トピック
三菱が選んだ探究プログラム、教育の力が若い世代の“心のエンジン”を駆動する
――「みらい育成アワード2023~知見、実践、その想いを分かち合う~」レポート
- 提供:
- 一般財団法人 三菱みらい育成財団
2023年11月1日 06:45
15歳から20歳の若い世代に対し、人材育成を目的とした助成事業を行う一般財団法人三菱みらい育成財団(以下、三菱みらい育成財団)。同事業は、探究学習を軸に若い世代の学びたい意欲を刺激し、未来を切り開く次世代の人材育成をテーマにした教育プログラムに対して、三菱グループ各社が10年間で総事業費100億円を拠出し、助成している。
本事業は2022年度で3年目を迎え、高校で実施される探究学習を中心にさまざまな好事例が生まれている。どのような教育プログラムが実施されているのか、2023年9月24日に開催された、優れた採択プログラムを称える表彰式「みらい育成アワード2023~知見、実践、その想いを分かち合う~」の様子をレポートする。
グランプリ受賞団体が語る、若者の“心のエンジン”を駆動するプログラム
三菱みらい育成財団は、若い世代が自由な発想を持って革新をもたらす人材へと成長するためには、若者の“心のエンジン”を駆動する教育プログラムが必要であるとして、探究学習を重視。5つのカテゴリーで助成事業を展開し、2022年度は総応募件数235件の中から74のプログラムが採択されている。
今回はその中から、高等学校における探究学習を対象にしたカテゴリー1より第1地区(東日本)と第2地区(西日本)で1校ずつ、さらにカテゴリー2~4を合わせて5団体のグランプリと、カテゴリー5から「三菱みらい育成賞」1団体が選出された。
当日はグランプリを受賞した5団体が、活動で得られた知見や想いを共有するために受賞プレゼンテーションを披露。いずれの取り組みも、若者の心のエンジンを刺激する充実したプログラムであるほか、多様な関係者やネットワークを築いているのが特長だ。今後においても若者の未来や教育課題の解決に期待を持てるものばかりだった。
【カテゴリー1 第1地区グランプリ】新渡戸文化高等学校
言語化を重視した独自のワークシートを開発、心が震える体験から始める
教科横断型の学校設定科目「クロスカリキュラム」や生徒が自ら旅を企画する「スタディツアー」を通して、日々の授業と社会課題を結ぶ探究学習を実施する新渡戸文化高等学校。
同校の高橋正明氏は、「最初からテーマを決められる生徒ばかりではなく、言語化に時間かかる」と語る。そこで同校では、アメリカ・カリフォルニア州サンディエゴにある公立校ハイテックハイ(High Tech High)のプロジェクト型学習で使われている資料を参考にワークシートを作成。「Nitobe Project Design Map」は、自らのプロジェクトを言語化する活動に用いられている。
具体的には、生徒たちは、自分の好きなことや心が震えた思いを見つめ直すところから始め、興味ある社会課題へとつなげ、解決したいテーマに合ったスタディツアーへと発展させていく。高橋氏は「心が震える体験は、プロジェクト創出につながる」と手応えを実感しているという。
【カテゴリー1 第2地区グランプリ】神戸市立葺合高等学校
探究から実践へ、自分の事として捉えられる学習のために必要なもの
長年SGH やWWL(ワールド・ワイド・ラーニング)での実績を持つ神戸市立葺合高等学校。「探究から実践へ」をビジョンに掲げ、伸ばしたい12の力を設定し、生徒がいかに自分の事として捉えられるかどうかの部分を重視して活動を行った。
具体的には、学際的な学びを取り入れたカリキュラム開発、他の教育機関と連携する学びのネットワークの構築、他校と行う協働グローバル創造活動という3本柱を軸に、高校生国際会議の主催や、神戸市との「ヤングケアラーの啓発動画」の作成など、学内外での実践を積み上げてきた。
同校の竹中 淳氏は「探究を発展させるのに欠かせない外部講師を招く際の費用面が課題であったが、自走する力を支援してくれたのが三菱みらい財団だった」と振り返る。
【カテゴリー2 グランプリ】株式会社教育と探求社
教科の学習に対する興味・関心を広げ、探究へと発展させる
株式会社教育と探求社が着目したのは、生徒が学校で最も長い時間を過ごす教科の授業。同社の平岡和樹氏は、「総合的な探究の時間に注目が集まる一方で、教科学習では知識詰め込み型の授業が多く見られる。教科の授業に探究を取り入れてワクワクするものになれば、生徒は新しい問いに出会えるのではないか」、そんな課題感からこのプロジェクトが始まったことを語った。
同社が開発したカードゲーム「Question X」は、自ら問いをつくり、問いを持って生きることの面白さを体感できるプログラム。平岡氏は「問いを起点として、生徒の学びに対する心のエンジンを駆動させることは可能だ」と語り、実際に「人と天気」というテーマに取り組んだ生徒が、古文の先生からアドバイスを受けたことで古文への興味が広がったエピソードを紹介した。
【カテゴリー3 グランプリ】国立大学法人京都大学
国際機関で働きたい夢を叶える。若者が夢を諦めないために……
アントレプレナー人材の育成に取り組む京都大学は、高校生および大学1、2年生を対象に「国際開発プランニングコンテスト」と「衣食住の技術と美」の2コースを実施した。
国際開発プランニングコンテストは、途上国が抱える開発課題の解決をめざすコンテスト。「国連などの国際機関で働きたいという夢を抱いても、どうすればその職業に就けるのか、どんなスキルが必要なのか、情報やつながりが得られないまま卒業を迎える生徒が多い」という問題意識から生まれた。参加者は2泊3日の合宿やリモート留学を行い、国際機関で働く大人や同じ夢を持つ仲間とプロジェクトに取り組んだという。
また、衣食住の技術と美では、京都の衣食住の美を再提案するワークショップを実施。プロのアーティストやエンジニアの指導を受け、ニューヨークのギャラリーで展示を行った。
【カテゴリー4 グランプリ】学校法人早稲田大学スポーツ科学学術院
専門知を生かしたアカデミックスキルズ体得のプログラムを、組織的な取り組みへ発展
早稲田大学スポーツ科学学術院が実施したのは、自然科学・人文社会科学領域にわたる社会課題を「共有し、考え、伝え、発信する」アカデミックスキルズを実践・体得するための教育プログラム。
同大学の林 直亨教授は「アカデミックスキルズは言語活動の基礎的スキルであるが、学生も教員も専門領域を重要視しがちである。スポーツ専攻で多様な学生が集まっているからこそ、初年次教養教育でアカデミックスキルズを体得してほしい」と語る。
そこで、スポーツという専門知を生かし、スポーツに関連する現代的な課題を扱うことで学生の興味を引きつけ、対話、ライティング、ピアレビュー、プレゼンテーションを取り入れたプログラムを実施。1学年400名に対して行った実践を、複数の教員を巻き込み組織的な取り組みへと発展させている。
探究を学校の風土に、リエントリー団体が語るプログラム継続の秘訣
後半は、2020年度に採択され、3年の助成期間が満了したプログラムを再採択する「リエントリー」で選ばれた4団体がパネルディスカッションに登壇した。テーマは、「教育活動のサステナビリティを考える」。助成終了後も取り組みを発展し、続けていくためには何が必要なのか、意見が交わされた。
モデレーターを務めた京都大学の塩瀬 隆之氏は、助成が取り組みの追い風になり、活動が広がっていくことは望ましいことであるが、学校として自走できるかどうかも重要であると指摘。「リエントリーに採択されなかった場合、取り組みはなくなっていたのか。どのように対応していたのか、正直な部分を聞いてみたい」と切り出した。
長崎県立長崎東中学校・高等学校 鳥居正洋氏は、そうした状況も想定して同窓会費や公費から財源を確保する案を検討していたと語る。また、「最も予算がかかる海外のフィールドワークについては、目的を達成できる範囲で行先を変えるという案も考えていた」という。
東京都立八王子東高等学校 島津 聡氏は、鳥居氏と同様、「公費への移行を徐々に始めている」と話す。一方で、継続性のためには、企業のCSRプログラムとの連携や年度単位での公費の予算計画が重要だと指摘。三菱みらい育成財団の助成はスピード感と自由度の点において、柔軟に活用できたことが大きな利点だったと述べた。
また島津氏と鳥居氏の両氏は、公立学校におけるプログラム継続の阻害要因として、資金面以外に人事異動も大きな課題である話す。その対策として両校では、教科や学年を超えた探究専門の分掌を校内に設置していると説明。学校全体で授業計画を立て共有することで、探究を受け持つ教員が各学年に残るような仕組みを構築していると語った。
高校生にイノベーション教育を提供する一般社団法人i.club 小川 悠氏は、第3者の立場からプロジェクトの継続性について、「人事異動で担当者がいなくなった場合にも、協力関係にある教育事業者が”外部ストレージ”となって学校の取り組みを支えることができるだろう」と語る。学校以外の団体においても、継続性を維持できるような仕組みづくりが可能であることを強調した。
会場からは、「プロジェクトがリエントリーとして採択されるために、何を新しく追加したのか」と質問があった。筑波大学 今清水 真理氏は、高校生を対象とした科学教育プログラム「GFEST」において、小中学生も参加できる共同イベントを企画したことを説明。異年齢の児童生徒が交わるプログラムに発展させることで高校生自身にも自己有用感が生まれる環境を築けることや、参加した児童生徒にとってもロールモデルを知る学びの場になることをアピールしたと語った。
最後は、助成によって発展した探究学習の取り組みを「学校の風土、文化にしていくことが大切だ」という話が繰り広げられた。授業に限らず、部活動や行事、学校全体の活動を通して生徒の学びたい意見を尊重し、時に教員が生徒から教わる立場になることで、生徒の主体性を育みながら良い学びに発展させていくことが大事だと語り合った。
高校の探究で教員に最も求められるのは、生徒を信じて待つこと
最後に、カテゴリー1でグランプリを受賞した新渡戸文化高校の高橋氏、葺合高等学校の竹中氏に、助成活動を通して感じた生徒の成長と変容について話を聞いてみた。
竹中氏は今回の探究プログラムを通して、「生徒の中に普遍的正義感が息づいていることが印象的だった」と語る。探究学習によって誰かの役に立ちたいという意識を感化させ、なかにはソーシャルビジネスで世界に貢献したいと大学入試の志望理由に書いた生徒もいたという。探究で得た学びが進路にもつながり、まさに心のエンジンを駆動したエピソードだといえる。
高橋氏は「プロジェクトを自分の中でどう落とし込んで、どのようにカタチにするのか。生徒たち全員が言語化できたことが、一番の成果だった」と語った。生徒が問いを言語化するまでの過程を見守り、思いがあふれ出る瞬間を待つことにむずかしさはあったが、結果として、言語化して行動に移せたことで、総合型選抜の結果につながる生徒も出ていると話す。
一方で、両氏共に探究学習を完成させることがゴールではないと指摘。「言語化できないときも、生徒の中に経験や気づき、学びが積もっていると信じて待つことが大事」と語り、そこに教育者が関わる価値があると語ってくれた。
今年で4期目を迎えた三菱みらい育成財団の助成事業。このプロジェクトに選ばれたことをきっかけに、探究学習や学習の幅を広げた団体は多く、本気で若者の「心のエンジン」を駆動させようと熱い教育関係者たちが集まっていることも感じられた。こうした交流の場で教育者同士が語り合うことで、新たな学びのチャレンジが生まれるだろう。
ほかにも、三菱みらい育成財団では助成事業に加えて、女子高生の理系人材育成プロジェクト「理系 BLOSSOM」にも力をいれており、日本の未来で活躍できる人材育成を支援している。10代で自分が熱くなれる学びを経験した若者が、自由に大きく社会で羽ばたいてくれる日を願っている。