トピック

最先端STEAM教室で育つ、失敗を前向きに捉える力 飯塚鎮西小学校2年間の挑戦

次期学習指導要領で一層重視される「情報活用能力」。単なるICTスキルの習熟ではなく、教科を横断して自ら課題に向き合い、問いを立て、解決する力が求められている。こうした力を育むために、どのような環境や学習デザインが必要だろうか。

福岡県飯塚市立飯塚鎮西小学校では、その一つの試みとして、パソコン教室を再構築し最新テクノロジー機器が導入された STEAM教育の拠点「ii-Lab(いいラボ)」 を整備。子どもたちがワクワクしながら学べる空間で、2年間にわたるSTEAM教育の実証研究を重ねてきた。

2026年1月29日には、「令和7年度 飯塚市STEAM教育実証研究最終報告会」を開催。教室の風景はどう変わり、子どもたちの学びはどのように変化しているのか。公開授業や最終報告会の様子をレポートする。

子どもたちの「やりたい」に応える、STEAM教室「ii-Lab」

飯塚市立飯塚鎮西小学校(小中一貫校飯塚鎮西校小学部)

福岡県の中央部に位置し、福岡市と北九州市のベッドタウンでもある飯塚市。子育て支援の手厚さでも知られる同市で、実証研究に挑んできたのが飯塚市立飯塚鎮西小学校(小中一貫校飯塚鎮西校小学部)である。

同校は令和6年度から2年間、飯塚市STEAM教育実証研究校に指定され、飯塚市はじめ、Intel、ダイワボウ情報システム(以下「DIS」)、麻生情報システム、国立大学法人九州工業大学の産学官5者が連携し、STEAM教育を進めてきた。

実証研究の中核となったのは、旧パソコン室のリニューアルで新たに整備された STEAM教室「ii-Lab(いいラボ)」 だ。この教室に3Dプリンターやレーザー加工機、ハイスペックPC、壁面クロマキーなどが導入され、先進テクノロジーを活用して学べる空間ができた。

STEAM教室「ii-Lab(いいラボ)」

「ii-Lab(いいラボ)」を整備するにあたり、同校の合田賢治校長は「 子どもたちが扉を開けた瞬間に、新しいことが始まりそうだと感じてほしかった 」と語る。当初は木目調の教室で、色は小学生が好きなパステルカラーを使用する案もあったそうだが、合田校長はそれらを見送り、従来の延長線上ではない新しい空間にこだわった。子どもたちの集中力を高める深いブルーを基調とし、壁や床材、机の形状に至るまで、デザインや学びやすさを優先したという。

また、機材の選定も「何を置くか」ではなく、「 どんな学びを実現したいか 」から逆算した。動画制作に自分で作ったBGMを入れたい、イラストも既製の素材ではなく自分で描いたものを使いたいなど、子どもたちには「やりたい」ことがある。それらに応えられるよう、音楽制作のためのキーボードやペンタブレットを導入。創作活動を支える環境を整えた。

Adobe Creative Cloudが使えるハイスペックPCとモニタ
3Dプリンター5台
レーザー加工機
MIDIキーボードとペンタブレット
映像制作に使用するカメラ機材一式
グループワークに対応する可動式デスク
壁面クロマキーを備えた撮影スペース
プロジェクター2台を備えた全面ホワイトボード
飯塚鎮西小学校に導入された機材一式

飯塚鎮西小学校は、このような環境で特にSTEAM教育の「A(Art/芸術)」の部分に着目し、図画工作科やデザイン志向に重点を置きながら、子どもたちが自ら課題を発見し、問題解決へと向かう学習スタイルに取り組んできた。その軸に据えたのが、「 創り、創りかえ、伝える 」という3ステップの学習段階を位置づけた探究・課題解決型学習である。

まず「創る」段階では教科で身に付けた資質・能力を活用して試行。次に「創りかえる」段階で失敗や改善を重ね、より良い形へと再構成する。そして「伝える」段階で成果や想いを発信し、フィードバックを通して学びを深める。この循環を通じて、個の学びと協働の学びを行き来しながら課題解決を行う学習を目指した。

研究構想図。研究主題は「自ら課題を発見し、課題解決のために思考錯誤しながらやり遂げることができる子どもを育てるSTEAM教育の学習指導~『創り、創りかえ、伝える』学習段階を位置づけた探究・課題解決型学習を通して~」

「創りかえる」段階で見えた、協働と表現の深まり

公開授業が行われたのは、6年生の総合的な学習の時間。テーマは「飯塚鎮西小PR大作戦~ぼくらの学校すごかろう~」。新1年生に向けて学校の魅力を伝える動画作りで、全9時間で構成。同校が掲げる「創り、創りかえ、伝える」の流れに沿い、今回の授業は、動画を見直し改善・再編集を行う「創りかえる」の段階にあたる。

公開授業の様子

授業ではまず、教員が作った紹介動画を視聴。子どもたちは動画の良い点を挙げながら、自分たちの動画と比較し、改善点を探していく。各グループでホワイトボードやタブレット端末を活用しながら、「声を大きくハキハキと話す」「間をあけて話す」「ジェスチャーやテロップを入れる」など動画を見ながら改善点を書き出していった。

動画を見ながら改善点を考える

その後、動画の撮り直しに取り組むグループが出てきた。撮影係や案内役、カンペ係などを各自が役割を担い、グループで協力して作業を進める。子ども同士で「もっと手ぶりを入れた方がいい」「ここで場面が変わるから、少し余韻を残そう」など、表現の工夫も自然に意見が出ている。どのグループも生き生きと撮影しながら、試行錯誤していたのが印象的だ。

改善する部分の動画を撮り直し

撮影後は「Adobe Premiere Pro」を用いて動画編集を行った。小学生がクロマキー合成などの編集作業をスムーズに行う姿に驚かされたが、このスキルは最初に教員が動画編集を学び、代表者の児童数名にレクチャー。使えるようになった児童がほかの児童にさらに教えるという方法を取っているという。高性能カメラで撮影した動画データも、ハイスペックPCなのでサクサク編集できる。子どもたちがストレスを感じることなく、試行錯誤できる環境も学びを後押ししている。

ハイスペックPCを活用して、撮影した動画を「Adobe Premiere Pro」でクロマキー合成

こうした環境のもとで動画制作に取り組む児童たちに、「ii-Lab」での学習でよかった点を尋ねると、「 ずっとグリーンバックを使って動画を作ってみたかった。 この学校に作ってくれて本当にうれしい」と笑顔で話してくれた。YouTubeに親しんでいる子どもたちにとって、動画は身近な表現手段のひとつ。それを学校で、本格的な設備を使って学べることに価値を感じている様子だ。

また別の児童に「ii-Labでの学習でどんな力が伸びたと思うか」と聞くと、「 交流する力 」と回答してくれた。「 3Dプリンターや動画制作をしていると、友達と話しやすい 」という。ものづくりを介して子ども同士で対話が生まれ、協働が自然に促されていることが伝わってきた。

動画制作や3Dプリンターのものづくりを通して交流する力が伸びたと児童

2年間の成果と課題は?本当の課題解決力を養うために必要なこと

最終報告会では、飯塚鎮西小学校の取り組みに関する成果や課題が共有されたほか、実証研究を連携しながら進めてきた九州工業大学情報工学部の青木俊介教授による講演が行われた。

研究副主任の有光賢太教諭

同校の研究副主任 有光賢太教諭は、1年から6年までの各学年で行ったSTEAM教育の授業について、動画を交えながら紹介した。

たとえば1年生は、図画工作科で身近な材料を並べて作品を製作。さらに影絵に教員がレーザーカッターで作成した色板を組み合わせ、数や大きさに気付きながら作品を創りかえ、写真や動画で発表した。5年生は総合的な学習の時間で「学校に役立つもの」をテーマに製品を考案し、3Dプリンターで試作と改良を重ね、スライドで提案。6年生は校内遊具を企画し、3Dデータや動画を制作し、互いに改善し合いながら最終提案をまとめた。

有光教諭は学習の成果について、「創りかえる」の段階を設けたことで、 失敗を前向きに捉え、根拠をもとに改善を重ねる姿勢が見られたこと 、また、 アプリやツールを自分の表現や課題解決の「手段」として適切に選択・活用する力が身についたこと を挙げた。

また課題については、高度な3Dモデリングや映像編集など、学年ごとのICTスキルの系統表の作成が必要であることや、教員が児童にヒントを与えすぎる傾向があったことを挙げた。あくまでも児童自身で課題や解決策を発見し、主体的に取り組めるよう手立てを講じる必要があると説明。さらに、STEAM教育のうち、今回十分関連させられなかったS(科学)とM(数学)をどう関連させるかも課題だと語った。

「創りかえる」段階を設定することで、失敗を前向きに捉えられるようになった
九州工業大学情報工学部の青木俊介教授

九州工業大学情報工学部の青木俊介教授は、STEAM教育がイノベーション創出にどう結び付くのかを、学問の階層構造と結び付けながら解説した。医学・生物学・化学・物理・数学と分断されがちな学問を統合し、社会課題の解決へとつなげる発想こそがSTEAMの本質であると説明。そのうえで、共感力の高い日本人の特性は、ユーザー理解から出発する「デザイン思考」と親和性が高いと述べた。

デザイン思考では、「観察・共感―課題定義―アイデア創出―プロトタイプ―検証」を反復することが重要であり、試作と改善を高速で繰り返す姿勢がイノベーションにつながる。同時に、その過程を支えるのが、 失敗を否定せず学びに変えるマインドセットと、困難から立ち直る力である「レジリエンス」である と語った。

また、青木教授がSTEAM教育のサイクルとして指導した「創り、創りかえ、伝える」の3つの学習段階のうち「創りかえる」プロセスが最も重要で、本当の課題解決能力を養うと指摘。今回の実証研究では、ツールを目的化せず課題解決の“手段”として活用し、協働の中でより良いものへと磨き上げるプロセスが機能していると評価した。

飯塚鎮西小学校で実践されたSTEAM教育の学習サイクル
デザイン思考のフレームワーク
飯塚市長 武井政一氏

また最終報告会には、飯塚市長の武井政一氏も登壇し、市長当選以来、教育改革を最優先課題の一つとして取り組んできたことを述べた。「これからの予測困難な社会に向けて持続的に発展していくためには、既存の枠組みにとらわれず、新たな価値を創造できる人材の育成が不可欠です。ここに整備されたii-Labを拠点として、STEAM 教育はまさに本市の次世代のまちづくりそのものであります」と語った。

講評に立った飯塚市教育委員会 学校教育課 主任指導主事 金城太郎氏は、「創りかえる」過程の質の高さと協働的な学びを高く評価。ii-Labの環境がその実現を支え、「失敗を恐れず作り変える文化は探究的な学びのモデルになる」とまとめた。続いて、飯塚市教育委員会教育長の桑原昭佳氏も、本実践が教科横断的な学びにつながっているとし、「本物志向、未来志向のひとづくり」の実現に向け、市全体の教育へ広げていきたいと語った。

飯塚市教育委員会 学校教育課 主任指導主事 金城太郎氏
飯塚市教育委員会 教育長 桑原昭佳氏

ゼロからスタートしたSTEAM教育、身近な困りごとが出発点

飯塚鎮西小学校 合田賢治校長

最終報告会の最後に、飯塚鎮西小学校 合田賢治校長と、公開授業を担当した研究主任の平田長崇教諭に話を聞いた。

今回の実証研究を始めるにあたり、合田校長は「最初、校内でSTEAM教育といっても誰も知らなかった」と振り返る。そのうえで、「新しいことに挑戦するからこそ、先行している学校の事例をマネるのではなく、 創意工夫をして新しいものを作っていこうと呼びかけました 」と語る。子どもに変化を促すだけでなく、教員自身も「こんなことをやってみたい」とイメージを膨らませながら取り組むよう後押ししたという。

飯塚鎮西小学校 研究主任 平田長崇教諭

平田教諭はSTEAM教育について、「モデル授業も一切見てはいけないと言われて、全部ゼロからスタートしました」と振り返る。そして、試行錯誤の末にたどり着いたのが、 子どもたちの身近な困りごとから出発する学び だった。

「子どもたちに学校で不便だと思っていることを聞いたところ、鉛筆がよく落ちて困るという意見が出て、その課題解決として3Dプリンターで鉛筆キャップを作るという活動につながりました。制作する過程で、適切なサイズに改善したり、転ばないようにデザインを変えたりと試行錯誤が生まれるのを見て、 教師が課題を与えるのではなく、児童が課題を持つことが大切だと考えています 」と語る。

こうした学びを通して、子どもたちは自分たちで課題を見つけるようになり、主体性を引き出すことにもつながっている。また平田教諭自身も、「答えを言わなくなりました。『自分で考えてみて』と返すようになったことで、 子どもたちが自分で調べたり、友達に聞いたりする姿が増えました 」と変化を語る。

合田校長も「 子どもたちが対話をしながら、答えを見つけることが上手になっている 」と語る。「コラボレーションやコミュニケーションの中からイノベーションが生まれる、その姿が以前より見えてきた」と話しており、確かな変化が芽生えつつある。一方で、「STEAM教育は大変だと思われてしまうことが課題だ」と合田校長。機材やソフトが継続的に使用できる環境維持も考慮しなければならず、こうした点は今後さらに議論や検討を重ねていく必要があるという。

本実証研究は、産学官が連携して学習環境を整備し、授業のあり方そのものを問い直した2年間であった。特別な環境だからこそ見えた可能性と、持続性という課題。浮かび上がったのは、設備の充実以上に、子どもが「課題を見つけ、対話し、創り、創りかえ、伝える」学びのプロセスをどう根付かせるかという本質的な問いだといえる。ii-Labの実践は、公立小学校におけるSTEAM教育のモデルと次の段階へ向けた示唆を教育現場に投げかけている。