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高校生が学校のWebサイトを分析、「離脱は入試関連ページから」をどう改善するか?
関西学院千里国際高等学校とAdobeの「データサイエンス」カリキュラム実践事例レポート
2023年4月7日 06:45
高等学校の情報科が2022年度より再編され、必履修科目の「情報I」にプログラミングやデータサイエンスに関する内容が大きく盛り込まれた。とりわけ、データサイエンスについては実践事例が少なく、高等学校でどのような授業ができるのか、現場での試行錯誤が続いていることだろう。
そこで今回は、関西学院千里国際高等部の「データサイエンス」のカリキュラムと実践事例をレポートしたい。これは同校とアドビ株式会社と共同開発した、学校ウェブサイトのアクセスデータをもとに、生徒が課題を見つけ、デザイン改善の提案するという、35時間にもわたるプロジェクト型の学びだ。
データサイエンス×情報デザインの課題解決型プロジェクト
関西学院千里国際高等部は、無学年制と自由選択制の授業で自分の時間割を作るスタイルの学校。帰国生や留学する生徒でも無理なく学習を組み立てられるよう、学期ごとに完結する授業で単位の認定が行われている。このユニークな学習スタイルの中で今回設置されたのが「データサイエンス」の授業だ。
担当の情報科 ⻄出新也教諭は、「情報Iの位置づけで、『データの活用』と『コミュニケーションと情報デザイン』を組み合わせながら、情報IIを見据え、データサイエンスを扱っています」と説明する。生徒たちはウェブサイトの課題をAdobe Analyticsのデータから見つけた上で、仮説を立て、データを分析し、エビデンスをもとに改善提案をする。「アウトプットとして、Adobe XDで課題解決となる情報デザインを行いました」。
同授業で使われたAdobe XDは、ウェブサイトやアプリなどのデザインやプロトタイプ制作に使われるツールだ。さらに、今回ウェブサイトのアクセスデータ分析をするのにAdobe Analyticsが使われた。
ウェブサイトのアクセスログからは、ページごとのアクセス数はもちろん、ユーザーがどのページから見始めて、どのページに移動してどのページでサイトを離れたか、などの行動もわかる。Adobe Analyticsのような分析ツールを使うことで、ログをさまざまな軸で可視化することができる。ウェブサイト運営者が、現状把握やサイト改善のためにこうした分析ツールを活用するのは一般企業でも日常的に行われている。
授業ではアドビのデータサイエンスやデザインの専門家が、オンライン授業や学習用映像コンテンツを通じて指導。演習問題も提供して生徒たちの学びをリードした。KBO(Key Business Objectives)ツリーで目的を達成する戦略を整理し、データを分析して仮説を立て、統計的な分析で仮説を検証し、それをもとにデザインを考え直すという、ビジネスの世界でも実践されている本格的な内容だ。
データに基づくデザイン改善案をプレゼンテーション
こうして臨んだデザイン改善提案のプレゼンテーションでは、具体的かつ論理的な発表が多く見られた。あるチームは、入試関連情報のページからの離脱が多いことに注目し、閲覧デバイスとの関連性を分析。スマートフォンからの閲覧者の離脱率が高いことを導き出し、スマートフォン表示のデザイン改善を提案した。
具体的には、入試情報のページに、教育理念へのリンクや、学校生活の魅力が伝わる情報へのリンクを写真を豊富に使って追加するなどして、離脱を防ぐ。さらに、一番アクセスが多く、かつ離脱率も高いのがホームであることを指摘。「私たちの学校の魅力のひとつである“Two Schools Together”をわかりやすくした図や、“5 Respects”というモットーをのせることで、ホームページに訪問してくれた人たちに、千里国際の魅力を伝えられるようにしました」と説明した。
別のチームは、「一般生・国際生入試」と「帰国生・海外生入試」のページの初回訪問数と、再訪数を比較し、「帰国生・海外生入試」ページの再訪数が多いことに注目。さらに、それぞれのページの訪問者数の月別推移に違いがあることや、国別の訪問者数のデータも概観し、帰国生にも同校の魅力をわかりやすく伝えられるよう改善することを提案した。
まず、ウェブサイトの上部ナビゲーションの名称が「選ぶ」など抽象的だったものを、「入試情報・支援」など具体的な表現にして、わかりやすさを追求。そして、それぞれの説明ページは学校生活をイメージしやすいよう写真と文字をバランス良く配置し、さらにホームには学校の特徴を伝える情報を追加することを提案した。Adobe XDでプロトタイプを作成して、実際のサイトのようにリンクをたどってデザインを見せる工夫をしたので、プレゼンテーションの説得力が高まった。
いずれのチームも、単に発想や直感を頼りにアイデアを出すというのではなく、思い込みを捨て、データから導いたエビデンスを根拠にデザイン改善をするという手順を追ってプロジェクトを進めてきたことがよく伝わってきた。
授業の終わり、西出教諭は、生徒たちがエビデンス・ベースドで考える視点を身につけてきたことを評価し、「KKDといって『勘(K)、経験(K)、度胸(D)』でやってきた時代もありましたが、皆さんは新しいKKD、『仮説(K)、検証(K)、データサイエンス(D)』の視点を身に付けました。どちらの視点も大切で、大きな力になります」とまとめた。
身近でリアルなデータ分析を通じて、生徒の見方が変化
今回の授業は、自校のウェブサイトのアクセスログというライブ感のあるデータを扱ったことに大きな特徴がある。西出教諭は、「今までもデータの活用の授業では社会的な統計データをもとに相関分析をしていました。ただ、あまり自分ごとに感じられないようなデータなので、分析をして、あぁなるほど……というところで終わっていました。今回学校のウェブサイトのアクセス解析をしたことは非常に価値がありました」と振り返る。
身近なデータを扱ったことで、生徒もリアルな感覚で取り組めたようだ。「生徒たちはあまり自分たちの学校のサイトを見ていなかったようですが、今回分析をしたことで、興味を持ち、ここがおかしい、ここは人気がないとか、なんでこんなふうにしているのか、というような、批判的な目を新たに持てるようになりました。それが非常に有益だったと思います」(西出教諭)。
生徒の話からは、ふだん何気なく利用しているウェブサイトの見方が変わったという声があった。「このサイトを作っている人の目的は何なのか、ということが気になるようになりました。このサイトはこういう目的で作られているから、こういう配置で作られているのかな、と気づくようになりました」と話す生徒の言葉からは、授業を通して世の中の見え方が少し変わり、視野を広げるきかっけとなったことが伝わってくる。
ビジネスに興味がある生徒にとっても、デザインに興味がある生徒にとっても、それぞれ学びどころの大きい授業となったようだ。
限られた授業時間、情報科のジレンマ
今回の授業のように、情報科の学びをビジネス同様の手法で組み立てるというのは、やり方次第で教科横断的な要素も広がり、様々な可能性がありそうだ。リアルなウェブアクセスデータという素材と、デザインという成果物で授業を構成したのは、クリエイティブとウェブマーケティング両方の専門領域を持っているアドビだからこその発想とアプローチで非常に面白い。
ただし、高等学校の情報科の内容の再編により、「情報I」の内容は多岐にわたった一方で、時間数は年間70時間と限られている。今回の「データサイエンス」の授業は35時間だが、情報Iの教科書の目次レベルで見るなら、カバーできているのは一部だ。「35時間でもまだ足りません。そもそも情報Iの学習は70時間では全く足りません。最低でも倍は必要です」と西出教諭は言う。
2025年度大学入学共通テストから、情報が試験科目として加わる。試験のサンプル問題が示すような教科の理解の深度に到達させることと、今回のような社会の事象に沿った体験的な学びを実現することとのバランスを、限られた授業時数の中でどのように取るのかということは、現場の先生にとってはジレンマなのではないかと想像する。
そのようなジレンマの中で、今回の関西学院千里国際高等部の実践は、リアルなデータを用いて生徒たちが改善案を発表する姿に学びの可能性を十分に感じさせられた。データを根拠にものごとを考え、デザインを論理的な視点で見るという経験はとても貴重だ。データサイエンスの面白さに触れる学びを、多くの高校生が味わえることを願っている。