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鹿児島県肝付町、LTE5年間容量無制限モデルのChromebookで教員の働き方を変える!

EDIX関西・日本HPブース講演レポート④

日本全国で人口減少が進む中、多くの自治体が教育環境の維持と質の向上という共通課題に直面している。限られたリソースの中で、教員の生産性を高める働き方改革を実現し、子供たちに豊かな学びを提供するためには、どのような環境整備が必要か。

本稿では、この課題にいち早く取り組んだ鹿児島県肝付町の先進事例を紹介する。同町デジタル推進課 課長補佐の中窪 悟氏が2024年10月、EDIX関西における株式会社日本HPのブースで行った講演「肝付町はなぜ校務・教務の一体化にHPのGIGA端末を選んだのか」をもとに、その詳細をレポートする。

行政も教育も、ネットワーク整備の大転換期

鹿児島県肝付町はJAXAの内之浦宇宙空間観測所があり、人工衛星はやぶさを打ち上げた地として知られる。小中学校と義務教育学校が計10校、教職員150名、児童生徒1000名という規模の町だ。

肝付町では、教育を含む行政全体のネットワークシステムを見直し、全国に先駆けてクラウド化とゼロトラストの環境構築に取り組んできた。中窪氏は、同町で情報政策担当を長く務め、「地域の『学ぶ』と『働く』のカルチャーを変えたい」という思いでネットワークインフラ整備を進め、デジタルシフトを推進してきたと話す。

鹿児島県肝付町 デジタル推進課 課長補佐 中窪 悟氏

これまで、行政が管理するシステムは「三層分離」といって、業務内容ごとにネットワークを分離し、各ネットワークへの接続を安全に管理してセキュリティを確保する考え方で構築されてきた。組織内で安全に利用したいデータは、オンプレミス型のサーバーで管理、閉じたネットワーク内で扱い、インターネットに接続するネットワークとは分けるのが基本だ。

しかし近年、三層分離の手法は安全性や利便性の面で、メリットよりもデメリットが課題となってきた。そのため、データをクラウド上で管理することを視野に入れ、ゼロトラストの考え方でセキュリティ対策をすることが推奨されている。

ゼロトラストとは、すべてのアクセスを信頼せずに検証するという発想でセキュリティを構築する考え方で、ネットワークを分離してセキュリティを確保する従来の発想とは大きく異なる。行政のシステムも学校関連のシステムもゼロトラストへの移行が求められているが、これは大きな転換であり、全国的に見るとまだあまり進んでいないのが現状だ。

校務・学習系ネットワーク統合のBeforeとAfter(出典:文部科学省「GIGAスクール構想の下での校務DXについて~教職員の働きやすさと教育活動の一層の高度化を目指して~」(詳細版)P29)

全国に先駆け、行政システムのクラウド化とゼロトラストを実現

そんな中、肝付町では、行政システムのクラウド化とゼロトラストの環境構築にいち早く取り組んできた。2023年には運用を開始して、2024年度中に完全クラウド化を予定している。構築にはGoogleのソリューションを全面的に採用。Chromebook及びChrome Enterprise Premiumで完結するため管理負担とコストが抑えられるうえ、利用者に馴染みのUIである点が採用理由だ。肝付町では、行政職員320名の業務用端末としてChromebookも導入した。

学校現場に関しても、教育委員会のシステムはすでに行政の首長部局の業務環境を利用しているため、ゼロトラストの環境が実現している。校務システムは、2023年からフルクラウド統合型校務支援システムを導入。また、これまでは児童生徒端末はiPadで、教員の校務端末はWindows機だったが、これらをGIGA第2期の更新でHPのChromebookに統一する。

なお、鹿児島県ではMicrosoft 365とGoogle Workspaceの無料アカウントを利用できる県域のドメインが用意されているが、肝付町では独自に町のドメインで有料版の「Google Workspace for Education Plus」のアカウントを利用している。

2024年10月 EDIX関西 日本HPのブースにて中窪氏の講演

人口減少の課題感がクラウド化を後押し

肝付町が、全国に先駆けてクラウド化を進めた背景には、地域としての強い危機感や課題意識がある。人口減少だ。同町では1955年以降ずっと人口減少が続いており、2022年の時点でおよそ1万4000人。このペースでいくと2045年には7700人になる見込みだ。日本全体でも、2004年をピークに人口減少が続いており、今後50年で4000万人も減少すると推計されている。

国全体人口変化と推計。グラフは、国語交通省「『国土の長期展望』中間とりまとめ 概要」(平成23年2月21日)からの引用。中窪氏スライドより

「この人口減少に対応するためには、今までの働き方や学び方のカルチャーを変えていかないといけません。クラウド移行は手段のひとつであり、学校だけの閉じた問題ではなく、地域全体のデジタル化を進めていくことのなのです」と中窪氏は課題感を共有した。

また人口変化だけでなく、技術の変化のスピードも激しい。これまで、私たちのコミュニケーション、学習、仕事を支えてきた技術やインフラは、時代とともに大きく変化してきた。インターネットが生まれてからの変化も激しく、今ではスマートフォンは当たり前、クラウドもごく普通に使うものになった。AIもすでに生活に浸透し始めている。

中窪氏は、技術の変化で道具が変わるのは必然であり、それを受け入れて適応することが必要だと強調する。現代であれば、クラウド環境に慣れることは必須だ。「我々の世代が次の世代にしっかりとバトンパスをしていかなければいけない。こちらが立ち止まったり、迎えに来るのを待つのではなく、助走期間内にきちんと渡してあげなければいけません」と、ゆっくり構えている場合ではないことを訴えた。

時代に応じて当たり前に使うツールは大きく変化してきた。中窪氏のスライドより

いつでもつながる・気軽に使えるが絶対条件

クラウドが当たり前に使える環境を前提に、学び方や働き方の変革を考えると、道具に求められるのは「いつでもつながる」「気軽に使える」ということだ。これが実現してこそ、学び方や働き方に馴染んでくる。

肝付町でも、そのような点を端末選定の条件とした。具体的には、Googleのクラウド環境で力を発揮するChrome OSであることと、スマホ感覚でネット接続できるLTE対応端末であること、さらに通信量無制限の通信プランがあることだ。

これに合致したのがHPの応用パッケージ「HP Fortis x360 G5 Chromebook」だった。子供の使用に耐えうる堅牢性と使い心地を追求し、eSIMを内蔵してLTEにも対応。さらに、購入すると5年間容量無制限でLTE接続が使用できるプランが付属する。この好条件は「HP以外にはなかった」と中窪氏は強調する。

肝付町の教員用端末としての採用が決まった「HP Fortis x360 G5 Chromebook」(EDIX関西 日本HPブースの展示より)

選定にあたって教育委員会内で試用したところ、どこでも使えてとても便利だと好評だったという。それでもスペック面で教員がより快適に使えるよう、教員向け端末はHPと相談してメモリとSSDの容量を標準よりも増強した。また、画面が小さいと業務効率が落ちるため、教員用にはUSB接続できるディスプレイも整備する。

児童生徒端末も同機種を来年度から導入したい考えで、教員と子供たちが同じChromebookを使い、学校でも家庭でも校外活動でも快適なネット接続で学べる環境づくりを目指している。

さらに、教員向けに選定した同機がスペック、コスト面共に非常に好条件のため、行政の首長部局でも同一仕様のChromebookを業務用に採用することが決まり、今年度だけで100台を調達する予定だという。教育分野で選定したGIGA端末を入口に、行政の業務端末が決まるというのは珍しい展開だ。

道具を変えるだけでなく、学び方や働き方を変えて新たな価値を生み出す

「これからの時代に向けた学び方、働き方をカルチャーとして作りたい」と中窪氏

中窪氏は、時代に応じたクラウド化で大切なのは、単に道具を取り替えることではなく、それを使ってどのように学んだり働いたりするかという新しい様式を作ることだと強調する。「先生方、児童生徒、そして行政職員も、これからの時代に向けた学び方、働き方をカルチャーとして作れたらいいと考えています」と結んだ。

終了後に改めて中窪氏に行政と教育現場のクラウド化のメリットについて聞いてみると、人口が減少する町への対策として大きな期待を寄せていることがわかった。ポイントは、これまで存在していた「場」の境界を越えることで新たな価値を生み出せるということだ。

例えば、行政の職員が子供食堂のような地域のサードブレイスで仕事をすれば、手を貸しながら現場のニーズをつかめるかもしれない。また、コンビニのように公共料金の支払いや証明書の取得端末がある場所で、行政の職員が働きながらサポートできれば、高齢の住民が役所まで行かなくとも便利に利用できるかもしれない。

既に、同町ではコンビニのイートインスペースで行政の職員が仕事をするという実証実験も行ったという。「我々が外に出て人が交わる場に行くことによって、いろいろな人とのコミュニケーションが生まれ、住民とのタッチポイントが増えていくんですね。見えていなかった声が拾えるようになりました」と中窪氏は説明する。

コンビニのイートインスペースで「出向く役場」の実証実験も実施

また、教育分野で言えば、子供たちが持っている教育アカウントを学校外でも使うことで可能性が広がる。例えば、ファブラボのような施設を地域に作り、利用時に子供たちが自分の教育アカウントで接続すれば、デジタルの制作物を自分のクラウド環境に保存できる。課外活動の作品をそのまま学校の学習環境で扱える。

これらは、実現予定の計画というわけではなく、中窪氏が説明のために挙げた例だが、クラウド化が利便性だけでなく、人口が減少した環境で人のつながりを深め、活動の幅を広げる可能性があるということは、教育の文脈からだけではなかなか出てこない視点だろう。

教育現場で新しい技術の話になると、“どこまで許可するか”というマイナスからスタートすることが多いが、技術が持つメリットを当たり前にかつ最大限に生かすという視点で考えれば、進むべきところが明快になるのではないだろうか。快適な接続と場所を選ばない環境がHPのChromebookで実現する予定の肝付町。地域全体とそこで学ぶ子供たちが、これからどう変化していくのか楽しみだ。