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「地球にやさしい」未来の学校が中富良野に誕生、空間が学びに変わる

北海道で初となる、ZEB Ready(ゼブレディ)認証を受けた「ラベンダーの杜中富良野町立 なかふらの学園」

2025年6月5日、教育関係者向け展示会「New Education Expo 2025」(東京会場)で、北海道中富良野町と株式会社内田洋行による記者会見が開催された。発表内容は、2025年8月に開校予定の義務教育学校におけるZEB Ready(ゼブレディ)認証を取得した新校舎と、内田洋行が導入した中央監視システムを中心とした環境・教育整備についてだ。本稿ではその模様をレポートする。

建物から教育を変える、ZEB Ready校舎と中央監視システムで進化する学校

ZEB(Net Zero Energy Building)は、建物の年間エネルギー消費量を実質ゼロ、またはそれに近づけることを目指す建築の考え方。つまり、省エネルギー性能を高め、再生可能エネルギーの活用などによって、環境負荷を抑えた“地球にやさしい”建物を目指す手法だ。その中でも「ZEB Ready」認証は、高断熱や高効率設備の導入により、基準となる建物から50%以上の削減を達成した建物に与えられる。

今回、北海道でZEB Ready認証を取得したのは、2025年8月に開校予定の「中富良野町立 なかふらの学園」であり、義務教育段階の学校としては道内初の事例となる。新校舎には、エネルギー管理を支える中央監視システムが導入されており、基準に比べてエネルギー消費量を60%以上削減できる設計となっている。

「中央監視システム」の画面

中央監視システムは、内田洋行が提供する「Smart Building Integration」を採用しており、空調や照明、太陽光発電などを一元管理。教職員はスマートフォンでこれらの設備を遠隔操作できる。さらに、校舎内にはエネルギー使用状況を可視化する「エネルギーサイネージ」も設置され、環境教育の教材として活用できる。

スマートフォンで教室設備や体育館の遠隔操作が可能
校舎全体を“見て学ぶ”「エネルギーサイネージ」、環境学習教材として活用

新校舎に導入された中央監視システムでは、エネルギー使用量の把握にとどまらず、空調や照明の操作履歴をもとに、教室ごとの稼働状況や利用傾向をグラフや帳票で可視化できる仕組みが整えられている。今後は、児童生徒が集まりやすい場所のデータも計測対象に加え、設備の稼働状況と照らし合わせた分析を行うことで、校舎内の運用改善や用途変更につなげる方針だ。同町は、こうした継続的なデータ活用を通じて、「進化し続ける学校空間」の実現を目指す。

データ活用で教育環境の質を継続的に高めていく“進化し続ける学校空間”を実現

株式会社内田洋行 代表取締役社長 大久保 昇氏は「私たちは、学校の『建物』を変えることを通じて、その中で営まれる“学び”を変えていきたいと考えています」と述べた。

株式会社内田洋行 代表取締役社長 大久保 昇氏

ZEB Ready認証を受けた環境制御技術や中央監視システムの導入は、単なる省エネルギー化の手段ではなく、学びの質や子供たちの集中力・快適性を高めるための「教育空間の再設計」であると強調。「教育の未来は、ハードとソフト、両方からのアプローチによって支えられるべきです」と語った。

職員室のフリーアドレス化や不登校支援、柔軟な学びの場をつくる

なかふらの学園の校舎は、「心豊かに学び、明日のふるさとをともに創る人を育む」という中富良野町の教育理念に基づき設計された。校舎全体に北海道産の木材が多用され、木目調の温もりある空間が広がっている。ホームベースや多目的スペースには、木製のテーブルや椅子を配置したほか、可変式の教室や可動式の家具を取り入れ人口変動やさまざまな教育ニーズにも対応可能、50年先を見据えた柔軟な学びの場を創出しようとしている。

温かみのある木材を使用した「プレイコート」と開放的な「階段吹き抜け」

職員室には、フリーアドレス形式を導入。教科や学年の枠を越えた情報共有や協働を促進する空間を整備している。理科室や家庭科室などの特別教室も、授業数を考慮し、特定科目に限定しない活用も可能だという。

職員室(校務センター)のイメージ

さらに、校内には不登校の児童生徒を支援する教育支援センターを新設。子供たちが安心して過ごせる動線設計や目線の高さへの配慮が施されているほか、畳の小上がり、漫画コーナーといったリラックスできる要素が取り入れられており、「自分らしくいられる」居場所づくりを実現している。

不登校の児童生徒を支援する教育支援センター

理科室には、デジタル顕微鏡やサイエンスWebセンサーといった最新の実験機器が導入され、モニターやタブレットと連携した観察・記録・共有が可能に。子供たちは視覚的・体感的に科学現象を学ぶことができ、探究的な学びを支える空間として機能している。

理科室のイメージ

また、図書館においても先進的な取り組みが進められている。学校図書館と隣接する中富良野町図書館が連携し、共通の図書館システムを導入。ICタグによる貸出管理や蔵書の一元化が進められ、児童生徒がより自由に本に触れられる環境が整えられている。読書履歴や利用傾向のデータを活用することで、読書活動の活性化だけでなく、教職員の業務負担の軽減にもつながっている。

中富良野町教育委員会 教育課 課長補佐 三谷和生氏

中富良野町教育委員会 教育課 課長補佐の三谷和生氏は、「老朽化した校舎の改築を機に、未来の学びに必要な空間とは何かを町全体で議論してきた。校舎そのものが子供たちの学びを支える教材となるよう意識した」と語った。

中富良野町 企画課 参事 建築景観係長 高橋 純氏

同じく北海道中富良野町 企画課 参事 建築景観係長 高橋 純氏は、同校を「『地域に誇れる学校』として、単なる施設整備にとどまらず、町全体が一体となって教育環境の質を上げる取り組みに挑戦している。ZEB Ready認証を取得したこの新校舎が、これからの地域の未来、そして子供たちの学びの原点となってくれたらうれしい」と展望を述べた。

教室にAIアシスタントが常駐、Future Class Room×AIのデモ公開

一方で、記者会見の後半では、内田洋行が展開する次世代教室の取り組みとして「Future Class Room(フューチャークラスルーム)」における「AIアシスタント」のデモも紹介された。音声入力により、AIが自動でオンライン会議システムを起動し、リモート授業の配信準備を進める様子が紹介されたほか、出欠確認や教材の共有など、教員の業務を補助する一連のプロセスがスムーズに展開された。

音声で「AIアシスタント」を起動。主に、プレゼンテーション・グループワーク・Web会議・通常授業・カメラトラッキング(追尾)オフなど、5つのシーンで活躍

また、地理の授業を想定したGoogle Earthのデモでは、「北海道の中富良野町に行ってください」といった音声指示にAIが反応し、Google Earth上で指定の地域を表示。地形や建物の立体表示を利用して、視覚的に学ぶシーンを実演した。

音声の指示で、「Google Earth」を起動
「北海道中富良野町」を検索
株式会社内田洋行 ファシリティマネジメント推進課 矢島佳保里氏

デモを担当した、株式会社内田洋行 ファシリティマネジメント推進課の矢島佳保里氏は、AIアシスタントについて「教員のICT利用支援や、子供たちの学習促進を目的としたツールであり、将来的には教員が不在でもAIが一部の学習支援を行うことを想定している」と説明。「教育現場において、継続的に使える仕組みを構築していく」と強調した。

人口減少や校舎の老朽化、多様な学びへの対応といった課題に向き合い、「教育環境そのものを変える」挑戦に踏み出した中富良野町。全国には、同様の課題を抱える自治体が多く、同町の取り組みは有効な示唆をもたらす先行事例といえる。子供たちの多様な学びに応えるためには、ソフトとハードの両面から整える視点が、これからますます重要になるだろう。

本多 恵

フリーライター/編集者。コンシューマーやアプリを中心としたゲーム雑誌・WEB、育児系メディアでの執筆経験を持つ。プライベートでは幼稚園児&小学生の母。親目線&ゲーマー視点でインクルーシブ教育やエデュテインメントを中心に教育ICTの分野に取り組んでいく。