トピック

児童生徒の教育データ活用はじまる。個別最適な学びと個人情報への配慮を両立へ

――大阪府箕面市教育委員会の取り組み

コニカミノルタの学習支援サービス「tomoLinks」が学習eポータルに対応

教育データは子どもたちの学びにどのように寄与するのか、また集められたデータは安心・安全に扱われるのか。

GIGAスクール構想がめざす「個別最適な学び」と「協働的な学び」の実現には、教育データの利活用が欠かせないと言われている。国も「教育データの利活用に関する有識者会議」での議論に加え、令和5年度から全国学力・学習状況調査において中3英語「話すこと」でMEXCBT(※)の利用が決定。これからの学校では、学習eポータルを通じて、子どもたちの学習履歴をはじめ、さまざまな情報や活動がデータ化され、活用されることが当たり前になっていく。

そこで本稿では、同分野で先進的に取り組む大阪府箕面市と、その実践を支えるコニカミノルタ株式会社(以下、コニカミノルタ)の取り組みから、教育データ利活用がもたらす効果や自治体や学校が気を付けるべきポイントを明らかにする。

※MEXCBT(メクビット):⽂部科学省が開発したCBT(Computer Based Testing)システム。⺠間企業の学習eポータルを通じて利⽤する。


小中学校9年間のデータを収集、エビデンスに基づいた教育施策を重視

大阪府箕面市は、都市部からのアクセスも良くファミリー層に人気のエリアだ。少子化の今も子どもの人口が増え続けており、児童生徒数は約1万3000人。小学校12校、中学校6校、小中一貫校2校があり、GIGAスクール構想前の2018年から小学4年~6年に1人1台端末を導入するなどICT活用も積極的に進めてきた。

箕面市では長年、エビデンスに基づく教育施策を重視している。2012年から市独自で「箕面子どもステップアップ調査」を全児童生徒に実施し、小中学校9年間を通して学力・体力・生活状況に関するデータを収集。このデータを基に教員の指導力向上や、学校・学級経営の改善、施策の立案などに取り組んできた。

箕面市教育委員会 学校教育室 指導主事 岩永泰典氏

これについて箕面市教育委員会 学校教育室 指導主事 岩永泰典氏は、「もちろん、データで数値化されたものがすべてではないと考えています。そのため、このデータをもとに教員や児童生徒を評価することはありません。調査結果は全体の傾向を把握したり、改善点を発見したりするのに活用し、新たな教育施策を実現していくための客観的な根拠として使用するという考えです」と語る。

そんな箕面市であるが、令和2年度より文部科学省の「新時代の学びにおける先端技術導入実証研究事業(先端技術の効果的な活用に関する実証)」において、さらなる教育データの利活用に挑戦した。その取り組みを支えたのは、さまざまな産業のデータサイエンス領域で強みを持つコニカミノルタだ。

箕面市では、コニカミノルタが提供する学習支援サービス「 tomoLinks 」を導入し、コロナ禍におけるオンライン授業や日々のICT活用を広げてきた。岩永氏はデータサイエンス領域におけるコニカミノルタの技術力や信頼性に加え、tomoLinks自体が教育現場に寄り添って作られた製品であることを評価した。

「デジタル連絡帳、オンライン授業、動画教材の共有、AIデジタルドリルなどが、ひとつにまとまっている点を評価しています。ICTに不慣れな教師でも使いやすく、プライバシーも保護できる環境で情報や教材を共有でき、学校で使いやすい製品だと思います」(岩永氏)。

箕面市ではコニカミノルタが提供する学習支援サービス「tomoLinks」を導入


データ分析で叶えられる個別最適な学びとは

箕面市とコニカミノルタが取り組んだ実証研究で最も注目したいものは、箕面子どもステップアップ調査の膨大なデータを用いて実施されたデータ分析だ。

岩永氏は同調査について、「全体の傾向は把握できても、データ量が膨大すぎて1人1人の児童生徒を見ていくのには限界を感じていました」と課題を感じていたという。たとえば、データ分析の結果だけを見れば、どの児童生徒が学習に到達していないかは教師の経験と勘でわかるが、その児童が何年生のどの単元でつまずいたのか、膨大な過去の学習履歴データから個別学習につなげるのはむずかしいと話す。

コニカミノルタはそうした課題に対し、箕面子どもステップアップ調査の成績データや定期テストなどのデータ、さらに学習時間などの生活状況調査を用いて、AI分析を実施。学年及び教科横断的に単元間の因果・相関関係の分析を行ない、児童生徒のつまずきポイントを可視化した「振り返りポイント」と、個人ごとの過去の学力推移を分析した「伸びしろポイント」の提示を実現した。

「振り返りポイント」と「伸びしろポイント」のヒートマップ。学習理解度が10段階で表示される。値が小さい部分が弱み、大きい場合は強み。過去の学年の分も見ることができ、ケアすべきポイントが見える(出典:文部科学省「令和4年度 次世代の学校・教育現場を見据えた先端技術・教育データの利活用推進事業」における実証地域成果報告(箕面市教育委員会)の資料より)

「学校現場に負担をかけず、プロの目線でデータを分析し、パッと見て児童生徒の学習到達度がわかるカタチで提示できるようになったことは教師の指導力改善につながると考えています。的を絞って指導できるうえ、忙しい教師が児童生徒の理解を深めるのに大変有効です」と岩永氏。

一方で、こうしたデータ分析はできても、個別最適な学びの実現には課題も残る。いくら教師が児童生徒のつまずきを把握できたとしても、教師1人でクラス全員分の個別学習を準備することはむずかしい。

そこでコニカミノルタは、tomoLinks内のデジタルドリルとデジタル連絡帳を連携させ、1人1人の苦手な単元について、過去の学年までさかのぼった問題を宿題としてデジタル連絡帳に配信できる仕組みを実装。

さらに、異なる学年の宿題ばかりが出されると、本人のモチベーションやいじめの原因にもなるため、提示される問題は苦手分野ばかりにならないように配慮した。こうしたきめ細やかな学びのサポートで、「本当にその子に応じた学びが実現できるようになった」と岩永氏は語る。

今回、この実証研究は市内4校で実施したが、学校側から「保護者にもデータを見せたい」という意見が挙がっているという。保護者とのコミュニケーションにおいて、客観的なデータを提示しながら説明できるなど説得材料として有効だというのだ。

1人1人の苦手な単元に対して、デジタルドリルの宿題をデジタル連絡帳に配信


ベテラン教員の指導技術をデータ化し、若手教員の育成へ

箕面市とコニカミノルタが取り組んだ実証研究でもうひとつ興味深いのは、ベテラン教員が持つ指導技術をデータ化して、若手教員の育成につなげる検証だ。同市では、ベテラン教師の大量退職と中堅教員の不足により、ベテラン教員の授業力や指導技術を若手教員にどう受け継ぐかが大きな課題となっていたという。

コニカミノルタはその課題に対し、教室に画像センサーとマイクを複数設置して、児童生徒の視線や挙手率、教員の動線、教員と児童生徒の発話比率のデータ化を提案。その解析データと撮影動画を活用することで、教師自身に授業の振り返りや授業改善を促すことができるほか、若手がベテラン教員の授業と比較して改善ポイントをチェックできる。

画像センサーとマイクを複数設置して、児童生徒の視線や挙手率、教員の動線、教員と児童生徒の発話比率をデータ化

一例として、ベテラン教員と新人教員が同じ単元で授業を行ない比較したところ、ベテラン教員の方が思考時間と意見交流に多くの時間を取っていることがわかった。また児童のアンケートをみてもベテラン教員の方には「グループで話し合う時間が多かった」「たくさん発表するところがあった」といった好意的な回答が寄せられたのに対し、新人教員の方は「ノートを書いていてあまり話せなかった」との意見があった。

岩永氏は「若手教員は指導教官のアドバイスに加え、ベテラン教員との違いは何か、客観的なデータを振り返りながら授業改善に生かしてほしいと考えています。また自分の授業を撮影されることに抵抗を感じる教師もいるかもしれませんが、データ収集は指導力向上が目的であり、これを評価に使うことはない、と周知しています」と岩永氏は語る。


学習eポータルの教育データはどう守られるのか

このように上記2つの実証研究においては、児童生徒の膨大な教育データを収集・活用し指導の向上や個別最適な学びの検証に生かされているが、肝心のデータは安全に扱われているのだろうか。データ分析を担ったコニカミノルタの石黒広信氏にも話を聞いた。

コニカミノルタ株式会社 情報機器開発本部 DX開発推進センター 第3グループ グループリーダー 石黒広信氏

コニカミノルタは長年、光学技術を活用したデータ分析を強みとしており、高い解析技術を持つ人材が豊富にいる企業。なかでも介護現場やヘルスケアの分野における行動分析、モデル解析は得意分野で、センシティブなデータを安全に扱ってきた実績があると石黒氏は説明する。

そのノウハウは教育分野にも通ずる部分があり、tomoLinksは当初から、「教育データを安心・安全に扱えるような仕組みのもと、個別最適な学びを実現していく、というコンセプトを持っていました」と石黒氏は話す。

データの扱いについても、“基本的にデータはお客様の持ち物である”と考え、利用者の許諾を得ずに、データの中身を見たり、活用したりすることはない。今回の箕面市との実証研究においても、児童生徒の個人情報はマスキングされた状態で受け渡しされており、個人が特定できないカタチでAI分析が行なわれた。

そんなコニカミノルタであるが、2022年9月に学習eポータルへの対応も発表した。tomoLinksを学習eポータル標準モデルに準拠させ、文部科学省のCBTシステム(MEXCBT:メクビット)と、2024年度の全国学力・学習状況調査に対応。学習eポータル名も「 tomoLinks(コニカミノルタ株式会社) 」で、2022年11月から申込開始。2023年2月から利用開始予定としている。

石黒氏は学習eポータルへの参入について、「tomoLinksにおける学習の選択肢を広げるとともに、児童生徒の教育データが安心・安全に扱われるよう、学習eポータルの選択肢を広げていきたい」と思いを語る。

従来の学習eポータルの運用計画では、教育データは民間事業者のシステムに蓄積され、事業者のシステム開発などビジネス利用される利用許諾契約になっている。この点において、教育データの活用と個人情報の保護との両立に頭を悩ます自治体も少なくない。

しかし2022年11月11日、文部科学省は全国の教育委員会に向けて、令和5年度の全国学力・学習状況調査では学習eポータルに教育データを提供しないことを周知した。tomoLinksは文部科学省の方針を受け、利用者の許諾を得ることなくデータを自社のビジネスなどに利用しないことと、教育委員会や保護者からのデータ削除要望にも対応することを決定したという。

一方で、利用者が希望する場合はAIによる解析を行ない、教育データに新しい価値を付与して質の高い個別最適な学びを実現する。データ分析も自治体の実情や課題に合わせてカスタマイズしていくとしている。

tomoLinksの個人学習データ取り扱いの特徴。教育情報ポリシーに関する3つの特徴が明記されている

1人1台端末が整備されたことで、子どもたちの学習はデジタル化され、そのすべてがデータとして蓄積されるようになっていく。この状況に対してまだネガティブな空気感もあるだろうが、膨大な教育データを分析することで、今まで見えなかった子どもたちの強みや弱点、また教員の指導技術が可視化されることは、教育の質の向上には欠かせない。

一方で、教育データ利活用については、その在り方や取り扱いについて議論が進められている最中であり、学習者や保護者は教育データがどのように管理されるのか、意識を高めていきたいところだ。生涯に渡り、子どもたちのデータが安心・安全に扱われ、学びを豊かにしていくものとして、データ活用の取り組みが進んでほしい。