レポート

トピック

子どもたちの学びはどう変わった?1人1台端末がもたらす主体的に学ぶ授業とは?

子供たちがPCやタブレットを使って学ぶようになり、学校や教育の現場は大きく変化しています。しかし、多くの保護者にとって、学校で何がどのように変わっているのか、見えにくいのが現状です。そこで、小学生の子を持ち、教育現場におけるICTの活用を20年以上追い続けてきた筆者が、学校現場や教育の現状について5回にわたってお届けします。
姫路市立豊富小中学校の研究発表会にて

 第1回目は、姫路市の学校で開催された研究発表会の様子をレポートします。GIGAスクール構想から早いところでは5年が経過、学校の授業もずいぶん変わってきています。保護者の中には「タブレットは持って帰ってくるけど、学校で何をしているのわからない」「うちの地域はタブレットが使われてなくて、よくわからない」という方も多いと思いますが、1人1台端末が導入されて、多くの学校で新しい授業に変えていく取り組みが行われています。

Chromebookを活用する姫路市立豊富小中学校へ

 今回取材したのは、2024年10月に姫路市立豊富小中学校で開催された研究発表会。同校は、令和2年に市立豊富小学校と市立豊富中学校が統合した義務教育学校で、地元では「蔭山の里学院」という名称で親しまれています。GIGAスクール構想やコロナ前の2019年から1人1台端末の活用に取り組んでおり、姫路市内の中でもICT活用を牽引してきた学校です。

「課題対応能力」の育成に力を入れる豊富小中学校。変化の激しい社会で自己実現できる人材育成を教育目標に掲げる

 同校で使われているのは、姫路市が採用したChromebook。当日は、小中学校合わせて6つの教室で授業が公開されており、どれもChromebookを活用した授業が行われていました。

 筆者は、数ある授業の中から、9年生(中学3年生)の音楽の授業を見学することに。中学3年生といえば、ちょうどGIGAスクール構想がスタートして、ほぼ丸5年間使ってきた最終学年で、生徒たちがどのように使うか、気になるところです。

 また、ICTを活用した音楽の授業を見る機会も、とてもめずらしいので選んでみました。一般的に、中学校の音楽の授業というと、先生が前に立って一斉に歌唱指導したり、生徒が映像や音源を聞いたり、楽器や歌の練習をしたりといったイメージが強いと思うのですが、そんな音楽の授業に1人1台端末がどのように使われるのだろう?と興味を持ちました。

保護者が経験してきた授業とあまりに違う学習スタイル

 そんなことを考えながら音楽室に入ると、まず、授業を行う松本奈月先生の立っている位置が違うのに驚きました。教室は前方にホワイトボードとピアノがあって、後方は著名な音楽家の肖像画がたくさん並んでいるという、よくある教室のレイアウトなのですが(下図参照)、松本先生は窓側の中程に立っていて、生徒も机に対して横向きで座っています。

音楽室レイアウト

 しかも、ホワイトボードはこの通り。授業開始前から、すでにびっしりと授業で学習すると思われる内容が提示された状態になっていました。こんなにもホワイトボードに提示してしまうと、松本先生が授業中に板書できるスペースはありません。ということは、おそらく松本先生は板書をしないし、生徒もそれをノートに書き写す場面がない授業であることが予想されます。

授業前なのに、ホワイトボードには掲示物でいっぱい。先生が板書するスペースはない……

 そして、授業が始まると、松本先生は生徒たちの前で、今日の授業のねらいや取り組む内容を説明し、「じゃあ、始めて下さい!」と声をかけました。この間、たった5分ほど。生徒たちも、すぐに作業に取り掛かります。

松本先生の説明は5分ほどで終了

 すると、すぐにこんな風景になりました。生徒たちは、2~3人のグループで取り組んだり、1人で黙々と作業したり、さまざまです。端末についても開いている生徒もいれば、開いていない生徒もいます。そして、教室内が良い意味でものすごく騒がしい。生徒たちは端末やワークシートを見ながら活発に議論したり、何かを記入したりしています。

松本先生の説明を受けて、生徒たちはそれぞれに学習を開始

 さらに教室を飛び出して、廊下で作業を始める生徒まで出てきました。廊下の壁面に何か情報が掲示されていて、それを参考にワークシートを書いていることはわかるのですが、授業を参観していた参加者には、これがいったい何をやっているシーンなのか、よくわからなかったかもしれません。

教室の外に出て、何やら情報を書き写す生徒たち

 松本先生はというと、生徒たちの間を縫って、端末を片手にあちこちのグループや個人のところを見回っています。ワークシートを見てコメントをしたり、端末にメモのようなものを打ち込んだり。生徒たちは教室や廊下を自由に動くので、何も知らずにこの場面だけを見ると、「え?学級崩壊……!?」と思ってしまいそうですが、この姿こそ、豊富小中学校が大切にしている学びなのです。

松本先生はそれぞれのグループや個人で取り組んでいる生徒に声かけ

自分で知識を学び、他者の意見を参照しながら表現を考える

 種明かしをすると、今回の音楽の授業は「大地讃頌」の合唱の授業。合唱なのに誰も歌ってなくて、ひたすら端末やワークシートに向かっていますが、この授業の後半では生徒たちが生き生きと歌っていました。

 生徒たちが取り組んでいたのは、「大地讃頌」に使われている音楽技法や表現、曲に込められた想いや時代背景を知り、自分なりの表現方法を考えること。具体的には、大地讃頌の歌の進行に合わせた「絵譜」シートが生徒に配布されており、前時までの授業で学んだ内容や、自身やチームメンバーと調べてわかったこと、自分自身の考えや表現の方法を書き入れて、自分なりの”歌い方”のイメージを作っていくというものです。

自分の考えや解釈を書き入れ、歌い方のイメージをつくる

 曲に関する知識は教室前方のホワイトボードに提示されているほか、前時までに学習した内容や先生が提示したスライドも各自の端末に共有されており、生徒たちは必要に応じて参照します。また、自分一人で考えるのがむずかしい生徒は、すでに授業を終えた他のクラスの生徒が書いた絵譜のデータを「一つの意見」として参考にしても良いとされていました。また今回は先生からの大サービスで、端末を見なくても、廊下に他クラスの絵譜が貼られ、生徒たちが参照しやすいように配慮されていました。

生徒の端末には、前時の学習内容を振り返られるスライドも配布

 つまり、先生が歌の時代背景や音楽技法、解釈を講義で教えるのではなく、生徒たちが学習のねらいを理解し、自分で学習を進める授業なのです。生徒たちは必要な資料から自分で調べて、それをまとめ、他の人の考え方も参考にして、「自分なりにどう表現するか」を一人一人が考えます。そして、集めた情報を元に、「どう表現するか」は全て生徒個人に委ねられていました。

 廊下に出ていた生徒たちは、他のクラスの人がアウトプットした内容を参考にしながら、自分がどういう表現をするか検討したり、同じように意識したい表現技法をメモしていたというわけです。一方で、松本先生は、生徒たちが書き写して終わりにならないよう、ワークシートを細かく覗き込んで、自分たちの色を出すようにアドバイスしていました。

 当然、このような感じで授業が進むとワイワイガヤガヤしていますが、生徒たちはみんな真剣で、教室内の雰囲気もとても良いです。先生が全員に一斉授業で教えるよりも、一人ひとりの生徒たちが膨大な知識や情報量に触れて、それを分析・整理し、どういう表現をするのか、その歌い方をワークシートにどう文章で書き示すのか、思考する活動も多く主体的に学んでいました。また、同時に友だちと話し合ったり、他のクラスの絵譜を参照したりすることで、自然と協働的に学んでいるのです。

 授業後半に「みんなで歌ってみましょう」となった時の生徒たちは、「よしきたー!」「やったるでー!」という感じで、みんな楽しそう。自分が込めた”想い”を意識しながら、今日の授業で学んだことを自分たちなりに表現してみようと歌っています。歌うことの中に、自分の意思があることも感じました。

「情報活用能力ベーシック」をベースに、児童生徒の「課題対応能力」を高める

 豊富小中学校では、育むべき資質・能力として「課題対応能力」を掲げており、その中でも、デジタルとアナログの両方を含めた情報活用能力の育成を重視しています。

 この情報活用能力については、文部科学省から膨大な情報が提供されていますが、そのエッセンスをわかりやすく体系化したものが、放送大学の中川一史教授等が提唱している「情報活用能力ベーシック」です。これは「①課題の設定」「②情報の収集」「③整理・分析」「④まとめ・表現」「⑤振り返り・改善」という5段階から構成されており、同校では年間の授業・指導計画の中で、毎月この①〜⑤の活動を各教科の授業で満遍なく経験できるように計画されています。

 今回の音楽の授業では、前の時間までに「①課題の設定」と「②情報の収集」をある程度進めており、今回の授業では「③整理・分析」と「④まとめ・表現」を実践する機会として、授業が構成されていたというわけです。

授業の冒頭で松本先生が示した「情報活用能力ベーシック」と対応する学習のめあてのスライド

 このように情報活用能力の育成に力を入れている豊富小中学校ですが、今回の研究発表会は実践の途中経過であり、先生方も現状がベストだと思われているわけではなく、まだまだ改善・進化できる余地があると語られていました。ですが、筆者としては「なぜ1人1台のコンピュータで学ぶのか」「それにどのような意義があるのか」という問いに対する一つの答えを見せてもらったと思います。

 そして、何よりも象徴的だったのが、研究発表会の最後で校長先生がお話しされた次の言葉です。

豊富小中学校 畑本秀樹 校長

「私のような昭和の終わりに採用された教員からすると、児童生徒が前を向いて、みんなで先生の話を聞いているという授業が当たり前だったので、子供たちがワイワイガヤガヤしている授業にどうしても抵抗感がある。でも、その意識を変えていかなければならない」

 この畑本校長先生の言葉は、学校の先生方に限らず、筆者も含めた保護者、そして多くの大人が受け止めるべき言葉ではないでしょうか。子供たちに求めてばかりではなく、まずは大人の意識を変えていきたいものです。

野本竜哉

情報工学修士。高校生時代に自身が1人1台の端末環境で学んだ経験を世に広げるべく、通信企業の学校SE、教育企業の管理職、教育系システム会社の執行役員を歴任し、一貫して教育×ICT領域の事業に従事。2024年8月に独立し”技術をやさしく伝える“をモットーとした教育現場の取材・執筆・情報発信活動の傍ら、自治体の教育情報セキュリティポリシーの策定支援や教職員研修、非営利の教育系社団法人の代表理事を務める。