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AI時代に不可欠なスキルを「探究」で育む~酒田東高校とマイクロソフトの6年の歩み~

「掃除を抜け出して、社員さんを追いかけました」

そう語るのは、東北大学経済学部に通う渡部敦大さん。3年前、山形県立酒田東高等学校(以下、酒田東高校)の生徒だった当時、プレゼンテーションの審査員として訪れたマイクロソフト社員に「もっと話を聞きたい」と思い、思わず後を追ったという。

「この人と関わりたい」「もっと知りたい」。こうした衝動こそ、AI時代の学びで大切にしたい原動力だ。酒田東高校では探究学習を通して、生徒が自ら問いを立て、深く考える探究心や挑戦するマインドを育てている。この学びを支えてきたのが、マイクロソフトだ。コロナ禍のオンライン授業支援をきっかけに始まった両者の交流は、どのように発展してきたのか。6年間の歩みや現在の取り組みを紹介する。

山形県立酒田東高等学校 国際探究科3年生

探究学習を軸に交流、酒田東高校とマイクロソフトの6年

酒田東高校は、創立100年以上の歴史を持つ進学校だ。文部科学省のスーパーサイエンスハイスクール(SSH)にも指定され、探究学習や理数系教育に力を入れている。普通科に加えて探究科を設置しており、2年次からは「国際探究科」と「理数探究科」に分かれ、課題研究や論文作成、英語でのプレゼンテーションといった高度な学びに取り組んでいる。

同校が探究学習を通じて目指すものは、 自ら課題を見つけ、根拠を持って考え、社会に向かって発信できる力を備えた人材の育成 だ。激動するAI時代の中においても、「知・情・意・力」を兼ね備え、自主自律・寛容性・チャレンジ精神、そして根拠ある自信を持って歩んでいく生徒の育成を教育目標を掲げている。

山形県立酒田東高等学校(山形県酒田市)

同校とマイクロソフトの関わりは、2020年にさかのぼる。きっかけは、マイクロソフトが酒田市で推進していたテレワークや学び直しのプロジェクトだった。これを機に両者の交流が生まれ、コロナ禍におけるオンライン授業の支援へとつながった。その後も、1人1台端末の整備やMicrosoft Teamsの利用などを通じて連携は広がり、 6年にわたって交流は途切れることなく続いている。

交流の中心にあるのは、探究学習だ。そのひとつとして、同校の探究科では、3年次に2年間の課題研究の総括として、グループごとに英語によるプレゼンテーション「 Presentations in English 」を実施しており、マイクロソフトはこの発表会に数年前から協力してきた。英語表現や資料構成、発表の仕方といった英語のプレゼンテーションに関するアドバイスを、マイクロソフトの社員がボランティアでMicrosoft Teams を使って実施。また、当日の発表会にも同社の社員が審査員として参加し、生徒の挑戦を見守ってきた。

Presentations in English

探究学習にAIも伴走、発音練習から想定問答まで自走する学び

酒田東高校の探究科では、1年次から探究の基礎を学び興味・関心を深め、2年次に課題研究に取り組み、ポスターにまとめ、3年次に英語によるプレゼンテーションを行うカリキュラムが組まれている。しかし、探究の集大成ともいえる英語でのプレゼンテーションにおいて、生徒の英語力向上が課題だったという。

山形県立酒田東高等学校 探究学習企画推進部 本間健寛教諭

担当の本間健寛教諭は、「これまでは研究ポスターの作成と英語の原稿作成に時間がかかり、プレゼンテーションの練習まで手が回らない状況でした。また、発表練習も英語科教員やALTの負担を軽減したいと考えていました」と語る。こうした課題に対し、話す練習を支援するツールとして導入されたのが、 マイクロソフトのAI音読ツール「Reading Coach」 である。

Reading Coachは、入力した英文を読み上げると、 読む速さや発音の精度を瞬時にAIが分析・評価するツール である。発音の正確さや詰まりやすい単語、読むスピードなどを確認できるほか、重点的に練習すべき単語も提示される。

Reading Coachの結果画面

授業では、生徒たちが作成した研究ポスターの英文を張り付けて音読し、AIに指摘された単語を中心に発音練習を行っていた。生徒に話を聞くと、「発音練習は対面でないと難しいと思っていたが、 一人でも取り組めるのが良い 」という意見や、「先生の前で話すのはある程度できるようになってからでないと抵抗があるが、Reading Coachなら 最初の段階から練習できる 」と語ってくれた。

この日はReading Coachのみを使用したが、今後は 「OneNote」のイマーシブリーダー も活用し、自分で作成した英文のリスニングを確認した上で、Reading Coachによる発表練習へとつなげていく予定だという。

Reading Coachに文章を入力して読み上げるだけで発音を分析
グループごとにテーマを決めて課題研究に取り組んでいる

さらに授業では、生徒たちが Microsoft Copilot を活用し、英語での質疑応答に向けた準備にも取り組んでいた。研究ポスターをもとに「想定される質問を英語で考えてください」と依頼すると、瞬時に複数の質問が提示される。教師やALTがすべての班に個別対応するのは難しいが、Copilotを活用することで、生徒自身が準備を進める手がかりを得られる。ある生徒は「 自分たちでは思いつかなかった視点があり、参考になった 」と話してくれた。

本間教諭は、「生徒が自分で練習できる環境を広げることで、繰り返し挑戦しながら英語でコミュニケーションできる力を育てたいと考えています。現状はまだまだ質問に答えるだけで精一杯の段階ですが、英語を使ってより広く発信できるレベルを目指してほしい」と語った。

Microsoft Copilotを活用し、英文の改善ポイントについてアドバイスをもらう

思いつかなかった選択肢に出会う、探究の視野を広げるマイクロソフト訪問

酒田東高校の国際探究科では、2年次に英語によるコミュニケーション力とグローバルな視野を養うことを目的に、2泊3日の探究研修を行っている。その活動の一環として、品川にあるマイクロソフト本社への企業訪問も実施されており、今回で3年目を迎えた。生徒たちは、有志で参加した社員との交流を通じて、生成AIに関するディスカッションやキャリア紹介の時間を過ごした。

酒田東高校によるマイクロソフト訪問

訪問では、マイクロソフトの全体像を知るとともに、同社が重視する「 Growth mindset(成長する考え方) 」と呼ばれる考え方が紹介された。失敗を学びに変えながら成長し続ける姿勢や、コラボレーションを重視する文化、ハイブリッドワークといった働き方に触れ、「働くこと」への理解を深めていった。

また、社員とのグループディスカッションでは、「生成AIが解決できる身近な社会課題」や「AI時代に求められる人間の強み」について議論。生徒たちは、利便性の向上や課題解決につながるAI活用の視野を広げる一方で、社員との対話が進むと、「 AIの特性を理解して上手く使うことが大事 」「 最終的な判断は人間が担うべきだ 」「 人にしかできないことを考え続けたい 」という言葉も聞かれ、AIと人間がどう共存していくか議論を深めていた。

生徒の一人は「これまで企業で働くことはあまり考えていなかったが、社員の方の話を聞く中で、海外と関わる仕事の面白さを知り、自分の将来についてもっと考えてみたい。 AIについても自分が思っていた以上に無限大の未来が広がっている ことがわかった」と話す。さらに別の生徒は、「 自分では思いつかなかった考え方や選択肢に触れることができ、視野が広がった 」と振り返った。企業訪問は、生徒たちに新たな気づきと将来へのヒントをもたらしていた。

社員とのグループディスカッション

卒業生が振り返る、マイクロソフトとの出会いがもたらしたもの

そんなマイクロソフトへの企業訪問が、生徒の転機になることがある。冒頭の「掃除を抜け出して、社員さんを追いかけました」と話してくれた酒田東高校国際探究科の卒業生で、現在は東北大学経済学部に通う渡部敦大さんだ。

3年前、同校で開催された英語プレゼンテーション発表会に審査員として訪れた日本マイクロソフト株式会社 業務執行役員の宮崎翔太氏のもとへ、掃除時間に先生に頼み会議室まで追いかけていったという渡部さん。あれから3年、久しぶりに再会した2人がAIや学び方について語り合った。

東北大学経済学部 渡部敦大さんと日本マイクロソフト株式会社 業務執行役員の宮崎翔太氏の対談

もともとは内気で積極的に行動するタイプではなかったいう渡部さんが、宮崎氏を追いかけたときは思わず体が動いたという。「企業訪問の際に、『 やるか迷ったら一度やってみる 』という話をしてくださった社員の方がいて、社会はそういうモチベーションで動いていると感じたんです。それで、自分も声をかけてみようと思えました」と語る。

酒田東高校国際探究科の卒業生で、東北大学経済学部に通う渡部敦大さん

マイクロソフトの訪問で印象的だったことは、「 これからはAIを使って自分で舵取りをしていく時代になる 」という言葉だったそうだ。「当時はAIという言葉を知っている程度でしたが、これから向き合っていかなければならないと強く感じました」という。

その言葉通り、現在は大学での学びにAIを取り入れている。入学時に父親に勧められたWindowsパソコンを使い、Microsoft Copilotなどのツールを活用しながら学習に取り組んでいる。意識しているのは、 自分が主導権を持ちながら道具としてAIを使うという姿勢 だ。「情報を整理する力だけならAIの方が優れています。だからといって、そのままコピペして使うのでは意味がないし、学びも得られません。 自分がどういう行動をしたいのか、舵取りの部分で人間の能力が大切になってくると思います 」と語る。

一方で、 AIは好奇心を加速させてくれるツール だとも話す。「自分の世代はネットがあるのが当たり前で、スマホで何でも調べられる環境で育ってきました。だから、テクノロジーが発達すれば環境がも変わるのも自然なことだと思っています。AIは興味あることをどんどん深掘りできるツールだと感じていて、これから使い方ももっと広がると思います」と語ってくれた。

現在は大学でツーリズムとインバウンドの経済学を専攻している渡部さん。その関心は高校時代の探究学習に端を発し、酒田の観光振興をテーマにした研究が地域経済への関心へとつながった。大学に進学して気づいたのは、酒田東高校での学びが決して当たり前ではないということ。「 高校の授業で社会課題に向き合う探究が日常にあったことは、とても貴重だった と感じています。マイクロソフトの方々との出会いも含め、その価値を今あらためて実感しています」と話す。

渡部さんが現在使用しているCopilot+ PC

AIでは得られない「人」との出会いが、探究心と未来を広げる

渡部さんのような変化は、特別な例ではない。長年生徒たちを見守ってきた酒田東高校の廣瀨辰平教諭は、毎年、この研修をきっかけに将来のキャリア観を広げる生徒がいるという。

「教員を目指していた生徒が企業に興味を持ったり、国際協力関連の機関を目指していた生徒がグローバル企業での働き方もあると気づいて視野が広がるといった変化があります。生徒たちには、 自分をオープンにして、聞いて、感じて、考え方を深めよう と話してきました。やりたいことを言い続けると、どこかで助けてくれる人や一緒にやってくれる人が現れる。これからもそれを忘れず育っていってほしいと思います」。自らの意思でマイクロソフト社員を追いかけた渡部さんの姿は、まさにその言葉を体現していたといえる。

酒田東高校 探究学習企画推進部長/SSH主任・国語科 廣瀨辰平教諭

6年前、地方創生担当部長として酒田市でのテレワーク・学び直しプロジェクトを企画し、同地と関わり始めた日本マイクロソフト株式会社 業務執行役員の宮崎翔太氏は、酒田東高校との関係について「もともと教育現場とは違うきっかけで始まりましたが、長年続ける中で、我々も大切なつながりをいただいていますし、何よりも我々自身がこの活動を通じてたくさんのことを学ばせていただいています」と語る。

同校との交流で宮崎氏が大切にしているのは、探究学習をベースとした 「人」を介した関わりの中で、生徒たちが多様な価値観や探究心を得ること だ。マイクロソフトが教育分野で掲げる「 Future-Ready Skills 」」は、まさに探究学習を進めるうえで欠かせない力であり、マイクロソフトはそうした力の育成を支えてきた。

宮崎氏は、「テクノロジーは手段であって目的ではない。マイクロソフト社員との接点を通して、AIの外にある、AIを使いこなす人材にとって大切な価値観を感じてほしいと考えています。また高校生には、大人が決めたAIの使い方や価値観にとらわれるのではなく、自分で考え、時に大人にも意見して一緒にルール作りに貢献するような、そんなマインドを持ってほしい 」と語る。

日本マイクロソフト株式会社 業務執行役員 パブリックセクター事業本部 教育・社会基盤統括本部長 宮崎翔太氏

オンライン授業の支援から始まった交流は、6年の時を経て、社会人と高校生がAIについて議論する関係性へと発展してきた。その営みのなかで、生徒たちは「人」との関わりや新たなテクノロジー、多様な価値観に触れながら、自分の未来の選択肢を広げてきた。自分で考えることの大切さを、これほど意識しなければならない時代はこれまでになかっただろう。自ら深く考え、チャレンジする、酒田東高校の探究学習は、これからもアップデートし続けていく。