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メタバースが教育の場に?XRで実現する教育仮想プラットフォームの未来
2022年1月13日 12:00
EdTechグローバルカンファレンスイベント「Edvation x Summit 2021 Online」が2021年11月に、YouTube Liveにて開催された。EdTech(エドテック)とは、Education(教育)とTechnology(技術)を組み合わせた造語で、デジタルテクノロジーによって教育を支援する仕組みやサービスを意味する。
第5回目となった今回のテーマは、「Beyond GIGA(GIGAスクール構想のさらなる向こうへ)」。本イベントでは「新しい環境の選択肢を知っていただくこと」と「既成概念に囚われない教育イノベーターを生み出すこと」を目的に、インフラ、行政、人材育成、教育現場など多彩な切り口で、これからの教育を語る多くのセッションが行なわれた。
本稿ではその一つ、「20xxの未来の教育にXR(VR/AR)テクノロジーがどのように寄与するか?」のセッションをお届けする。国際大学GLOCOM 准教授・主幹研究員の豊福晋平氏を司会・進行に、レノボ・ジャパン合同会社 代表取締役社長のデビットベネット氏、立教大学 大学院人工知能科学研究科 教授 研究科委員長の内山泰伸氏、日本電信電話株式会社 経営企画部門 XR推進担当 担当部長の山下博教氏が参加し、VRなど仮想現実の技術によって未来の教育で何が実現できるのかを議論した。
2次元画面はインタラクティブ性に限界がある?
2020年にGIGAスクール構想がスタートし、全国の小中学校に1人1台の端末が整備された。このかつてない規模の端末導入によって、学校現場では運用面などで多くの問題が出てきているという。
豊福氏は、このセッションで、教育ICTを進めるうえで不足しているものは何か。それを解決するテクノロジーやソリューションは何があるのか。そして、XRによって20xx年の教育に何ができるのかを考えていきたいとした。
最初は問題提起から。豊福氏は、グローバルでも進む教育改革において、教育の情報化は不可欠とされているが、日本はこれに大きく遅れていると指摘。GIGAスクール構想は教育の情報化を世界水準まで上げるものだが、現場の危機感はあまり高くなく、機材が使われずに埋もれてしまうことを危惧していると述べた。
立教大学大学院で人工知能に特化した教育を推進している内山氏は、GIGAスクール構想で整備された1人1台端末の環境は、教室にみんなが集まって先生の話を聞いていた従来の授業スタイルを「変えるチャンス」だとした。これまで画一的だった授業も、1人1人に合わせて、異なるコンテンツを提供したりといった可能性が出てくる。一方で、「コンテンツの提供が十分できていない」、「教育現場や社会がGIGAスクールを受け入れる状態にない」ことに内山氏は課題を感じていると述べた。
それを解消する一つの例として「教育系YouTuber」の活用を挙げた。教育系YouTuberの動画は、子どもたちが非常に喜んでいるとAIによる分析結果が出ているほか、効率よく学習ができる、繰り返し学習できるのも強みと語る。その一方で、「現場からは好まれていないかもしれないが……」と前置きをしつつ、コンテンツ不足を解消するには、あらゆる人たちがコンテンツを提供する時代になる必要があるとしている。
日本電信電話株式会社の山下氏によると、NTTではXRはスマートフォンの次のコミュニケーション基盤として、NTTドコモだけではなく、NTTデータ、NTTコミュニケーションズなどグループ全体で基盤やソリューションをワンプラットホームで提供し、誰にとっても使いやすいツールになるよう取り組んでいるとのこと。GIGAスクールの問題としては、機材は揃ってきたが、「それを使いこなす教員のリテラシーの差」があると指摘した。NTTグループでも、一元対応窓口、ヘルプデスクなどサポート体制を準備しているが、ノウハウなどをいかに水平展開していくのかが課題だとした。
また、2次元の画面だとZoomやMicrosoft Teamsで会話をしても、順番に話すなど、リアルに比べて、インタラクティブ性やコミュニケーション性のレベルが少し落ちてしまうのも問題として挙げた。
その対応として、NTTではXR空間プラットフォーム「DOOR」を用意しているという。VR空間にアバターとして入ることで、クラスで会話しているところに近づくと声が聞こえてくるなど、リアルに近いコミュニケーションが可能であることを説明。VR空間で3Dオブジェクトを使うことで地球や宇宙、地理の学習をするなど、3Dならではの特性を活かすことで子どもたちがより活き活きと学習できるとしている。
レノボ・ジャパン合同会社 代表取締役社長のデビットベネット氏は、GIGAスクール構想によって小学生、中学生に1人1台のデバイスを導入することが実現され、2021年には約800万台のPCの利用が始まっているとした。「10年以上、世界の教育分野におけるPC整備を見てきたが、この台数を短期間で展開するのは初めて見た」と同氏は語る。
その一方で、せっかくのデバイスが使われていないと感じているようだ。教員から使い方が分からない、慣れていないといった声も聞こえてくるが、「最初はどういう使い方でも構わないから、使ってみるという一歩を踏み出すことが大切だ」と語った。1人1台端末があることで、生徒が自分のペースでどこからでも平等に学習できることがGIGAスクール構想の素晴らしいところとしている。
XRによって教育はどう変わるのか
次は本題の「未来の教育で何が実現できるのか?」。豊福氏は、テクノロジーは“道徳のない増幅器”とも言われ、常に監視することもできれば、子どもたちの才能を開花させることも可能とし、参加者が近未来の教育についてどう考えているのか、どのような研究開発をしているのか問いかけた。
内山氏は、2021年から2023年に何をするかにフォーカスを当てたいという。誰もが教育コンテンツの担い手になれること、シビックテック(市民がテクノロジーで行政サービスや社会問題を解決する取り組み)を推進しているとし、その取り組みの一つとしてスポーツテックを紹介した。
これはタブレットやスマートフォンで撮影した動作を、見本となる動作と比較、分析して点数化するというもの。スポーツにおける成長を可視化できるのが大きなメリットと言える。使いこなすにはある程度の学習が必要となるが、タブレットやスマートフォンで手軽にできるとハードルが下がっており、大学や高校で生徒がコンテンツを作ったり、AIを活用して教育の担い手側になれるようにしてきたいという。
もう一つ、内山氏が起業した会社での取り組みとして、「極限まで実在感を高めた仮想現実」も紹介。ハイパーリアリティと呼ばれるもので、本人を忠実に再現したアバターをコントローラなどではなく、実際の身振り手振り、口の動きと連動させて、無意識でコントロールできるようにし、さまざまな教育利用ができるよう立教大学とNTT東日本は実証実験を実施しているという。「2023年にはフォトリアルなVR空間を実際に使えるようになることは十分可能」とした。
山下氏によると、NTTでもVRでよりリアルかつナチュラルな空間の再現を⽬指しているが、それには技術的なブレイクスルーが必須という。たとえば、VRのヘッドギアをかぶって動くと酔うことがあるケースは、自分の動きに対して画面の動きが付いてきていないのが原因で、それを解決する一つがNTT全体で取り組んでいるオールフォトニクスの「IOWN構想」という。現在のネットワークは光にはなっているが、データセンターから中継網、ユーザーの端末までには光から電気そして光へといった変換が何度も行なわれているため、ロスが生まれてしまう。
IOWN構想では、プロセッサなどチップの中も通信機器の中も光の信号で動くオール光にすることで、電力効率が100倍、通信速度も100倍以上にできるとしている。現在は通信速度や遅延の問題から、最終的な映像表示の処理はパソコンやVRヘッドセットに頼るため、端末の性能でクオリティが大きく異なってしまうが、IOWN構想が実現すればサーバーから大容量で高品質な映像も遅延なく送れるようになるため、端末側の性能に関係なく同じクオリティの映像が体験できるという。これによって、端末も非常に小さくできるとした。
さらにNTTでは五感に関する研究にも取り組んでいる。現在のVRは視覚と聴覚を中心としているが、将来的には触覚や味覚をどう通信に乗せるかという課題に取り組んでいるという。研究が進み、小さな端末を身につけるだけで自然な動きがVR空間で再現できるようになれば、教員ごとに異なるITのリテラシーの差もなくなり、リアルとVRを行ったり来たりできるようになるとした。
体が不自由な生徒や学校の人間関係でストレスを感じている生徒がVRの中でリアルな学校とインタラクティブに接していけるような、教育のダイバーシティ&インクルージョンをIOWNで実現したいとしている。ただ、現在でもSNSによるいじめなどがあり、新しいテクノロジーによってどうしたら孤独や分断が生じないようにできるのか、NATURAL SOCIETY LABで研究しているという。
ベネット氏は、VR/ARがあるとより平等な環境になるという。さまざまな理由で学校に通うのがむずかしい子どもがアバターを使って自分の部屋から授業に参加するなど、VRによって性別や年齢、上下関係、障がいに関係なく誰でもどこでも学習ができる環境になる。
ただ、それを実現するためにはデバイスやテクノロジーが必要で、レノボでは前出のNTTが紹介したXR空間プラットフォーム「DOOR」を使って、いくつかの学校で新しい教育仮想プラットフォームのトライアルをスタートするという。これらの取り組みによって、ITリテラシーが少し遅れていた日本の学生が世界に出て行っても活躍できるようになるとした。
豊福氏は、セッションの最後に「子どもがVR/ARの技術を自分の道具にしてほしい」という気持ちを強く持っているとし、それについて参加者に一言を求めた。
内山氏は息子が昆虫好きであることを例に、「なかなか見られない昆虫もARを使えばかなりリアルに目の前に見ることができる。テクノロジーで子どもたちがより充実した学びができるようになることを期待している」と語った。
山下氏はVR空間に入るだけで子供たちが興奮して新しい授業の形ができると先生が語っていたことから、「子どもの想像力をたくさん引き出してあげるようなプラットフォームとコンテンツを提供していきたい」とした。
ベネット氏は自分が出張しているときでも、子どもとVRで将棋したり話をするだけで親しく感じられるとし、「VRを使えば親しく勉強できるのではないかと思っている」と締めくくった。