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iPad採用自治体が語る、教員主導の授業を変えていく実践と課題

「第5回 iPad User's Salon in Kansai」レポート

GIGA第2期に差し掛かった今も、学校現場でICT活用が広がらないという課題を抱えている自治体が多い。そこで、比較的ICT活用率が高いと言われているiPadを採用した自治体の取り組みを紹介する。

2024年7月27日に大阪で開催されたイベント「第5回 iPad User's Salon in Kansai」では、兵庫県伊丹市、大阪府東大阪市、滋賀県長浜市の3自治体の教育委員会担当者が登壇しそれぞれの取り組みについて語った。これらの自治体では、どのような授業改善に取り組み、現在はどのような課題を抱えているのだろうか。


95%の中学生が「週3」でiPadを利用~兵庫県伊丹市

伊丹市教育委員会 総合教育センター 指導主事 松本 唯氏

「iPadの活用率が高いのは圧倒的な使いやすさにある」と語るのは、伊丹市教育委員会 総合教育センター 指導主事 松本 唯氏だ。伊丹市では2019年に各校40台のiPadが整備され、その後GIGAスクール構想により1人1台体制になり、活用を重ねてきた。

2024年2月に実施した児童生徒へのアンケートでは、「週3回以上使用する」と答えた割合が小学生で「78.7%」、中学生で「95.5%」という結果になり、活用が広がっていることがわかる。

2024年2月に児童生徒にアンケート調査した結果

松本氏はiPadの使いやすさを「いつでも使える」「誰でも使える」「何にでも使える」と3つ示し、これが高い利用率を支えていると分析した。例えば低学年でも直感的な画面操作で、写真を撮って見せ合うなどの活動が簡単にできる。また持ち運びしやすい機動力、映像のクオリティ、教育活動に応じてアプリが追加しやすい点も魅力だという。

iPadの使いやすさを3つに分類

iPadの活用については、比較的一斉授業の多い中学校でも、グループ活動でiPadを使ったり、まとめをするときに生徒がノートやiPadなど好きな手段を選ぶ姿も見られるようになってきた。ICT活用を通して個別最適な学び、協働的な学びの姿に一歩ずつ近づいているところだ。また、小学校では国内や海外の学校とオンラインで交流する授業をした例もあり、学びに広がりが生まれている。松本氏は、「日常的に使うのは定着してきたが、より効果的な使い方を広げていきたい」と語る。

一方で、情報モラルの向上や自分で正しい使い方を判断できる力を育てるのが課題だという。ほかにも、先生が「iPadを机の上に出しましょう」と指示をしてから使うような姿がまだまだ多く、児童生徒が自分の学びやすさに応じて使う姿を目指している。児童生徒間の意見交換に使うことも今以上に増やしていきたい考えだ。


児童生徒も教員も変化、iPadによる「創造し、表現する学び」〜東大阪市

東大阪市教育委員会 小中一貫教育推進室 室次長 谷口理志氏

74校もの公立小・中学校が存在する東大阪市も、GIGAスクール構想に合わせてiPadを採用し、導入初年度から積極的な活用を推し進めてきた自治体だ。

東大阪市教育委員会 小中一貫教育推進室 室次長 谷口理志氏は、2023年度に実施した児童生徒のアンケートを示し、iPadを授業で「毎日使っている」と答えた割合が82%となったことを紹介した。なかでも、「共同編集や自分の考えを発表したり伝え合う用途で『よく使う』と回答する割合が年を追うごとに上がっている」と説明し、アウトプットが多い授業へと変わってきていることを示した。

これについて谷口氏は、市としてのICT活用方針を伝えた上で、「とにかく触る、失敗してもいいからいろいろ触ってみようと言い続けてきた。これが大事だったのではないかと思う」と振り返る。

2023年度に実施した児童生徒へのアンケート結果

こうした授業の変化を支えているのが、東大阪市が掲げるICT活用の3つの基本方針だ。そのうちのひとつ、「ICTを用いて創造し、表現する学び」は、特にiPadの諸機能との親和性が高く同市の特徴でもある。

東大阪市のICT活用基本方針

この「創造し、表現する学び」では、子供たちに表現手段を委ね、試行錯誤しながらアイデアを形にする力を育むことを目指している。こうした学びの設計に、iPadの諸機能は最適なのだ。

例として谷口氏は、中学校で「小学生向けの科学雑誌の編集者になったつもりで1ページ作成してみる」という課題に取り組んだ例や、小学校で「日本が好きなALTの先生に日本の文化を紹介する」という活動をした事例をあげた。いずれの課題も児童生徒が自分で考えたアイデアを形する活動で、多様な表現が可能なiPadがツールとして生かされている。

「ICTを用いて創造し、表現する学び」を東大阪市ではこのように定義している

なお、東大阪市教育センターで「創造し、表現する学び」の教育的効果を検証したところ、この学びを実施すると、児童生徒の「教科等学習の興味関心」と「主体的に学習に取り組む態度」がどちらも向上することがわかった。

東大阪市教育センターで2022年度、2023年度で調査研究を行ったうち、「主体的に学習に取り組む態度」について検証した2023年度の児童生徒アンケート結果。学習後は「粘り強さ」「自己調整」に関する設問を肯定する割合がはっきりと上がっている

変化したのは児童生徒だけではない。「創造し、表現する学び」を実践した教員の意識も変わった。教員からは、子供たちが自ら「こうしたい」「もっと良くしたい」と取り組む姿に驚いたという声や、「主導権を子供に託すと、(教員が)思わなかったような広がりが出て、子供たちの発想の面白さに学ぶこともある」という声が上がっているという。教員主導の授業が変わってきていることがわかる。


iPadを生かして子供が主語となる授業づくり〜滋賀県長浜市

長浜市教育委員会 教育改革推進室 主幹 前田顕吾氏

滋賀県長浜市も、教員主導の授業から「子供が主語となる授業づくり」へのシフトをめざしている。

長浜市教育委員会 教育改革推進室 主幹 前田顕吾氏は、「市全体で同じ方向を向くために学習課程のサイクルを定義した『長浜スタイル』を掲げている」と話す。その内容は、児童生徒が自分で課題を発見し、見通しを持って解決に向かい、さらに協働的に考え、振り返るというもの。教員は、この学習サイクルの中で、個々に応じた支援を行うことを目指している。

アナログとデジタルを組み合わせた「長浜スタイル」

この「長浜スタイル」の実現に欠かせないのがiPadだ。同市では、児童生徒がiPadを文房具として当たり前に使えるよう「iPad活用ハンドブック」を作成。これには、学年別に身に付けるべき情報活用能力が記され、教員用にはよく使うアプリの利用方法などもまとめられている。ほかにも、長浜スタイルを各校の校内研究のテーマにするなど授業改善を進める体制に力を入れている。

教員用と児童生徒用のiPad活用ハンドブックを用意

長浜スタイルを体現する実践例が、小中一貫の義務教育学校である長浜市立余呉小中学校の「よごふるさと科」だ。余呉の地域を深く知り、その課題を見つけて解決につなげる探究学習で、9年間をかけて段階的に実施する。中でも8、9年生(中学2、3年生)は、「よごを楽しむプロジェクト」として、個々にテーマを決めて2年かけてプロジェクトに取り組んでいる。

「よごふるさと科」の概要。9年間を3つのステージに分けて段階的に取り組む

例えば「余呉の野菜をもっと使おう!」をテーマに、野菜を使った草木染めに挑戦して手ぬぐいを制作し発表会で販売したり、オリジナルの動画を制作して地域のPRにつなげたりと、クリエイティブなプロジェクトがいくつも生まれた。

前田氏は「いずれの実践も、教員が指示を出すのではなくサポート役に徹していて、生徒が自らICTを活用して試行錯誤しながら学んでいる」と話す。プロジェクトの記録やプレゼンテーションの作成、動画制作など全てにiPadが活躍していて、ICTが「子供が主語」の学びを支えている様子が伝わってきた。


創造性を発揮できるiPad、見栄えに左右されない評価基準が大事

セミナーの最後には、3自治体の登壇者によるパネルディスカッションとなった。モデレーターは、一般社団法人iOSコンソーシアム 代表理事の野本竜哉氏が務めた。

左からiOSコンソーシアム 野本氏、長浜市の前田氏、伊丹市の松本氏、東大阪市の谷口氏
「iPadは創造性を発揮しやすい」(前田氏)

初めに野本氏がiPadのメリットと課題について聞くと、前田氏(長浜市)は、iPadが子供たちの発想を豊かに創造性を引き出すことをメリットに挙げた。アプリが豊富なこともポイントで、「動画アプリだけでもアップル社のiMovieに加え、ほかにもさまざまなアプリがあり、子供が自分の意志で好きなアプリを選べるところがいい」と評価する。

「見栄えだけに左右されない評価基準を持つことが大切」(谷口氏)

谷口氏(東大阪市)も同様に、創造性が発揮しやすい点や直感的な操作ができることをiPadのメリットに挙げた。一方で「iPadでは簡単に格好いいものが作れるので、評価の際には見栄えに左右されない評価基準を持つことが課題だと感じている」という。

また、会場からの質問で、「iPadの活用や授業スタイルの転換などに積極的な先生ばかりではない中、どのような推進の工夫をしているのか」と問われると、それぞれ苦労していることが明かされた。

指導主事が担当校を決めて授業案作成から関わったり、文部科学者のDXアドバイザーを招いて悉皆(しっかい)研修を行ったりしているという長浜市の例もあれば、東大阪市では、ICT活用を含むすべての教育活動の推進にあたり、「探究と対話」「トライ&エラー」をキーワードに、「積極的に対話しよう」「失敗してもいいからとりあえずやってみよう」というメッセージを繰り返し伝え、取り組みやすい環境づくりに力を入れている。

「世代間で感覚差があるため、教員間の対話が重要」(松本氏)

松本氏(伊丹市)は、教員の世代間の感覚差に触れ、「若い世代も独自にさまざまなアイデアを持っているので、長い経験を元に『こうしたらいい』と言うだけでは伝わらない」と指摘し、教員間の対話の重要性に触れた。谷口氏(東大阪市)も「教員同士が指導観や教育観を議論していくことが大事」と語り、ICT活用を通して学び方・教え方が変わっている今だからこそ、教員同士の対話が求められていることが共有された。

他にもさまざまな話が出る中で、いずれの市も教育委員会として活用推進を工夫する裏には苦労があることや、良い事例がある一方でなかなか市内全域に浸透させるのは難しいという悩みも抱えている様子が垣間見えた。


絵本にカメラをかざすと書評が出現!ARコンテンツづくり

一般社団法人 国際エデュテイメント代表理事の森 俊介氏

セミナーでは、アップル社の「Reality Composer」というアプリを使い、手軽にARコンテンツをつくるハンズオンセッションも行われた。担当したのは、一般社団法人 国際エデュテイメント代表理事の森 俊介氏。

ARとは、現実世界にデジタルの情報を付加できる技術で、今回は絵本の表紙にカメラをかざすと、その周りにKeynoteで作成した絵本の書評が現れるARコンテンツを作成する。

Keynoteで絵本の書評を作り、カメラでその絵本の表紙を写すと周りに書評が現れるというARコンテンツを作成

ARはカメラで写した画面越しとはいえ、現実の世界に自分で作ったオブジェクトを出現させることができるので、インパクトが大きい。またReality Composerを使うことで、Keynoteで作成したオブジェクトや情報が表示できるのも応用しやすい。

うまくいったグループからは「おぉっ」と喜ぶ声が上がり、「図書室の本で同じことができれば、子供たちも面白がるかもしれない」といったアイデアが参加者の中で語られていた。

アプリで設定した立体物が、カメラで写した画面越しに現実の風景と一体化して現れる
Keynoteで作ったテンプレートをARコンテンツとして使うことができる

3自治体の活用の方向性や事例、それにARという普段試す機会のあまりないテクノロジーにも触れ、iPadの可能性や教育との親和性を改めて感じられる時間となった。どの自治体の登壇者も「iPadだからこそできる」という安心感や愛着を持っていたのが印象的で、教員主導の授業を変えていくためには、児童生徒が自分の考えを表現し創造性を発揮する学習活動が欠かせないことを実感できたイベントであった。