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デジタル・シティズンシップ教育とScratchコミュニティーで見られる子どもの実態

――オンラインセミナー「DX時代のデジタル・シティズンシップ談義~子どもから大人まで」レポート

小中学校で1人1台環境が日常となった今、学校と家庭の両方で子どもたちのタブレット端末の利用が増えた。それに伴い、ICTの良い面、悪い面の両方を見聞きする機会が増えている。

そうした中、多くの教育者の注目を集めているのが、「デジタル・シティズンシップ教育」だ。デジタル社会の担い手である子どもたちをICTのよき使い手として導いていく。今、この教育が注目されているのはなぜか。

株式会社豆蔵のオンラインセミナー「豆寄席」で開催された「DX時代のデジタル・シティズンシップ談義~子どもから大人まで」の内容をレポートしよう。

登壇したのは、『デジタル・シティズンシップ+ やってみよう!創ろう!善きデジタル市民への学び』(大月書店)の著者メンバーから、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター 主幹研究員・准教授 豊福晋平氏と青山学院大学大学院特任教授 阿部和広氏。両者からは、子どもたちや学校現場を取り巻く現状が語られ、保護者の認識も新たにすることとなった。

GIGAスクールを境に変わり始めたICTに対する意識

国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)主幹研究員・准教授 豊福晋平氏

豊福氏は冒頭、デジタル・シティズンシップ教育の大きな目標は、「デジタルの世界を子どもたち自身の力で歩むことができるように支援する教育のこと」と説明した。こうした教育が求められる背景には、GIGAスクールの前と後で、学校の中での端末やネットの扱い方が大きく変わってきたことが一因にあると話す。

GIGAスクール前は、学校で端末を活用するといっても、コンピュータ教室でしか使えなかったり、授業で教師の指示に基づいて使ったりと教具として限定的な活用に留まっていた。一方で、子どもたちの生活はスマホなどの普及によってネットやLINEの利用が進み、ICTは身近なツールへと変化。学校と家庭のデジタル環境は「分断」していたと豊福氏は指摘する。

ところがGIGAスクール後は、1人1台環境になり、学校と家庭で分断されていたデジタル環境が「統合」へシフトしている。個別最適な学びが可能になり、学校の端末を家庭に持ち帰って学習する機会も生まれた。子どもたちがICTを”文房具として使う”という考え方も広がりつつあり、教師も保護者も以前のような「ネットは危険」「タブレット端末を使っている=遊んでいる」といった見方を変えていく必要があるというのだ。

時代の流れとともに、ICTは教具から文具へ。使い方もアウトプットや連絡など活用が広がっている

豊福氏は一例として、ある小学校2年の生活科の授業を挙げた。児童たちは学級菜園の振り返りをまとめる際、8割以上がiPadを使い、キーボード入力で感想を記入。「手書きよりもiPadの方がたくさん書けるから」という理由で自らツールを選んだという。教師の指示ではなく、子どもたちがやりたいことに合わせてタブレット端末を選ぶ。こういう使い方が文房具としての活用の一例だと豊福氏は話す。

小学2年生の生活科で学級菜園の振り返りをiPadでまとめる児童。ローマ字は習っていなかったが、児童同士で教え合ったという。手書きの苦手な児童がiPadを使うことで普段の3倍くらいの感想を書いたというエピソードも

ただし、このような文房具的な活用は、子どもたちの適切な判断やICTに対する理解が重要になる。そこで求められるのが、デジタル・シティズンシップ教育だ。

豊福氏は「デジタル・シティズンシップ教育では『自律』が大きなキーワードになる」と言及。"ネット利用は2時間まで”といった一律のルールや規制で縛ることをせず、一人ひとりの使い方が異なることを前提にICT活用を進めていく。「日常的な利用を進める中で自律と課題解決をサポートすることが大切だ」と同氏は語った。

デジタル・シティズンシップ教育において、学校に求められるのが「公」として役割だ。豊福氏はその手段のひとつとして、「学校内外の連絡や公的なやりとりをデジタル化すること」を挙げた。子どもたちはこれまでICTを家庭の中で私的なコミュニケーションや楽しみとして利用しており、その感覚のまま学校で使ってしまう傾向がある。こうした意識を変え、適切な使い方に導いていくためには、学校という公の存在とデジタルコミュニケーションを通してつながり、社会参加を促すことが重要だと述べた。

ICTを使ったコミュニケーションの分布。学校での日常的な利用を活性化させることが、デジタル・シティズンシップの育成につながっていく

一方、学校でデジタル・シティズンシップ教育を進める際は、「児童生徒の発達段階を考慮することが大切だ」と豊福氏は指摘した。文房具だからといって、いきなり自由に使わせてもトラブルを招いてしまう。

「大切なのは、コミュニケーションの範囲を学年に応じて徐々に広くすること。低学年は保護者と担任から始めて、小さいグループ、クラス、学年へと広げていき、少しずつ外に出ることに慣れていく。また失敗してもそれをリカバリーする余地を残しておくことが重要だ」と述べた。そのためには、ICT活用レベルもそろえていくことが重要になるという。

とはいえ、「教員がクラス全員を指導しようとしても体力的にもたない。教員自身が無理せず乗り越える方法も大切」と豊福氏は強調する。セミナーの参加者に対しても「デジタル・シティズンシップは子どもだけでなく大人が学ぶことも必要」と語り、保護者ができる学校への具体的なはたらきかけを示した。

大切なのは学校の活用レベルを把握し、学校や教員が抱える懸念や不安に共感すること。共通認識を作って、学校と保護者が良い対話関係にあるのが理想だと語った。

デジタル・シティズンシップ教育を進める中で、保護者が行ないたい具体的なはたらきかけ

Scratchコミュニティーで見られる、子どもたちの実態

青山学院大学大学院社会情報学研究科特任教授、放送大学客員教授 阿部和広氏

続いては、日本におけるScratchの第一人者、阿部氏が登壇した。同氏は、Scratchのコミュニティー内で起きている”子どもクリエイター”の実態を知ることが、今後どのように大人や教育者がデジタル・シティズンシップ教育を教えていくのか、そのヒントにつながると語る。

Scratchは子ども向けのビジュアルプログラミングツール。日本では2020年度に始まった小学校のプログラミング教育の教材として多くの学校に採用され、ユーザー数が飛躍的に増加した。

子ども向けのビジュアルプログラミングツール「Scratch」。現在はScratch財団がMITメディアラボのライフロング・キンダーガーデン・グループの協力により開発している

そんなScratchであるが、プログラミング教材として使用されている一方で、「オンラインコミュニティーとしても子どもたちが楽しんでいる」と阿部氏は語る。Scratchでは、子どもたちが作った作品をコミュニティー内に公開することが可能で、子ども同士がつながってコメントやフィードバックを書き込んだりしているという。

Scratch内で子どもたちが公開した作品。その数は1億以上にもなる

こうしたオンラインコミュニティーの存在は、Scratchが生まれた理念に基づいていると阿部氏。Scratchはもともと物語やゲーム、アニメーションなどの創作活動を通して、子どもたちのITスキルや課題解決力、自己肯定感を育むことを目的に開発された研究ツール。子どもたちがクリエイティブな創作活動をするためには、「project(計画)」「passion(情熱)」「peer(仲間)」「play(遊び)」という4つの「P」が必要であるという考えがScratchのベースにある。

ところが阿部氏は、「子どもたちのコミュニティー利用を見ていると、Scratchが本来意図したものから離れつつある」と指摘する。ユーザー同士がフォローし合って「スク友(Scratchの友だち)」になりフォロワーを増やすことに注力したり、自分のユーザー順位を上げるために作品の拡散に力をいれたりするという。

また、自分の作品に悪いコメントが付くこともある。すると今度は、運営に報告したり、コメントを書いたユーザーに対して集団で攻撃する行為に発展することもあるという。場合によっては、アカウントが停止されることもあるが、子どもたちはScratchで決められた、保護者メールでアカウントを作るというルールを破って、無断で「裏垢」を作り、Scratchのアカウントを再度手に入れる。なかには、運営側にBAN(アカウント停止)されても「VPNでIP規制を回避する(※)」という子もいるようだ。

※違反ユーザーのIPアドレスを規制することで、同じユーザーがアカウントを取得できなくなるが、VPN(Virtual Private Network)を利用するとIPアドレスが変わるため規制を回避できてしまう、というもの

阿部氏が示した、Scratchコミュニティーで見られる子どもたちの行動

阿部氏は、こうした子どもたちの状況を受けて、「学校はScratchを単なるプログラミングを学ぶツールとしてしか思っておらず、オンラインコミュニティーとしてのScratchを理解しているのかは疑問」と述べた。

Scratchでは、アカウントを取得する際に、親子で使い方や理念を理解する「コミュニティーガイドライン」に同意することを求めていて、これを承諾しないとアカウントは発行されない。つまり、不適切な行動をとってしまう小学生も、Scratchのアカウントを作った際にガイドラインを読んでいるはずだが、その考え方がScratchコミュニティーで定着しているとは言い難い。

Scratchの「コミュニティーガイドライン」の一部。Scratchでアカウントを取得し「Scratcher」になるためには、使い方や理念を理解することが必要

こうした子どもの姿を知って、大人はどのように対応していくべきか。阿部氏はひとつの答えとして「大人も、子どもも、正直ベースで対話をするしかない」と述べた。なぜプログラミングを学ぶのか、なぜ学校でScratchが規制されてしまうのか、なぜガイドラインを守るべきかなど、ひとつひとつの課題について話していくことが重要ではないかと述べた。実例としてCoderDojoを取りあげ、「CoderDojoでは、大人も、子どもも対等な関係にあり、互いに学ぶという文化が良い学びの環境になっている」と阿部氏は語る。

幸い、Scratchにも対話の場として「ディスカッションフォーラム」があり、重要な役割を担っていると紹介。ここで著作権やScratchをより良い場所にするためのルールについてユーザーが意見を交わしており、対話をすることが良い行動を生み出すきっかけにつながるケースもあるようだ。こうした場をさらに機能させることに期待したいと阿部氏は述べた。

Scratchの「ディスカッションフォーラム」

デジタル・シティズンシップを学ぶ場に必要なものとは

後半は、視聴者からの質問に答えるカタチで豊福氏と阿部氏のフリートークセッションが行なわれた。

「今まで学校が取り組んできた情報モラル教育とデジタル・シティズンシップ教育の違いは何か」という質問について豊福氏は、両者はアプローチが異なることを説明した。

デジタル・シティズンシップ教育では、デジタルだけを取り上げるのではなく、アナログも含めたメディア全体を取りあげ、メリットや使い方を考えていく。その中で、子どもたちは端末やネットの使い方は、使う人や家庭によって考え方が異なることに気づき、自分の生活や人間関係の中で良い付き合い方を身につける、そうしたアプローチを大事にしているのがデジタル・シティズンシップ教育だと述べた。

阿部氏は子どもたちがデジタル・シティズンシップを学ぶ場には、もっと大人の存在が必要だと述べた。Scratchコミュニティーにも教師や保護者が多くいれば、子どもたちの不適切なコメントや行為を見守ることも可能で「学校や保護者、大人にもっと参画してもらいたい」と述べた。

豊福氏も同様のポイントを指摘。「子どもたちの生活実態を考えると、リアルとバーチャルに関係なく、相手やコミュニティーが変われば、違うルールが存在し、言葉づかいやコミュニケーションを変えていくことを学んでいかなければならない。それを可能にするためにも、学校が重要な存在であり、デジタルを通したコミュニケーションが大切だ」と語った。

1人1台環境をきっかけに学校現場や教育者の注目が高まるデジタル・シティズンシップ教育。子どもだけに求められる話ではなく、大人が聞いても、これからのデジタル社会をつくるうえで重要な視点であることがわかる。管理や規制だけで、⼦どもたちがデジタルの良き使い⼿にはならない。時間はかかるが、大人も子どもと対話をしながら、⾃律を促し接していくことの⼤切さは、デジタルもアナログも何ら変わりはない、ということを改めて認識したセミナーだった。

本多 恵

フリーライター/編集者。コンシューマーやゲームアプリを中心とした雑誌・WEB、育児系メディアでの執筆経験を持つ。プライベートでは2人の男子を育てるママ。幼稚園児&小学校低学年の子どもを持つ母として、親目線&ゲーマー視点で教育ICTやeスポーツの分野に取り組んでいく。