけたデータをグラフにする作業では、「読み上げるから入力して」と分担している姿も。また、一度作成したグラフがどうしたらもっとわかりやすくなるかを何度も試している様子もあった。グラフ作成ツールの中には児童が初めて使うものもあり、使い方に戸惑って教え合ったり先生に聞いたりして、使いながら覚えている様子だ。
途中で山﨑先生はグループの代表に声をかけ、他のグループがどのようなことをしているかを見て回り、良いところは参考にし合うよう伝えた。最後に振り返りをしてこの日は終了だが、プロジェクトは引き続き今後も続いていく。
すでに学習しているかもしれないが、使用したデータの調査元の確認や出典の明記など、データの基本的な扱い方や、より信頼性の高いデータの選び方、インターネット上以外の情報の参照方法などについても同時に学んでいけると良いだろう。
既存の学習活動では限界?探究学習の中で育む情報活用能力
原山小学校の「情報探究科」は情報活用能力の育成を重視した探究学習で、情報技術をとにかく手段として使いながら、探究のプロジェクトを進め、その過程で情報活用能力を育んでいるのが特徴だ。
同時に同校の「情報探究科」は、小学校における情報科実現の可能性も探っている。現在、小学校にはまだコンピューターに関する知識や技術、情報の扱い方を学ぶ情報科という教科はないが、専用の時間が必要ではないかという声もある。情報活用能力とひとことで言ってもそこで求められる力は幅広く、既存の学習活動を通じて育むには限界があるからだ。
同校の「情報探究科」を小学校における情報科の試金石と捉えると、時数が多いことや、情報技術の知識理解と探究のバランスをどうとるのかなど、検討課題はまだ多い。こうした議論については、原山小学校を含む先進校のセミナーレポートを紹介しているので参考にしてほしい。小学生段階でどのように情報活用能力を育んでいくのか、今後、現場の試行錯誤を踏まえて高次での議論も必要になってくるだろう。