トピック

育みたい「人間像」を起点に、京都府が取り組んだ変化の火種をつくる教員研修

【特集企画】活用から変化へ、その先の学びをつくる(前編)

今までの延長線上にあるICT活用では、学びは変わらない。京都府はこうした問題意識のもと、GIGAスクール構想の初期から大胆な組織改編と独自の教員研修で教育の在り方を問い直してきた。

本特集では3回にわたり、その歩みを探る。前編では京都府の取組を整理し、中編では京都府亀岡市の実践事例から学校現場の変化を紹介。後編では、京都府とSB C&S株式会社との連携から、学びに変化をもたらすヒントを考える。

1人1台端末を活用した学びが日常となった今、学校現場が求められているのは、学びの変革だ。次期学習指導要領改訂の議論も進む中、いかに授業を変えていくか。そして、それを実現するためには何が必要か。今一度、立ち止まって考える段階に来ている。

京都府はこの問いに対し、GIGAスクール構想第1期から向き合ってきた。そして、端末整備に並行して組織改編を進め、教員の意識改革をめざした「 エバンジェリスト育成研修 」と呼ばれる独自の教員研修を整備。その設計・運用にあたっては、SB C&S株式会社と連携しながら、学びの変革を担う教員の育成に力を入れてきた。

📊 【特集企画】活用から変化へ、その先の学びをつくる
前編:育みたい「人間像」を起点に、京都府が取り組んだ変化の火種をつくる教員研修
中編京都府亀岡市に学ぶ、「授業を変える教員」を育てる仕組みと課題
(3月10日公開)
後編行政と企業の協働で学びを変える、SB C&Sが貫く教育への向き合い方(3月11日公開)

組織改編と独自の教員研修、京都府のGIGAスクール構想出発点

京都府は人口約250万人を擁する大規模自治体で、府内には26の市町村がある。京都府教育委員会ではGIGAスクール構想の第1期、第2期を通じて、政令指定都市である京都市を除く自治体の学校におけるICT利活用促進のため、環境整備や研修等に取り組んできた。

そんな京都府のGIGAスクール構想について、京都府教育庁指導部 教育DX推進課の今野勝明氏は、「当初から、 端末を導入するだけでは教育は変わらないという問題意識を持っていました 」と語る。

「1人1台端末は手段であって、目的ではありません。 『育みたい人間像』や『育みたい力』があり、それを実現するためのツールとしてICTを活用する 、という考えを京都府は持っており、これは国の示した方向性とも同じです。一方で、現場の教員が『なぜICTを活用するのか』『どのような教育に変えていくのか』を腹落ちできなければ、一過性の取組で終わってしまう。そのため、活用の先を見据えた研修や、学びの変革を牽引するリーダーの育成を重視していました」と振り返る。

京都府教育庁指導部 教育DX推進課 課長 兼 京都府デジタル学習支援センター長 今野勝明氏

そこで京都府では、ICT環境整備の「ハード面」と、リーダーを育成する教員研修の「ソフト面」、2つの整備を同時に進めることを決断。これらを包括的に支援できるパートナーとして、SB C&Sを「GIGAスクール構想事業全般にわたるコンサルティングアドバイザー」とした。あわせて令和2年度には「ICT教育推進室」を設置し、「ICT利活用 新しい授業づくりリーダー育成研修」を開始。これが後に、エバンジェリスト育成研修へと発展する。

その後、組織体制も段階的に強化していく。令和3年度に、ICT教育推進室を「ICT教育推進課」に昇格させた後は、翌年度に2係体制に改編。ICT環境整備を担う「企画係」と、活用推進を担う「推進係」に分け、推進係は京都府総合教育センターと連携して、「 京都府デジタル学習支援センター(DLC) 」をスタートさせた。本庁と総合教育センターの連携体制を強化するのが狙いで、推進係は同センター内に常駐しているという(※ICT教育推進課は令和7年度より「教育DX推進課」に組織改編)。

教育DX推進課の推進係と総合教育センターが連携し、京都府デジタル学習支援センターを運営

他の自治体でも、ICT業務を担う専門部署を設置する例は見られるが、京都府のように本庁と総合教育センターが連携し、教員研修を一体的に運用している例は、全国的にも珍しい。端末導入後のフォローにとどまりがちな研修を、京都府では横断的な組織改編にまで踏み込み、活用推進の体制を整えてきた。 GIGAスクール構想を単なるICT環境整備ではなく、教育そのものを変える転換点と捉えていた姿勢が伺える。

デジタル学習支援センターの設置と同時に「京都まなびスタジオ」も総合教育センター内に開設した

各市町をまわって研修の意義を説明、教育局との連携も

エバンジェリスト育成研修がめざしていたのは、 授業観や教育観そのものをアップデートし、その変化を学校や地域へ横展開できるリーダー教員の育成 だ。エバンジェリストに認定された教員一人ひとりが、各地域・各学校に変化の火種を持ち帰り、実践を広げていく。そうした役割を担う人材育成を重視していた。

初年度は、市町の小中学校教員を対象に始まり、その後、附属中学校、高等学校、特別支援学校へと段階的に広げながら、全校種を対象とした研修へと発展してきた。

組織体制とエバンジェリスト育成研修のあゆみ

もっとも、研修の立ち上げは決して容易ではなかったようだ。というのも、府は全体の方針を示す立場にある一方で、小中学校の学校運営を担うのは市町であり、エバンジェリスト育成研修を進めるためには、各市町教育委員会の理解が欠かせない。そのため当時の担当者は 各市町を回り、「どのような研修をめざしているのか」「その先に何を広げていきたいのか」を丁寧に説明していった という。

その上で、各市町からは「地域で普及の核となる教員」を推薦してもらい、最初の研修がスタートした。今野氏は「当初は市町に対して、どのように声をかけ、どういう関係を築いていくかに苦労したと聞いています」と語る。

こうした動きを支えたのが、市町教育委員会との調整役を担う 教育局との連携 だ。各教育局を通じて市町との関係を築き、関係部署とつながりを強めることで、徐々にネットワークを拡大。また、全校種の研修を行う総合教育センターとの連携も、理解を促進する重要な要素になったという。

先生が自分を見つめ直し、授業の価値を問い直す研修へ

エバンジェリスト育成研修は、具体的にどのような研修なのか。

一言で表すならば、授業のやり方を学ぶのではなく、 教員が自身の取組を振り返り、授業の価値を問い直す研修 だといえる。研修の軸にあるのは、京都府教育振興プランが掲げる「新たな価値を生み出す力」の育成だ。子供たちの創造力を育むために、教員や授業はどう変わっていくべきか。研修では「 クリエイティブ 」を共通のテーマとした。

京都府教育庁指導部 教育DX推進課の藤田一寿氏は研修の設計について、当初から「 SAMRモデル(※) 」を重視してきたと語る。「端末活用が『S(代替)』や『A(拡大)』にとどまらず、『M(変容)』をめざすためには、教員自身もこれまでの授業観にとらわれないクリエイティブな発想が必要です。そのため、教育現場の中だけで研修内容を考えるのではなく、外部の視点も取り入れたいと考え、SB C&Sと対話を重ねながら研修を構成していきました」と話す。

※SAMRモデル…ICT活用の頻度を表すレベル。Substitution(代替)・Augmentation(拡大)・Modification(変容)・Redefinition(再定義)の4段階となる

京都府教育庁指導部 教育DX推進課 推進係 兼 京都府デジタル学習支援センター 指導主事兼係長 藤田一寿氏

興味深いのは、年間5回で構成される研修の初回だ。第1回目は授業観の転換を促し、教員自身で新たな目標を持つことが重要との考えから、「 マインドチェンジ 」がテーマとなっている。また、第2回から第4回にかけては、「 授業改革 」を軸にした研修となっており、グループワークを通して自身の取組や課題を見つめ直し、その気づきを授業改善へとつなげていく。各回の間には実践を前提とした課題が設定され、受講者は毎回実践を持ち寄り、対話を通じて授業を見直す構成になっている。

マインドチェンジの研修

特徴的なのは、グループワークに「多様な視点」を取り入れている点だ。受講者だけでグループワークを進めるのではなく、デジタル学習支援センターや関係課、各教育局も参加し、 「自分はどんな先生なのか」「どんな授業を目指したいのか」など多角的な視点で問い直す場 をつくっている。また、議論を特定の方向に導くのではなく、受講者自身が考え、言語化し、自分なりの答えにたどり着くことも重視しているという。

実際にグループワークのファシリテーターを担う教育DX推進課の井上明日香氏は、研修初期は受講者がこうした研修に慣れておらず、「どこから授業を変えてよいか分からない」という声が多かったものの、回を重ねるにつれ、「これをやってみた」「ここを意識した」と具体的な実践の話が増え、教員の変化を実感したという。また高校の研修に関わった同課の大町周平氏は、授業進度や定期テスト、入試といった現実的な条件を踏まえながらも、どこに授業の価値を見いだすのかを主体的に議論する教員の姿に、変化の兆しを感じたと語る。

京都府教育庁指導部 教育DX推進課 推進係 兼 京都府デジタル学習支援センター 指導主事 井上明日香氏(左)・研究員 大町周平氏(右)

藤田氏はこうした研修の在り方について、「 先生方のこれまでの実践や経験を否定するのではなく、一度立ち止まって授業を組み直すプロセス だと考えています」と語る。研修というと、操作方法や手法など「何かを教えてもらう場」と捉えられがちであるが、学びに変化を起こす教員を育てるためには、教員自身の内面の変化が欠かせない。この点は、ICT活用の次の段階を模索する他自治体にとっても、一つの視点を示している。

エバンジェリスト育成研修におけるグループワーク

525名のエバンジェリストを輩出、研修後もサポート

エバンジェリスト育成研修は、令和2年度から7年度までの6年間にわたって実施された。その成果として、 これまでに認定されたエバンジェリストは全校種合計で525名にのぼる 。小中学校に加え、高校では1校あたり平均4名、特別支援学校でも1校あたり3名のエバンジェリストが生まれており、府内の多くの学校・地域に人材が配置されてきた。

エバンジェリストの教員たちは、自校での授業実践に加え、府主催の研修や市町教育委員会の研修、公開授業など、さまざまな場面で実践を共有している。また京都府では、研修終了後も、エバンジェリスト認定者のオンラインコミュニティを設け、実践の共有や悩みの相談ができる環境を整備。年に1~2回の交流会も実施し、継続的に学び合う関係づくりを支えている。

エバンジェリストの先生方による授業

自身もエバンジェリスト研修を受講した教育DX推進課の松村拓氏は、それまで受けた研修とは全く違ったと話す。「講師の視点そのものが新鮮でしたし、 自分が続けてきた授業も、まだ先へ到達できる、まだまだレベルアップできると気づかされました 。これまでの授業をICTに置き換える発想ではなく、ICTがあるからこそ何ができるのかを考える。従来の枠の中ではなく、より広い視点に立つことで、授業の捉え方そのものが変わったと感じています」。

同じく教育DX推進課の小越裕史氏は、「研修をきっかけに、まずはやってみようと思えたことが大きかった」と語る。「普段は人前で話すことが苦手な生徒が、ICTを活用した英語発表では、驚くほど流暢に笑顔で話す姿を見せてくれました。 教員のアプローチや視点を変えることで、生徒の力は確実に引き出せると実感しました 」と話す。もし研修を受けていなければ、こうした可能性に気づくこともなかったかもしれないという。

京都府教育庁指導部 教育DX推進課 推進係 兼 京都府デジタル学習支援センター 研究員 松村 拓氏(左)・指導主事 小越裕史氏(右)

一方、課題について藤田氏は、ニーズの多様化をあげる。全校種合同でクリエイティブをテーマに研修を行ってきたが、研修の規模が広がるにつれて各校種のニーズが出てきた。特に高校は教科の特性に合わせた研修を実施するなど、令和5年度以降は、校種ごとの視点を取り込む改善を重ねてきたという。

学びを前に進めたのは、「問い」を更新し続ける姿勢

このようにGIGAスクール構想の当初から、組織改編やエバンジェリスト育成研修に取り組み、学びの変革を追求してきた京都府。今野氏は一連の取組を支えたSB C&Sについて、「単なる機器導入に留まらず、目指す教育の実現を共に対話できる相手」と評する 。行政としては毎年度、事業者を選定するが、京都府の方針や現場の課題感を踏まえた提案がなされ、継続的な関係につながった。これは、 京都府が「育みたい人間像」というビジョンをパートナー企業と共有し、足並みをそろえて取り組んできた点が大きい といえる。

さらに、こうした対話の積み重ねが組織内部の思考の固定化を揺さぶっていたことも見えてくる。今野氏は「マインドチェンジの講義を聞いて、企業が持つ価値観や考え方に触れないまま、従来の研修を延々とやり続けることに危機感を覚えました」と語っており、行政自身が自らの研修を問い直し、自己更新を図る契機になっていたことが伺える。

GIGAスクール構想から6年が経ち、学びの変化に停滞感を覚える現場も少なくない。ここからさらに一歩先へ進むためには、現場の工夫や努力に加え、固定化した教育観・授業観を問い直し続ける姿勢が欠かせないことが、京都府の取組から見えてくる。「どのような教育を実現したいのか」「育みたい人間像は何か」。こうした問いを共有し、多様な視点を取り入れながら、教育を変える力を育てていくことが、これからの学びを前に進める鍵となるだろう。

京都府デジタル学習支援センターのみなさま