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16万人の学びを変える「都立AI」始動 カスタマイズ自在の生成AIで、深い思考を導く

東京都教育委員会は2025年5月、全都立学校256校で独自サービス「都立学校生成AIサービス(都立AI)」の本格運用を開始しました。単一の自治体がこれほどの規模でAI環境を整備した例は全国に類を見ず、教育の未来を切り拓く先進事例として期待が寄せられています。

なぜ今、「都立AI」の導入に踏み切ったのか。現場での活用実態や運用で見えてきた成果、そして次なる課題について、同委員会の担当者に話を聞きました。

東京都教育委員会

都内2,000以上の公立学校を管轄する国内最大規模の教育行政組織。都立学校としては、高校187校、中等教育学校5校、中学校5校、小学校1校、特別支援学校58校を設置し、多様な学びを支えています。

近年はICTを活用した教育DXにも力を入れており、生成AIを活用した「都立AI」の取組は「都庁DXアワード2025」サービス部門で最優秀賞にあたる「知事賞」を受賞。テクノロジーを生かした先進的な教育環境の整備を進めています。

試行・検証を経て都立学校全体へ、東京都が進める「都立AI」でめざす学び

東京都教育委員会が生成AIに関する取組に着手したのは、2023年に文部科学省が「初等中等教育段階における生成AIに関する暫定的なガイドライン」を公表したことがきっかけでした。国が生成AIパイロット校を設けて実証研究を進める中、東京都においても独自の「生成AI研究校」を2023年度に9校、2024年度に20校指定し、教育現場における効果的な利活用の研究を進めてきました。

「研究校の実証を通して、生成AIの教育利用に一定の効果が見られました」と語るのは、東京都教育庁の中村伸也氏です。「校務への活用は業務時間の短縮につながったほか、授業においても教師一人では難しかったことができるようになり、学習の質の向上にもつながりました」。

こうした試行・検証で得られた確かな手応えに加え、「今後は生成AIを活用して学ぶ環境が不可欠」との判断から、都立学校全体で環境整備を進めることになったといいます。

東京都教育庁 総務部 デジタル推進課 統括指導主事 中村伸也氏

東京都が「都立AI」を通じて目指す教育には、大きく2つの柱があります。1つは、 授業や探究的な学びの中で生成AIを適切に活用し、学びの質を高めること 。もう1つは、 校務において文書作成などの定型業務を支援するツールとして活用し、業務の効率化と質の向上を図ること です。

中村氏は「生成AIを『答えを出す道具』として使うのではなく、児童・生徒の思考を深め、新しい視点や発想を得るための学習支援ツールとして活用していきたい」と語っており、学びを深める手段のひとつとして位置づけたい考えです。

一方で、すべての都立学校で生成AIを活用できる環境を実現するためには、「安全性と大規模運用という、2つの要件を同時に満たす必要がありました」と中村氏。そこで東京都では、一般的な生成AIサービスをそのまま導入するのではなく、教育利用に特化した専用基盤を採用し、独自の生成AIサービスを整備する方針を打ち出しました。

具体的には、コニカミノルタがこれまで学校教育向けソリューション「tomoLinks」で培ってきたAI基盤構築技術と、同社の教育事業における知見を生かした専用サービス「 都立学校生成AIサービス(通称:都立AI) 」を構築。こうして東京都は2025年度より、全都立学校256校、児童・生徒と教職員あわせて約16万人を対象に生成AIを日常的に活用できる学習環境を本格始動したのです。

独自基盤で実現する「都立AI」の4本柱、学校の垣根を越えた授業改善へ

「都立AI」の整備に関わった東京都教育庁の柳下俊介氏によると、大規模な生成AI環境の構築にあたり、設計段階で重視したポイントは大きく4つあるといいます。

① 安心・安全の担保
 個人情報保護への配慮、入力データの学習利用防止や不適切投稿の抑止

② 都立学校専用としての運用性
 16万人が一斉利用しても耐えうる強固なシステム基盤

③ 教員が意図をもって使わせられる仕組み
 教育目的に応じたカスタマイズ機能

④ 技術進展を前提とした柔軟なアップデート
 最新モデルや新機能(音声入力やWeb検索機能)への対応

東京都教育庁 総務部 デジタル推進課 指導主事 柳下俊介氏

特に3つ目の「教員が意図を持って使わせられる仕組み」は、東京都がこだわった部分です。これは、いわゆる「カスタムAI」のような活用を想定したもので、 「都立AI」では、教員が授業の狙いに沿って生成AIの役割をカスタマイズできる機能を重視しました。

一般的な生成AIはすぐに要約や答えを提示し効率的ではありますが、教育においては自ら考え、深掘りしていくプロセスが重要です。そこで、「都立AI」では教員が授業の目的に応じた問いかけや視点を提示できる「AIメニュー」を実装しました。

また作成したAIメニューは、「AIひろば」を通じて共有することも可能となっています。柳下氏は、「 これまで各教員が培ってきた指導スキルや経験は言語化しづらく、共有が難しいとされてきました。しかし、AIメニューという形で再現・共有が可能になり、ノウハウが広く波及することが期待できます 」と語ります。学校の垣根を越えて、都立学校全体の授業改善に生かせる仕組みが整ったというのです。

都立AI「AIひろば」のトップページ。画面中央には、各教員が作成したAIメニューが表示されている

これら4つの要件を形にできた背景には、パートナーであるコニカミノルタの存在があったと柳下氏は振り返ります。「私たちの提示した仕様に加え、現場のニーズを最も深く汲み取っていたのがコニカミノルタでした。実際に研究校へ足を運び、現場の生の声を反映した独自の提案がありました」。

開発プロセスでは、実に40時間以上も打ち合わせを実施。微細な要件まで徹底的にすり合わせ、本当に使い勝手のいいものを追求し続けたといいます。「検討段階ではメリット・デメリットを丁寧に伝えていただき、様々なリクエストや相談に対しても『頑張る方向でいきましょう』と言っていただきました。「子どもたちのためによりよいもの」をという思いを共有しながら議論できたので、安心して進めることができました」と評価しています。

このように、「都立AI」は単なるシステム導入の枠を超え、教育行政と民間企業が密接に連携して作り上げた、現場の声を具現化したAIツールへと進化したのです。

「1対40」の授業に生まれた変化、生成AIとの対話で見えた思考の深まり

本格運用開始から1年弱。「都立AI」はすでに現場の日常に溶け込み始めています。 教員用端末や学習者用端末だけでなくスマートフォン等からもアクセスでき、学校、自宅、外出先と場所を問わず利用できる自由度の高さが、活用の幅を広げています。

また、活用の根幹を支えるのは、東京都教育委員会が策定した「都立学校生成AI利活用ガイドライン Ver.1.0」です。児童生徒たちが生成AIの特性や留意点を正しく理解した上で活用できるよう、「都立AI」を利用する前に、同ガイドラインに基づいた初回授業を実施することが示されています。

実際の活用シーンでは、特にAIメニューの利用が活発です。定期テスト対策として作成されたメニューが生徒たちの間で数万回も利用されたほか、授業の振り返りや話し合いの前に多様な視点を得るツールとして活用されることが多いといいます。

「AIとの対話」が引き出す客観的な視点

たとえば、高校1年生の「情報I」では、自作ポスターの振り返りに「都立AI」が活用されました。生徒は自分の作品や他者の優れた作品を撮影して生成AIに読み込ませ、対話を通じて自身の工夫や改善点を掘り下げます。生成AIが色やフォント、配置などに関する追質問を投げかけることで、振り返りをさらに深めていく。

生徒からは「生成AIと対話で改善点が明確になった」「自分では思いつかない言葉を引き出してくれた」といった感想が寄せられ、生成AIが思考の整理や客観的な自己分析を支援していることがうかがえます。中村氏は現場の教員の言葉を借りながら「 今、現場では『1対40だった授業が、(1対1)×40に変わる瞬間がある』 」と言われています。

教師1人では難しかった生徒一人ひとりに寄り添う対話が「都立AI」によって可能になりつつあると考えています」と語っています。

都立AIを活用して自作ポスターづくり
都立AIで改善点を掘り下げる

9割以上の生徒が「考えやすくなった」と回答

また、高校3年生の「歴史総合」では、資料を基に大正時代の出来事について考えを述べる際、生成AIを「討論の相手」として活用。生成AIが敢えて反論を投げかけることで、生徒はより多角的な視点や新たな課題に気づくことができます。

同校で行われた授業のアンケートでは、 「生成AIの活用で思考が深まったか」という問いに97%、「自分の考えを表現しやすくなったか」という問いに92%(ともに「そう思う」「ややそう思う」の合計)が肯定的に回答。 生徒たちの圧倒的多数が、生成AIによる学習効果を実感していることが分かりました。

生成AIの効果的な活用(出典:東京都教育委員会

共通ツールとして浸透する「都立AI」、見えてきた成果と次なる課題は?

「都立AI」の導入から見えてきた成果として、東京都教育委員会は、生成AIが一部の先進的な教員による特別な取り組みではなく、教員と児童・生徒の日常的に使う「共通ツール」として授業・探究・校務の中に浸透し始めた点が大きいと説明しています。

授業でのAIメニューを活用した思考の深化、探究学習でのテーマの整理や壁打ち、そして校務における文書作成の効率化など、多くの教員が共通して活用する土壌が整ってきたというのです。

そのうえで中村氏は今の現場について、「当初は、生徒たちが生成AIと1対1で向き合い、個の中で完結してしまうのではないかと懸念していました。しかし実際は、生成AIとの対話によって自分の考えが深まったことで、『友達はどのように考えたのだろう』『意見を交換したい』という意欲が高まる姿が見られました。 AI活用が個別最適な学びと協働的な学びを一体的に充実させる鍵になると考えています 」と語っています。

一方で課題としては、全校配備しただけでは活用が定着せず、学校間や教員間での活用頻度の差が浮き彫りになってきたことです。そのため、2026年度からは「利用者の声を踏まえた継続的な改善」と「活用促進の強化」を2本柱として取り組みを加速させていく考えです。

この点についてはコニカミノルタによるオンライン研修、訪問研修、集合研修の活用促進への支援に加え、システムを介したデジタルマガジン等による情報発信を検討しているといいます。

東京都教育委員会は今後、高校や特別支援学校を中心に進めてきた研究開発的な取組を小・中学校へと広げ、さらなる事例の蓄積を進める方針です。「生成AIを活用した個別最適な学び」と「対話を通じた協働的な学び」を両立させ、教育の本質に立ち返った授業改善をめざしていくと語っています。

徹底した安心・安全の設計、現場の声の反映、教員が使いやすい機能、そして導入後の手厚い伴走支援。それらが結集した「都立AI」は、単なるツールを超えて、AI時代に欠かせない学びのインフラになっていくことは間違いありません。加速する技術の進展を追いかけながら、学びの本質も追求していく。東京都の価値ある挑戦はこれからも続きます。

左より)東京都教育庁 総務部 デジタル推進課 指導主事 柳下俊介氏、統括指導主事 中村伸也氏
📌本事例の詳細は、
PDF形式の冊子でもご確認いただけます。


今回ご紹介した東京都教育委員会による「都立AI」の導入事例を、冊子にまとめました。

校内・社内での情報共有や、オフラインでの閲覧、資料など、じっくり読み返したい際にご活用ください。

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