トピック

「勘・経験・教育データ」で子どもに寄り添う、個別最適な学びの実現に向けて

【特集企画】これからの教育データ利活用を考える(前編)

子どもたちが1人1台端末で学ぶようになり、さまざまな学習活動がデータとして蓄積されている。国は、こうした学習履歴を教育データとして利活用する施策を進めているが、それによって子どもたちの学びはどのように変わるのか。本特集では3回にわたって、有識者、自治体担当者、企業担当者に話を聞き、教育データ利活用の未来について考える。

「先生と面談するまで、学校での子どもの様子がわからない」――そんなことを感じている保護者は多いのではないだろうか。子どもが家で学校の出来事を話してくれても、それはあくまでも子ども目線の断片的な情報であり、保護者が学校生活や学習状況をきちんと知る機会は意外に少ない。もし、保護者も「子どもたちが今、何を学び、何につまずいているのか」、それがわかるとしたら?そんな新しい教育の在り方を生み出そうとしてるのが「 教育データ利活用 」の取り組みだ。

文部科学省は今、子ども一人ひとりに合った学びを提供し、その可能性を最大限に引き出す教育を実現するために、教育データの利活用を進めている。なぜ、このような施策を進めているのか。その背景や現状、課題について、文部科学省の学校DX戦略アドバイザー・木田博氏に話を聞いた。

📊 【特集企画】これからの教育データ利活用を考える
前編「勘・経験・教育データ」で子どもに寄り添う、個別最適な学びの実現に向けて
中編:子どもたちが主役になる学習をめざして 枚方市の教育データ活用(7月1日公開)
後編:子どもたち自身がデータを活用する未来へ、「まなびポケット」がめざす2030年の学び(7月2日公開)


一人ひとりの個性や特性に合わせた「個別最適な学び」をめざして

テストの点数や成績、学習記録や学習履歴、子どもたちが制作したレポートや作品などの成果物、さらには図書室で借りた本の履歴や保健室の利用状況まで──。

子どもの学習や学校生活に関わるこれらの情報はすべて「教育データ」と呼ばれるものだ。かつては紙で記録し管理されていたが、GIGAスクール構想をきっかけに学校のデジタル化が加速。子どもたちの学習もデータとして記録できるようになった。こうした データを教育の質の向上に生かしていく取り組みが「教育データ利活用」の施策である

文部科学省 学校DX戦略アドバイザー/鹿児島市教育委員会 教育DX担当部長 木田博氏

文部科学省の学校DX戦略アドバイザー木田博氏は、教育データ利活用が本格的に議論されるようになったのは、2021年(令和3年)に中央教育審議会が取りまとめた答申「令和の日本型学校教育」の影響が大きいと話す。

この答申の中で、日本の教育がめざす方向性として「個別最適な学びと協働的な学びの実現」が示された。なかでも 「個別最適な学び」を実現するためには、子ども一人ひとりの状況を的確に把握することが不可欠であり、その手段として教育データの有効性が注目されるようになった という。その後、2022年にはデジタル庁から「教育データ利活用ロードマップ」も発表され、利活用に向けた整備も進められている。

「個別最適な学び」と「協働的な学び」の一体的な充実(イメージ)※出典:文部科学省

木田氏は、個に応じた指導の必要性はこれまでも学習指導要領に明記されており、先生は日頃から子どもを観察し、成果物を見て判断し指導を行ってきたと語る。

「しかし、その多くは先生の勘と経験に頼るものであり、1人の先生がクラス全員を見て個別に指導するのは非常に難しい状況でした。そうした中でGIGAスクール構想が始まり、子どもの学習進捗や達成状況がデータとして可視化されて、より深く理解できるようになりました。 このデータを先生の勘や経験と組み合わせることで個別最適な学びをめざす 、その可能性を探り始めたのが今の段階です。単に学習データを収集して、子どもたちを管理するものではありません」と語る。

もうひとつ、教育データの利活用が求められる背景として、国全体でエビデンスやデータに基づく政策立案、いわゆる「EBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング)」が教育行政でも重視されるようになってきたことを挙げる。その流れを受け、教育委員会の行政施策や学校運営においても、教育データの重要性が一層高まっている。

学力向上、教員の働き方改革、不登校対策、教育格差の是正など、教育分野には多くの課題がある。こうした課題に対し、より効果的な政策を立案するため、教育データの活用が求められているのだ。


課題は、教師が有用性を実感できていないこと

現在、教育データ利活用はどのように進められているのだろうか。各自治体によって取り組みの差はあるが、国は「ルールの共通化」「ツールの整備」「データの分析・活用」という3つの側面で進めている。

動きとしてわかりやすいのは、文部科学省が毎年、全国の小学6年生・中学3年生を対象に実施している「全国学力・学習状況調査」だろう。現在、この調査はMEXCBTと呼ばれるシステムを通してCBTベースで行えるよう段階的に移行が進められている。これによって、何百万人もの子どもたちの調査データをもとに学習状況や課題などの分析が可能になり、教育の改善に生かすことができる。

教育データ利活用に向けて、国が取り組んでいること

このように国は着々と整備や活用を進める一方で、木田氏は「 現場の先生方は、教育データの有用性をまだ実感しきれていない 」と課題を語る。「全国の自治体、特に行政担当者は、教育データ利活用の必要性を認識していると思いますが、現場の先生方は、実際にデータがどういう場面で何に役立つのか、わからないことも多い」と話す。

一方で、教育データ利活用の有用性を実感し始めている教育現場もある。木田氏はその例として、鹿児島市が取り組んだ 自由進度学習 を取り入れた実証を挙げた。

自由進度学習とは、子どもたちが自ら学習計画を立て、自分で選んだ方法で学ぶスタイルのこと。この学習を実現させるためには、 子ども自身が自分の理解度や、次にすべきことを把握することが大切 になってくるが、そこで役立つのが子ども同士のデータ共有だという。特に、友達の学習計画や振り返りを参考にすることで、『このくらいなら自分にもできそう』『こう書けば振り返りがしやすい』と授業中に気づくことができ、 自分の学びを調整する力を養うことができる という。

また先生も、個々の学習状況を把握するために教育データの活用が欠かせない。リアルタイムで子どもの学習進捗を確認できれば、自由進度学習においても支援が必要な子どもに適切な指導を行うことも可能だ。このように 子ども同士、先生と子ども、両者が互いにデータ共有をしながら学ぶ経験を積むことが、データの有用性を高めていく鍵になる と木田氏は語る。

自由進度学習で学習の振り返りを記録する生徒


教育データをどう生かすか、4者の視点からみた意義

木田氏は教育データ利活用を進めるうえで「そもそもデータは誰のものか」という点を押さえておくことが重要だと語る。

言うまでもなく、 データの主体者は学習者である子どもたち だ。しかし、これまで教育データが子どもたちに開示される機会は少なく、先生だけが詳細なデータを握っていた。今後、さまざまな立場の関係者が教育データ利活用に関わることになるが、学習者・保護者・先生・教育委員会、それぞれの視点から見てどのような意義があるのか。

【学習者視点】
木田氏は、「 教育データ利活用の本質は、学習者が自分は何が理解できて、何が理解できていないのかを必要に応じて把握できることだ 」と語った。個別最適な学びや自律的な学びを進める中で、子どもたちは自分で学習を管理・調整しながら、次のアクションにつなげていく必要がある。そのためには、自分の学習状況を客観的に把握できる教育データが必要だという。

学習者の立場から見た教育データ利活用のイメージ

【保護者視点】
学校での子どもの様子を知る機会が増えることで、 子どもの新たな一面や心理状況などもわかるようになり、必要に応じて成長機会やサポートを与えることも可能 になる。ただし、木田氏は、子どもによっては親に知られたくない情報もあるため、各家庭の事情にも配慮しながら、データの公開範囲は慎重に検討すべきだとしている。

保護者の立場から見た教育データ利活用のイメージ

【先生視点】
「1つの単元の中で、子どもがどのように変容したのかは教員にとって最も知りたい点である」と木田氏。これまでは、それを把握する手段として、テストの点数や子どもたちが「振り返り」を書くノートぐらいしかなかった。しかし、 データとして記録されていれば、ノートを回収する手間が省けるだけでなく、いつでも画面上で確認でき状況把握も容易になる 。さらに、保護者への説明においてもエビデンスが求められる時代において、 教育データは指導の正当性を裏付ける根拠となり、より説得力のある説明が可能になる と述べた。

教職員の立場から見た教育データ利活用のイメージ

【教育委員会視点】
教育データを活用することで、 学校が抱える課題に対して多面的なアプローチが可能となり、さまざまな相関関係が明らかになる 。一例として、ICTの活用率が高い学校のデータを分析し、どのような活用が行われているのかを調査すれば、 その成果を他の学校へと還元できる 。木田氏は、「改善点を明確にし、必要な支援を検討できる」と指摘する。

教育委員会の立場から見た教育データ利活用のイメージ


教育データを活かし、より温かな寄り添いを

子どもたちの学習や学校生活について「データを活用する」と聞くと、どこか冷たい印象を受けるかもしれない。この点について木田氏は「もちろん、データだけで判断するわけではない。目の前の子どもたちの様子を見ながら、 先生は『勘と経験とデータ』を一体のものとして活用していく必要がある 」と語る。

例えば普段、子どもの異変になんとなく気が付いても、確信が持てず、声をかけるタイミングを逃してしまうということがある。その点、心の健康観察などのデータがあれば、違和感を覚えた際に裏付けを取って声をかけることができる。教育データは、これまで見過ごされ、深刻な状況に陥ってしまう可能性のあった場面において、いち早く異変を発見し、適切なアプローチをとるためのきっかけとなるというのだ。

教育データは冷たいものではなく、むしろ、先生が子どもたちを見る目をあたたかくするもの 。こうした形でのデータの意義を周知し、活用事例が増えていけば、先生方の理解や実践も進んでいくだろう」と語った。

教育現場におけるデータ活用は、単なる数値の分析にとどまらない。個別最適な学びの実現に向けて、子どもたち自身がデータを活用することも視野に入れた、学びを変える大きな挑戦である。この挑戦が、子どもたちの可能性を引き出し、豊かな人生へとつながることが期待される。