トピック

子どもたちが主役になる学習をめざして 枚方市が考える教育データ利活用の姿

【特集企画】これからの教育データ利活用を考える(中編)

子どもたちが1人1台端末で学ぶようになり、さまざまな学習活動がデータとして蓄積されている。国は、こうした学習履歴を教育データとして利活用する施策を進めているが、それによって子どもたちの学びはどのように変わるのか。本特集では3回にわたって、有識者、自治体担当者、企業担当者に話を聞き、教育データ利活用の未来について考える。

今回取り上げる大阪府枚方市は、ICT教育に先進的に取り組む自治体の1つ。2022年と2023年は「全国ICT教育首長協議会会長賞」、さらに2024年には1人1台端末や生成AIの活用が評価され「デジタル大臣賞」を受賞した。そんな枚方市は教育データ利活用についてどのように考えているのか。枚方市教育委員会の教育研修課 ICT推進係・浦谷亮佑氏と、同課課長の永山宜佑氏に話を伺った。

※NTTコミュニケーションズ株式会社は、2025年7月1日付で社名をNTTドコモビジネス株式会社に変更しました。
※本文中の肩書きは、すべて2025年3月時点のものです。

📊 【特集企画】これからの教育データ利活用を考える
前編「勘・経験・教育データ」で子どもに寄り添う、個別最適な学びの実現に向けて
中編子どもたちが主役になる学習をめざして 枚方市が考える教育データ利活用の姿
後編:子どもたち自身がデータを活用する未来へ、「まなびポケット」がめざす2030年の学び(7月2日公開)


「学びの経過の可視化」が授業改善につながる

枚方市は、GIGAスクール構想を機に「枚方版ICT教育モデル」を策定し、全国平均を大きく上回る活用率で、授業改善や教職員の働き方改革などICT活用を積極的に進めてきた自治体だ。子どもたちが未来への可能性を伸ばせるよう枚方版PBL(Project Based Learning:課題解決型学習)を開始したり、授業や校務で生成AI活用の実証実験を行ったりなど、新しい教育にも積極的にチャレンジしている。

枚方市の学びの様子

そんな枚方市では、教育データ利活用の取り組みはまだ初期段階であるものの、データが持つ価値には注目している。同市教育委員会 教育研修課 ICT推進係 浦谷亮佑氏は、「学びがデジタル化されたことで、学習の経過がデータとして可視化され、子どもたちや先生が活用できるようになったことは大きな意味を持ちます。子どもたちの学びを良くするために有効活用できると考えています」と語る。

浦谷氏は特に、現時点においては、教職員の授業改善に有効性を感じているという。「先生方は、今までも自分の手帳などに子どもたちの見取りや評価を記録し、それを成績に反映していました。しかし、授業の振り返りをデジタルで行えるようになったことで、学びの進捗がより詳細に把握できるようになり、本人も気づかないうちに授業改善につながっていることが多いと見ています」と語った。

枚方市教育委員会 教育研修課 ICT推進係・浦谷亮佑主幹 / 枚方市教育委員会 教育研修課 課長 永山宜佑氏(※肩書きは2025年3月時点のもの)

こうした教職員の姿について同市教育委員会 教育研修課 課長 永山宜佑氏は、1人1台端末の活用によって授業スタイルが変わったことが大きいと話す。「枚方市では『子どもが主役の学習活動』を目指しており、個別最適な学びや複線型の授業に挑戦しています。その中でデジタル化やクラウド活用が進み、データに対する教職員の意識も変化してきたように思います」と永山氏。教育データありきで取り組みが進んでいるのではなく、 子ども主体の学びを実現する1つの手段として教育データ利活用に価値を見出している というのだ。

枚方市のICT教育に関するポータルサイト「GiGAスク!ひらかた」。枚方市には小学校44校・中学校19校あり、児童・生徒数は約3万人。教職員も約2500人が在籍する


子どもたちの見取りや授業改善に役立つ部分をデータ化

浦谷氏は、教育データの利活用に関して「取り組み自体は初期段階」としながらも、現在は「学習面と健康面でデータ活用が進んでいる」と話す。

授業では、子どもが記述する毎回の振り返りを授業支援システムやアンケートフォームに移行する教職員が増えた。これにより、その場で学習の理解度や子どもたちの感想を把握できるようになり、次の授業に生かしやすくなった。どの程度学べたのか、誰が理解できなかったのか、フィードバックもしやすく、デジタルドリルの回答状況や正答率のデータを参考に次の授業を考えることもあるという。

また、浦谷氏はワークシートや成果物のデジタル化について、 教職員が学習の途中経過や進捗状況を把握しやすくなり、個々の子どもに応じた支援が可能になる と語る。「つまずいている子に対して、先生が途中経過を確認し、寄り添うことができるようになりました。アドバイスを行うだけでなく、似たような意見を持つ子ども同士をつなげ、解決を促す判断にも役立ちます」と語った。

個々の子どもに応じた支援ができるように

ほかにも枚方市では、中学校に採点支援システムを導入し、定期テストなどの自動採点・成績分析に活用している。1人ひとりのデータ分析はもちろん、国語と数学など異なる教科をクロス集計し、子どもの学力を思考力・判断力・表現力など多面的に捉える試みも行っている。 教職員の勘や経験などの主観だけではなく、学習が足りない部分を数値化し、その後の指導に生かす。 「ただし、データによる成績分析がどのようなものか、数値の見方や分析結果の捉え方について教職員自身の理解も必要です。そのための研修は欠かせません」と浦谷氏は語った。

健康面では、子どもの気分や体調を可視化するアプリを利用。教職員が子どもの様子を見守りつつ、いち早く予兆に気付けるようにしている。さらに、枚方市では、学習eポータル「まなびポケット」も活用し、保護者からの出欠連絡をデジタル化。保護者も便利になり学校側もデータによる確認で時間短縮につながっている。

このように、枚方市では授業や学校生活のデジタル化を進める中で、学習進捗や学習履歴、さらには子どもの気分など、 これまで可視化が難しかった部分でデータが活用されている ことがわかる。教育データというと、子どもの能力を数値化して管理するようなイメージもあるが、 子どもの様子をより深く理解する手段として生かされている のが印象的だ。


点在するデータ、教職員の分析力、教育データ利活用の課題は山積

教育データ利活用の取り組みは、文部科学省が方向性を示しているものの、全国的には十分に浸透しておらず、学校現場でも多くの課題を抱えている。子どもの学習データの扱い方やルールなど、依然として検討事項も多く、データ活用の推進に向けて解決すべき課題が山積している。

枚方市においては、 「様々なデータが点在していること」が課題 の1つだと浦谷氏は指摘する。デジタル教材やデジタルドリル、授業支援システム、アンケート、出欠確認、保護者連絡、採点支援システムなど、多くの教育サービスを活用しているが、それぞれのデータが分散しているという。

「そもそも教職員は多忙であり、クラス全員のデータを毎日確認して分析することはできません。 点在するデータが『まなびポケット』などの学習eポータルに集約され、ダッシュボードで一元管理できれば使いやすい と思います」と語る。ダッシュボードを一目見て、重要なデータを瞬時に把握し、適切なアクションにつなげられる環境が望ましいといえる。

まなびポケットのダッシュボード(※画面イメージは変更になる場合があります)

また浦谷氏は、 教職員のデータ分析力を育成する必要がある と指摘する。教職員は統計学を専門に学んできたわけではなく、データを提示されても数値の見方がわからないことが多い。そのため、研修会を充実させ、教職員がデータを適切に読み解く力を育てることが求められるという。「数値だけを見て誤った評価をしないためにも、これまでの教職員の経験則にデータによるアセスメントを加えることで、1人1人を丁寧に見取れるようにしていきたい」と浦谷氏は語った。


何のための教育データ利活用なのか、子ども自身がデータを活用する学びへ

永山氏は教育データ利活用について、個別最適な学びを実現できる環境が整った今こそ、現場の教職員がより強く必要性を意識することが重要だと語る。

「1人1台端末によって学びがデジタル化された結果、先生方は今まで見えていなかった子どもたちの良いところに気づく機会が増えました。 教育データも同様に、1人ひとりの長所を伸ばすという発想で利活用することが大切 で、それができれば子どもたちのパーソナリティが発揮される学びにつながると考えています」と永山氏は語る。何のために教育データを利活用するのか、そこを忘れてはいけないというのだ。

浦谷氏は、 子ども自身が自ら学習データを活用して学ぶ未来 を語る。「今まで、学習データを閲覧するのは主に教職員だけでしたが、個別最適な学びや協働的な学びを実現していく過程で、今後は子どもや保護者が学習データを見るようになっていくでしょう」と話す。もちろん、こうした環境の実現には個人情報の取り扱いやセキュリティへの配慮が不可欠であるが、子どもの主体性や可能性を伸ばす教育の観点からも、子どもがデータを活用する未来を描いている。

子どもたちがデータを活用して学ぶ未来へ

そういう考えから浦谷氏は、 自己調整学習に活用できる、まなびポケットの機能「AARポータル(※)」に注目 しているという。子どもによるデータ利活用を支援するポータル機能で、将来的には写真やスタディログから学校での取り組みを分析して保護者へ配信する機能も提供予定とのことだ。「自分の子どもが何を学んでいるのか、保護者の方にもっと知ってもらうことができれば、家での会話、先生との会話も変わってくると思います」と浦谷氏は述べた。

AARポータルは「Anticipation(見通し)」「Action(学び)」「Reflection(振り返り)」というサイクルで学習できるポータル機能

※2025年春以降順次リリース


学校の内外とつながり、複数の目で子どもたちを見守る未来へ

教育委員会にとって、教育データの利活用にはどのような価値があるのか。浦谷氏は、教職員がクラスや学年単位で状況を把握しやすくなるほか、 教育委員会も支援が必要な学校に的確にアプローチできる と語る。

「複数の視点で子どもを見守り、学校を支えられるのが利点です。個人情報の適切な取り扱いのもと、保護者や外部の専門家とデータを共有すれば、さまざまな知見も生かせるでしょう」と述べる。子どもたちの学習データを学校内にとどめず、外部と共有し活用することに、教育データの新たな価値があるというのだ。

そうした活用を実現するためには、自治体が「セキュリティポリシーの作成と改定」に取り組む必要があると浦谷氏は指摘する。教育データの利活用とセキュリティ対策は一体で考えるべきで、枚方市では毎年セキュリティポリシーを改定し、保護者に書面で個人情報の取扱いや利用目的・範囲を明確に伝えているという。

一方で、全国的には対応が不十分な自治体が多く、「 データ活用だけが先行しないよう、セキュリティポリシーを整備し、保護者に丁寧に説明することが安心感につながる 」と浦谷氏は語った。

生成AIを活用した授業風景

学校の授業や子どもたちの学び方が変わる中、教育データは、子どもに関わるすべての大人が個々の理解を深めるための共通認識になるといえる。子どもたちが残した学びの足跡をどのように生かし、関わっていくのか。枚方市のように1人ひとりの良さを伸ばす教育の中で活用を考えていくことが重要だ。