トピック

「マイクラで学校を再現したい!」生徒の興味・関心が学びにつながる瞬間

――東京成徳大学中学・高等学校における文化祭の取り組み

グローバル教育や、1人1台iPadに加えてBYODのノートPCというICT環境、Appleの認定校にも選出される東京成徳大学中学・高等学校(以下、東京成徳中高)。生徒の自主性を尊重する同校では、文化祭で生徒の発案によるマインクラフト内での学校公開を実施。一見すると突拍子もない生徒たちのアイディアを、学校と教員はどのように実現していったのか。同校の降矢貴充教諭に寄稿してもらった。

2021年6月、東京成徳中高の3年生は文化祭の作品をどうするか悩んでいました。

コロナ禍で社会的に行動制限が強まる中、「文化祭を学校で行なうと決まっても、オンラインで行なうと決まっても、どちらにでも対応できるものを企画する」という趣旨のもと、多くの生徒が動画撮影・制作を中心に取り組みを始めようとしていました。

そこに、マインクラフトで何かを作りたくてウズウズしていた子たちが声を上げました。自分たちで作ったワールドを学校外の方に公開して入ってきてもらおう、そのワールドは東京成徳の校舎だ、という企画。もし来校してもらえた際は、マインクラフトでの表現と実際の校舎の比較を楽しんでもらえ、来校ができなくなった時でも、マインクラフトというバーチャル空間で東京成徳の校舎を体験してもらえる、というコンセプトです。

こうして、マインクラフトで文化祭の作品を作りたいという子は最終的に13人も集まり、プロジェクトは始まりました。


生徒たちがマインクラフトで作った校舎を実際に見学ができる学校説明会の情報はこちら

マインクラフトは学校教育として受け入れられるのか

遡ること約10年前。非常勤講師として東京成徳中高に勤めていた私は、時間の許す限りマインクラフトの世界にいました。気の向くままに建築物を作れるマインクラフトは、当時から自分の想像力を簡単に形にすることができる“異常な道具”だったのです。

何にも知らないままに初めて作った家は、白の羊毛でできた「魔法使いの家」でした。しかし、水辺や竈門、テラスなど次々と増築していったある日のこと、家がどんどん燃えていく恐ろしい事件が発生。竈門の火が羊毛に燃え移ってしまったのです。羊毛の家はよく燃え、ほぼ全焼。一緒に遊んでいた友人全員で大笑いしていたのを今でも覚えています。

そんなたわいもない昔話をしながら、クラスに1人や2人は必ずいるマインクラフトが好きだという生徒の作品や取り組みに耳を傾けるたびに、こう言われてきました。

「学校でマインクラフトができればいいのに」

確かに、海外ではマインクラフトが教育現場に導入されているのは知っていました。しかし、実際に学校現場にどうやって導入したらいいのか、導入したとして教員は何をするのか、現場のカリキュラムをこなすのに精一杯な現場でどう運営していくのか。そして何より、「ゲームなんて学校に必要ない」との声が出てくるのではないか。

そんな私も生徒も“やりたいなぁ”という気持ちだけが空回りしていた日々に、実現のチャンスがオンラインとリアルを両立させる文化祭という場で訪れたのです。

学校でマインクラフトは受け入れられるのか

マインクラフトは学びをアシストするのではなく、そのものが学び

このプロジェクトをするにあたり、教員として考えていたのは「生徒のクリエイティビティを最大限発揮させてあげること」「プロジェクトの成功体験をさせてあげること」の2つでした。そのための環境づくりとして、教員の介入は最小限にとどめ、企画のリーダーとサブリーダーを決めること以外はしていません。すると、いつの間にか生徒は2チームに分かれて、効率的に行動を始めたのです。

進めるうちに、マインクラフトで学校を作るためにやるべきことはとても多いことがわかってきます。学校周辺を調べ、校舎のサイズを測ったり、細部まできちんと観察したり、今まで意識したことのなかった設備にまで目を向け、それを何のブロックで表現していくかまで考えるのです。

「図書館は誰がつくる?」「武道場はどうする?」「1階作ってから2階を作らないと」「その間に校庭や学校周辺は作れるよ!」などなど、少しずつ状況を分析して割り振っていました。作業とその流れの量を決定し解決していく事は、生徒にとって大きな課題となるのだろうと感じていたのですが、この課題を何より楽しんでいたのは生徒自身だったのです。

作業を進めていくと考えることや、課題が多いことに気づく

校舎のサイズどうやって測る!? を生徒自らアプリで解決

生徒たちは、図面のない校舎のサイズをマインクラフトでどのようにデザインしたのでしょうか。一般的に、マインクラフト上の1ブロックは1mと言われています。このことを知っていた生徒は「計測アプリを使って校舎のサイズを計測してくる」と言って、すぐに動きはじめました。

ARの機能で長さを測る計測アプリ。それはまるで、高さまで測れる長いメジャーを全員が持って校舎を計測するようなものでした。計測しては数値をメモする姿は真剣で、校舎だけでなく校舎周辺の建物まで向かい、写真を撮っては計測したりと、自分達で着々と準備を進めていきました。

iPadに計測アプリをいれて、校舎のさまざまな場所を測定

この過程は生徒に全て委ねていたため、どうやってやりとりをしていたのかまでは、実は最近まで私は詳しく知りませんでした。非常に高い精度で作られたマインクラフトの校舎を見たとき、生徒たちが互いに情報を共有しあって、まとめていったであろうことまでは想像できていたのですが……なんと校舎サイズの情報は、表計算ソフトのファイルを生徒間で共同編集していました。

本校の生徒はiPadを特別なデバイスとは考えておらず、身近な道具箱の中に入っている文房具の一つとして日頃から使っています。目的に応じて自然にiPadを利用する生徒の様子は、生徒にもその感覚がしっかりと伝わっている証拠のように感じました。

校舎のまわりを再現するために、外の建物や道路も計測
校舎のまわりもマインクラフトで再現中

組織のあり方についてを考えさせるきっかけに

もちろんトラブルもたくさんありました。中学生が集まれば、友人にちょっかいを出してトラブルになるなんてことは日常茶飯事ですが、マインクラフト内でも同じことは起こるのです。

校舎作りは、すべてクリエイティブモード(※)で作業していたため、誰もが何でも自由にできてしまいます。誰かがちょっとしたイタズラ心で牛を校舎内に放ってしまったがために、始まる牛狩り、困惑するエリア作業担当、犯人探しとお祭り状態の生徒……というトラブルが何度となく発生しました。

※クリエイティブモード:マインクラフト内のブロックが無制限に使える、ワールドを制作するためのモード。ブロックと同じように動物なども無制限に出現させられる。

マインクラフトでは、ひとつのワールドに複数人が入り、共同で作業を進めていく

それを見かねたリーダーは、ついにトラブルを起こした数人をワールドに入れなくしてしまいました。

ここで教員として、いつもの学校のように指導に入るのは簡単ですが、今回の目的は校舎建造のプロジェクトを成功させることです。まずはリーダーの意識の改革から取り組みました。リーダーは本来は何をすべきか、メンバーに何を求めるべきだったのか、どんなチームで成功に導くかなどを問いかけました。また、全体に向けてリーダーは指示と罰を与えるだけの存在ではないことを共有しました。

その結果か、徐々に各々が現在必要とされている箇所を考えて行動し始めました。得意な箇所の建造から校舎のサイズや細部の収集、校舎外のデザインや文化祭用動画の作成準備まで、リーダーの指示だけにではカバーしきれない部分まで手が届く組織になっていきました。

チームで建造物を作る活動は、マインクラフトのスキルを高める事だけではありません。お互いの主体性を尊重する姿勢を学び、有機的につながる組織の良さを体得する活動だったのです。

チームの協力体制がわかる部分。看板に連絡事項や禁止事項を描いて共通理解を促す
「廊下の床は何の素材で作ってありますか」「赤紫のテラコッタ」と、わからないことも看板に質問を書いておく
「教室の大きさを間違えたので修正中」と他の人に作業状況を共有。「他の素材を使う方がリアリティがあがる」など意見共有も

保護者の方からの意外な反応も

このマインクラフトの活動を始めて少し経った時期に、保護者との面談期間がありました。マインクラフトで活動している生徒は、一人ひとりが自分の役割を見つけて活動しており、それについては話題に欠くことはありませんでした。

とある生徒の親御さんは両親で来校されて、面談での最初の言葉が「ありがとうございます」でした。聞くと、この生徒はマインクラフトのプロジェクトに関わってから、学校に行くのが楽しくなったというのです。学校での様子を家庭で話してくれなくなるのは、思春期ならではの中学生の特徴です。しかしながら、ここ最近生き生きと学校で楽しそうな様子を話してくれるようになり安心したと仰っていたのが、とても印象に残っています。

マインクラフトという“やりたいこと”“得意なこと”を目の前にして、その子が輝いている様子は私も何度も見ていました。

勉強が得意な子は勉強で、部活が得意な子は部活で輝きます。文化祭も、ステージに出るだけが輝く瞬間ではなく、誰もが輝ける場所をできる限り提供する寄り添う姿勢が、学校教育に求められている。そう思った瞬間でした。

文化祭はステージに出る生徒だけが輝くのではない。マインクラフトでやりたいことを表現した生徒も輝く

生徒の“やりたい”に常に寄り添う存在に

完成後のワールドを公開してからは、たくさんの反応を頂きました。東京成徳中高の先輩や後輩がワールドに入り、受験生の保護者からも問い合わせをいただきました。新たなお客さんがワールドに出現する度に、「5年生(高2)の先輩が見たって!」「今日は新しいお客さんが5人も増えてたよ」などと生徒に報告しました。

生徒たちは「すごい!」「そんなに来てくれるんだ!」と自分たちの作品やこれまでの活動に思いを馳せる姿が見られました。なかには大きな達成感を得られたのか、ガッツポーズをとる生徒もいました。一方、まだまだ作り足りない箇所も多いらしく、「アドベンチャーモード(※)を解除してほしい」と向上心を見せてくれる生徒もいました。生徒たちの創作活動が最終的に他者や社会とつながり、”自分たちもできる”と実感できたことが成長の機会になりました。

※アドベンチャーモード:ワールド公開時になどに使われるモード。作成したワールドを維持するためにブロックの設置と破壊ができない。

右も左もわからず、どんな教育効果が出るのかも手探りだった今回の取り組みは、まさに東京成徳中高が目指している「創造性とチャレンジ精神を涵養し主体的に学び、考え、行動する人材の育成」そのものでした。もちろん、これはマインクラフトに限ったことではありません。

今回の生徒の発案から始まったマインクラフトの校舎再現のように、生徒の興味・関心から学びへと拡げる取り組みは、学校と教員が伴走者として生徒に寄り添っていたからこそ生まれたものです。この姿勢は、これからの学校教育でより一層必要になっていくと確信しています。

コロナ禍での文化祭という課題に、マインクラフトの校舎再現という東京成徳で初めての取り組みを成し遂げた⽣徒たち。社会に出たあともこの経験を胸に、さまざまな困難や課題を創造的に解決してくれることでしょう。

そして、私くらいの年齢になった頃、忙しい中で古き友と集まった際に「マインクラフトで校舎作ったの、楽しかったな。」「あんなこと学校でよくやったよ。今もさ……」「お前、あの時さぁ……」などと語りあえる仲間であってほしいと願ってやみません。

※東京成徳中高ではさまざまな来校型イベントを予定しています。同校の学びを詳しく知る絶好の機会でもありますので、ご興味をもたれた保護者の方は是非ご参加ください。詳しくはこちらから。

降矢貴充(東京成徳大学中学校・高等学校 教諭)

東京成徳大学中学校・高等学校 数学科教諭。パーソナライズ・クリエイティビティを軸にした数学の授業で、多様な価値観の中で主体的な思考のできる人材育成に取り組む。また、勤務校にてアプリケーション開発のゼミを担当し、自身も学習アプリケーションの開発を行う。Apple Distinguished Educator。