レポート
教育実践・事例
授業で使ったScratch、見守れない場合は「クラスの終了」を忘れずに
トラブルを防ぐために、先生が知っておきたい安全な活用法
2022年4月26日 06:35
MITメディアラボが開発したブロックプログラミング言語の「Scratch」は、子どもたちが大好きなゲームや音楽、アニメーションなどを作ること、つまり、創造的な活動に特化し、その障害となるタイピングとエラーを減らすことで、この分野で確固たる支持を獲得しました。
2007年の一般公開から15年が経ち、Scratchの運営は非営利団体のScratch財団に移りました。登録ユーザー数は世界で約8900万人、日本では約120万人となり、現在も指数関数的に増えています。TIOBEの人気プログラミング言語ランキングでは、毎月20位台前半をキープしています。
日本で2020年度から始まった小学校のプログラミング教育でも、文部科学省の「小学校プログラミング教育の手引」でブロックプログラミングの例が示され、「小学校プログラミング教育に関する研修教材」では、Scratchを使った例題が示されています。
多くの教科書に載っている、第5学年算数の「正多角形の作図」、第6学年理科の「電気の利用」でもScratchベースの教材が使われることが増えてきました。先日実施された「令和4年度全国学力・学習状況調査」で、Scratchのようなブロックを使った問題が出題されたのも記憶に新しいところです。
中学校の技術・家庭科では、従来の「プログラムによる計測・制御」に加えて、2021年度から「ネットワークを利用した双方向のあるコンテンツのプログラミング」が始まっており、これらにもScratchベースの教材が使われることがあります。高校で2022年度から必履修となった情報Iでも一部の教科書でScratchが採用されています。
学校でScratchを使うには
学校でScratchを使う場合、大きく分けて下記3つの方法があります。
1. オンライン版をScratchの生徒アカウントでサインインして使う
この場合、インターネット環境とブラウザーさえあれば、Scratchを動かすことができ、教材の配布や作品の回収などもクラウド上のScratchのサーバーを通して行なうことができます。作品の保存も自動で行なわれるので、保存忘れによる事故も防げます。
加えて、Scratchに用意されたオンラインコミュニティー(共同体)としての仕組みを活用できます。具体的には、個人で作品を作るだけでなく、他の子と一緒にスタジオで共同作業をしたり、コメントでアドバイスを受けたり、好きな作品に♡をつけたり、友だちをフォローしたりできます。これがうまく回ると、学校や授業の枠を超えて、子どもたちは自分たちの関心に基づいてプロジェクトに自主的に取り組むようになり、大人の予想を超える成果を生み出すこともあります。
2. オンライン版をScratchへサインインせずに使う
この場合、インターネット環境とブラウザーだけで使えることは、1の「サインインして使う」と同じですが、オンラインコミュニティーは使えず、作品の保存もローカルのコンピューターに手動で行なうことになります。もちろん、GoogleドライブやOneDrive、iCloudなど、他のクラウドストレージを使っていれば、そちらに保存して共有することはできますが、オンラインに比べると、その場で実行したり変更したりできないので、ダイナミックさに欠けます。
3. オフライン版(アプリ)を使う
この場合、インターネット環境が不要なので、どのような状況でも使うことができます。ただし、公式アプリはWindowsとChromebookには対応していますが、iPadには提供されていないので、GIGAスクール端末がiPadの学校では、この⽅法は選べません(サードパーティーのアプリを使うことはできます)。
また、学校の端末にアプリをインストールするには教育委員会の許可が必要な場合が多く、いつでも自由に扱えるわけではありません。バージョンアップなどへの対応も遅れがちです。作品の保存については、2の「サインインせずに使う」と同様です。
学校でScratchを使う際の注意点
Scratchを使っている学校が、これらのどれを選んでいるかについて、正確なデータはありません。ただ、実際に先生の話を聞いたり、学校を訪問したりした感触では、2の「サインインせずに使う」が一番多く、次いで3の「オフライン版」、1の「サインインして使う」はほとんどないという印象です。
1の「サインインして使う」については、Scratchのコミュニティーは世界に開かれているので、個人情報の流出などを恐れているのかもしれません。また、ちょっとした言葉の行き違い、コミュニティー内での自分の序列、著作権の問題、その他自分の思い通りにならない様々なことなどから、子どもたちの間でトラブルが起こっているのも事実です。
これは、他のSNSなどのトラブルと変わりません。そもそも、児童・生徒のアカウントの作成が、地方公共団体の個人情報保護条例や文部科学省の「教育情報セキュリティポリシーに関するガイドライン」などに照らして難しいこともあるかもしれません。
3の「オフライン版」については、対応機種とインストールの許可がネックになっている印象です。
その結果、消去法で残ったのが2の「サインインせずに使う」という感じでしょうか。しかし、これについても、⼦どもたちがゲームで遊んだり、許可されていない動画視聴や規制回避の⽅法など、学校が不適切と考える情報に接する⼿段になることが問題視されているようです。実際、Scratchのサイトには全国の⼦どもたちから具体的なフィルタリングの情報が寄せられています。
教師⽤アカウントは⽣徒アカウントをきちんと見守る必要がある
Scratchをサインインして使う数少ない学校の中には、素晴らしい成果を上げている事例もありますが、困った状況になっている学校もあります。それは、Scratchの特徴を理解せずに教科の単元のための教材としてScratchを使うようなケースです。
教育関係者がScratchに作成できる「教師用アカウント」は、複数の「生徒アカウント」を作ることができ、生徒アカウントは「クラス」に所属します。
生徒アカウントは、インターネットでつながっている一般のアカウントと相互に交流することができます。つまり、作品を見たり、メッセージを送ったり、コメントしたり、フォローしたり、スタジオでグループを作ったりなども制限なく自由に行なえます。
その大部分は健全なものですが、中には自殺予告や集団によるネットいじめなどもあります。かといって、外部とつながらない学校に閉じたクラスを作ることはできません。
先生が、これらのことを知らず、児童・生徒と十分な学習の機会を持たないままクラスや生徒アカウントを作成すると、学校内だけでなく、外部の子どもたちと思わぬトラブルになることがあります。これが管理者(Scratch Team)に報告された場合、教師用アカウントに注意喚起のアラートが送られることがありますが、先生が教師用アカウントをチェックしていないとこれに気付くことができません。
さらにトラブルが発展し、先生が適切な管理をしていないと管理者が判断すると、その生徒アカウントだけでなく、教師用アカウントやクラス全体がブロックされたり、削除されたりすることもあります。このあたりは、アメリカ的なゼロトレランスの考えに近く、ある日突然授業ができなくなるかもしれません。
学校はオンラインコミュニティーとしてのScratchを理解しているか
Scratchは単に便利なプログラミング教材ではなく、参加者が主体的に運営するコミュニティーです。アカウントを作るということは、その一員になるということを意味しており、先生や生徒だけでなく、参加者全員が守るべき指針として、「コミュニティーガイドライン」が用意されています。
このガイドラインに書かれていることについて、先生と生徒が議論し、そこからデジタル社会で暮らすデジタル市民としての意識、つまり、デジタル・シティズンシップが生まれるなら大きな意味があります。しかし、残念ながら、多くの場合はそこまで思い至っていません。私が見つけたいくつかのトラブルについて、学校に連絡してもまったく気が付いていないことが大半でした。
トラブルを防ぐために、「クラスを終了する」操作を忘れずに
もし、このような対応が難しいのであれば、トラブルを防ぐためにも、先生方には、Scratchで作成したクラスを、そのまま放置するのではなくクラスを閉じることをお願いします。サインインせずに使っている場合や、オフラインでアプリ版を使っている場合は、他の教材アプリと同様にファイルを整理するだけで大丈夫です。
それにはまず、教師用アカウントでの操作が必要になります。具体的には、クラスの「設定」画面で、右下の「クラスを終了する」ボタンをクリックします。
すると、確認画面に変わるので、パスワードを入力して再度「クラスを終了する」ボタンをクリックするとクラスは閉じられます。
これで、クラスの生徒アカウントのサインインも出来なくなりますが、生徒の作品は消えずに残っていることに注意してください。もし、公開されている作品に不適切な内容が含まれていたり、コメントがあったりするとそれらも残ったままになるので、クラスを閉じる前に削除しておく必要があります。
また、生徒アカウントを一般のアカウントに引き継ぐことはできないので、Scratchを続けたい生徒が、公開していない自分の作品を持ち出したい場合はどうするかを考えておく必要もあります。
これが面倒だからといって、クラスを閉じずに児童・生徒が学校から離れてしまうと、管理する先生も保護者もおらず、連絡する手段もない生徒アカウントが残ってしまいます。そのような生徒アカウントは、ある意味で「無敵」なので、コミュニティー上で問題行動を起こした場合、その対応に困ることがあります。
Scratchを単なる教材として使っているのであれば、必要な単元が終わった時点でクラスを閉じることをおすすめします。閉じないのであれば、教師用アカウントに定期的にサインインして生徒の活動を見守り、アラートの確認をすることをお願いします。
思想としてのScratch
Scratchは、その誕生のときから、オンラインコミュニティーとして設計されていました。これは、ボストンの経済的に困難な地区の子どもたちを対象に行なわれていた「コンピュータークラブハウス」の成果を受けて、この活動をインターネット上に拡張するとどうなるかという研究から始まったものだからです。
これは、子どもたちはその環境と相互作用することによって、自らの認知構造を構成するというジャン・ピアジェの「構成主義」と、それに、ものづくりを通した学びを加えたシーモア・パパートの「構築主義」、さらにそれを発展させたミッチェル・レズニックの「4Ps」(計画、情熱、仲間、遊びを通して子どもたちは学ぶ)という思想を背景にしています。
そのため、Scratchから、面倒なコミュニティーの要素を無くしてほしいという要望は、少し的外れのように感じます。日本特有の考え方である「プログラミング的思考」を育成するためにScratchを使うことはできますが、作っている人はそれを目的にしていません。その妥協点が、サインインせずにScratchを使えるようにしていることであり、オフラインアプリの提供です。
私は、先生や子どもたちがScratchのオンラインコミュニティーに積極的に関わることが、プログラミングや教科の学習にとどまらない大きな効果を生むと考えていますが、使う上での注意が必要なことは前述の通りです。どのような教材もそうだと思いますが、十分な教材研究を行なってから学校に導入することをお願いしたいと思います。