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ネット回線増強だけでは妨げない、学校のネットワークを圧迫する「見えない敵」とは?

1人1台端末によって教育のデジタル化が進み、学校ではインターネットを介して教材などを利用するようになった。

デジタル化が進むとともに問題となってきたのが、ネットワークの遅延やつながらないという接続不良の問題である。こうした状況を受け、文部科学省では、現在のGIGAスクール構想第2期にあわせ、各校のネットワーク環境のアセスメント(調査)の必要性を呼びかけ、2024年度の補正予算に盛り込んでいる。

しかし、「ネットワークの回線増強など整備をしても、どんどん通信が逼迫している」と指摘するのは、教育現場のIT事情に詳しいX氏である。X氏は、教育機関のIT担当や校務支援サービスの開発・製品導入などに携わった経歴を持つ。現在、学校のネットワーク回線で見えない問題は何か、X氏に匿名で語ってもらった。

「細い水道管」が大量の通信で溢れてしまう

学校からインターネットに接続するアクセス回線については、文部科学省が学校規模ごとに「これだけの回線が必要」とする推奨帯域を発表している。

しかし、文部科学省が実施した調査では、約8割の学校が推奨帯域を満たしていないことが明らかになっている。特に、大規模校になるほど、人数が多い分、通信環境が悪くなる傾向があるという。

当面の推奨帯域を満たす学校数(出典:文部科学省「学校のネットワークの現状について 令和6年4月」)

そこで文部科学省では、各校のネットワーク環境についてアセスメント(調査)を実施し、その調査結果を公開している。それによると、「ログインに時間がかかり、授業開始が遅れる」「全校生徒が一斉に端末を利用するとネットワークに接続しにくくなる」「動画視聴時に、映像の乱れが発生したり、スムーズに再生できない」など、同時利用での問題が発生していることがわかる。

「例えていうと、水道管が細いので、そこに大量の通信が流れ込むと溢れてしまう」とX氏は説明する。さらに、今後はデジタル教科書やデジタル教材の利用頻度も増えたり、探究学習を本格的に進めたりと、ネットワークの利用量がますます増える傾向にある。

X氏が指摘する問題点は、コンテンツの量と回線の兼ね合いだ。「いま文部科学省でデジタル教科書などデジタル教材をいろいろ導入しようとしています。でもそれって、当たり前ですが通信が発生します」と同氏は言う。

さらに、東京都議会の議事録(令和七年東京都議会会議録第三号)を引用し、ここでもデジタルを利用した教育とネットワーク環境の問題が取り上げられていると示して、「こうしたネットワークの問題が何年たっても放置されている」と憤慨する。

GIGAスクール構想によって(略)今後も加速度的にデジタルを利用した教育が進むことが見込まれます。一方で、いまだにネットにつながりにくい学校や教室があることも耳にしています。こうした環境は、子供の良質な学習機会を毀損することになるため、早急な改善が必要です。

令和七年東京都議会会議録第三号(小松大祐)〔速報版〕

リッチな広告がネットワーク回線を逼迫

そのX氏による提言は「水道管が細いなら細いなりに、やれることをみんなで考えなくてはいけない」ということだ。

なかでも、同氏が問題視しているのは、リッチ広告の表示である。

「Yahoo! Japanにアクセスすると、大量に広告が表示されますし、そこから別のサイトに移ると広告の嵐となり、動画の広告なども出てきます。学校のネットワーク回線がただでさえ細いのに、広告に逼迫させられている課題があります」(X氏)。

一例として、探究学習の中でインターネットの情報を検索して調査する場面を挙げた。「キーワードで検索して、まとめサイトがヒットすると、動画広告がすごく多い。すると、1ページを開くだけで、大量の通信が発生してしまう。それが複数のクラスで同時に行われるので、通信環境が悪いと、全然読み込めない」とX氏は言う。

ほかにも同氏によると、そもそも教科書会社によるデジタル教科書は、コンテンツがリッチすぎるという。「紙の教科書をめくるときのギミックを再現していて、それだけで相応のデータ通信が発生しています。それが1クラス分の人数になると、無視できない通信量になります」と同氏。

このように学校のネットワークが混雑し、授業で一斉にアクセスしたときに使えないことも意外と発生しているとX氏は説明する。そのためにネットワークを増強するにしても、インターネットへのアクセス回線だけでなく、Wi-Fiアクセスポイントやスイッチなどの校内ネットワークも増強する必要がある。「特に大規模校で顕著に発生するんですが、大規模校になるほどネットワーク規模も大きくなるので、自前でネットワークを構築できない、ということが起きています」とX氏は語る。

これによって実は、授業でモバイル回線に頼るということもしばしばある、とX氏は言う。「ただし、今度はモバイル回線で、イベント会場のような通信が毎日発生するんです。そこで学校に特別に5Gの基地局を作ったりするんですが、それすら対応の限界を迎えることがあるんです」と明かす。

DNS型広告ブロックで通信量を削減

この問題への対策として、X氏が提案するのが、広告ブロックだ。大量の通信が発生するリッチな広告をブロックし、本来の目的であるテキストなどのコンテンツだけを表示することで、ネットワーク回線の通信量をおさえるというわけだ。

中でも、個々の端末での設定がほぼ不要な、DNS型の広告ブロックをX氏は勧める。アクセス先のサーバー名(ドメイン名)を見て判断し、アクセスを遮断するというものだ。

この仕組みは広告ブロックのほか、マルウェアやフィッシング、危険サイト、アダルトサイトなどのブロックにも利用されている。ただし、DNS型のブロックでは対象とするサーバー名を列挙して設定する必要があることもあって、学校では広告ブロックには導入されていない、とX氏は説明する。

具体的な、DNS型広告ブロックの機能を持つ製品としては、「Cisco Umbrella」をX氏は紹介した。大手ネットワーク機器ベンダーであるCiscoによるサービスだ。

本体はクラウド上で動作するため、学校側に追加設備は必要ない。端末に「Cisco Umbrellaローミングクライアント」をインストールしておくと、あとは端末からのインターネットアクセス時に、Umbrellaがブロックする対象かどうかを判断してくれる。広告をブロックするには、このクラウド上のUmbrellaの設定で、広告ブロックを有効にしておけばよい。

もう1つX氏が紹介したのが、「AdGuard DNS」だ。もともとWebブラウザーで動く「AdGuard」という製品があり、これを元に学校教育機関などを想定してDNS型広告ブロックの機能を持つサービスにしたものだ。「MDM(モバイルデバイス管理)と連携すると、端末で設定することなく、ブロックしてくれます」とX氏は説明する。

X氏は特別に、休日の学校、つまり教員によるネットワークアクセスの分野別の通信量のデータも見せてくれた。中でも目を引くのがニュースサイトで、合計14GBに達していた。「文字媒体に画像が入っているぐらいなのでデータ量はそこまで多くないはずですが、そこに動画などの広告が入って、これだけの通信量になっています。生徒がいなくてこの量なので、生徒が登校する日はネットワークが詰まることになりますよね」とX氏。「広告をブロックすることによって、教育業界のネットワーク問題を改善できる、そのことを伝えていきたい」と語った。

高橋正和